第4話

「では、次の産業は精油の精製とする」

 魔法植物からエタノールを作り出す作業を開始してからはや三日。

 俺は会議室代わりの広間で精霊たちと今後の相談を行っていた。


 わが任地であるケーユカイネンにはまだまだ無職の精霊が多いらしく、エディスや秘書である風の精霊を通じて早く仕事が欲しいと山のように催促が着ているからである。


 そこで俺がアルコールの次に目をつけたのは、油の生産であった。

 ……とはいっても、燃料として使う油ではない。

 香りの高い植物からとれる、精油と呼ばれる代物だ。


 そして精油エッセンシャルを取り出す方法についてはおおよそ四つの方法がある。


 ひとつは圧搾して搾り出す方法だが、これはオレンジの皮などといった油分を多く含んでいる素材にしか使えない方法だ。


 つづいて挙げるべきは、蒸留器アランビックで蒸気を冷やして採る方法だろう。

 ほとんどの精油はこの方法にて精製されるらしい。


 そして三番目が溶剤抽出法と言って、花の成分をエタノールに溶かして抽出する方法である。

 これは熱や圧力、または水分などによって成分が破壊されてしまうタイプの精油……たとえばジャスミンなどの極めて繊細な精油に用いられる方法だ。

 しかも得られる油の質は前の二つよりも遥かに上質であり、他の精油と区別するためにアブソリュートと呼ばれている。

 先日、偶然の産物からエタノールの大量生産に成功した俺にとっては、非常に都合の良い方法だ。


 なお、四番目の方法は俺も精霊たちから話しを聞いただけでまだ一度も試してはいない。

 超臨界抽出法と言って、少なくとも現時点では実現不可能であるため割愛させていただく。

 

 なお、魔法植物から抽出したものは、よい魔術の触媒となるため、聖油リチュアル・オイルと呼ばれるものになる。

 当然ながら他のオイルよりも値段は高く、量が少なくても十分に利益を上げることができるのが魅力だ。


「でだ、問題は何のオイルを作るかなんだよな」

 カ・カーオのせいでこの領地は今、かつて無いほど注目を浴びている。

 あまり貴重なものを作りすぎると、余計な人間の目を引きかねないだろう。


 すると、傍らにおいてあった本のページがひとりでにめくりあがり、とある植物を示した。


「三つ葉のクローバーか。 いい選択肢だな」

 クローバーは同じ株に四葉のクローバーという第一種魔法植物を生み出すことで知られているが、実は三つ葉のクローバーもまたありふれた幸せを象徴する植物なのである。

 そしてその効能は……


「悪意の中和作用か。 瘴気をはじめとする危険な魔力の除去にも効果有りと記されているな」

 この地に商談にやってきた商人共に使うのも悪くは無い。

 そろそろ、この地を防衛する手段についても考えていたところなので、この話はちょうど良かった。


「火の精霊と水の精霊をそれぞれ五名、風と地の精霊をそれぞれ十名ずつ呼んでくれ。

 聖油リチュアル・オイル作成の担当にする」

 火の精霊と水の精霊は蒸留の作業担当、そして風と地の精霊は材料となる植物の収穫担当だ。


「では、各自よろしくたのむ。

 サンプルが出来上がったら、知らせてくれ」

 作業担当者の雇用契約が終わり、精霊たちが動き出す。


 だが、ここで予想外の存在もまた動き出してしまった。


「あ、あたしもクローバー摘みてつだうー」

「やめろ、エディス。 お前が参加したら、クローバー摘みがクローバー罪になる」

「なによぉ、クラエス! あたしの事馬鹿にしているでしょ!!」

 憤慨しながらそう言い放つと、エディスは外へと飛び出してしまった。

 ……とてつもなく嫌な予感がする。


 そして二時間後。

 出来上がったのは、漆のような真っ黒な流動体だった。

 しかも不気味な紫のオーラまとっている。


「こ、これはいったい何だ?!」

 間違ってもこんなものが"ささやかな幸せ"などといった魔力を帯びているとは思えない。

 おそらく何かが混入したと思われるのだが……


 解析をかけると、幸福を吸い取る呪詛用のオイルとなっている。

 持っているだけで罪に問われそうな、思いっきり不吉な呪物だ。


「いったいなぜこんなことに!?」

 確証が合ったわけではないが、俺は思わずエディスの顔を見た。


「あ、そうそう。 材料を集めたときに、すっごく珍しい五つ葉のクローバーがあったから、入れておいたよー」

「エディス……」

 五つ葉のクローバーには諸説あり、経済的な幸運をもたらすとも、所持していると不幸になるが人に送ると幸せになるう説もある。

 だが、その中でもっとも注意すべき伝承は……


「なぁに? もっと褒め称えていいのよぉ?」

「クローバーの五つ目の葉には、悪魔が宿るって話、聞いたことが無いか?」

「え? 知らない」

「――有罪ギルティ


 そして今日も、ケーユカイネンの代官の屋敷には木の砕ける音が響き渡るのだった。

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