第3話
「どうしてこうなった……」
精霊たちのために即興曲を奏でた後のことである。
気がつくと、俺の目の前の空間は、緑で埋め尽くされていた。
意味がわからないかもしれないが、俺もまったく理解できていないのだから説明のしようがない。
呆然としていると、ページがひらりと風に吹かれて手元にくる。
おそらくは気を利かせた風の精霊の仕業だろう。
そして、そこに記されていた記述を見て、俺は愕然とした。
「第一種魔法植物だと!?」
それは風の精霊たちがサンプルとして採取してきた植物のひとつであり、木の枝や岩壁などを住処とするエアプラントと呼ばれる植生の形態をしていた。
形としては、玉葱のとがった頭の先に音叉をくっつけたような感じだろうか?
壁や床の細かな凹凸に細くて貧相な根を這わせたその植物は、空気中に含まれる成分と音楽に含まれている魔力を吸って大増殖するという、なんとも奇妙な植物である。
だが、魔法植物としての特性はその繁殖力にすべて消費されているのか、利用できそうな薬効も魔力も無い。
「……とりあえず、全部回収して一箇所にまとめておいてくれ」
その場にいた精霊たちにお願いすると、即座に見えない手が動いてその植物をむしりとる。
やがて出来上がった山を見て、俺はこれをどう処分しようかと頭を悩ませ。まずは解析の魔術をかけることにした。
「ふむ、幸いでんぷんを多く含んでいるようだな。 これはアルコールを作るのに使うと良いかもしれん」
とは言っても、味があまり良くないようなので、飲むに耐えるような酒にはなりそうもない。
……となると、エチルアルコールの材料として利用することになるだろう。
飲用に適さなくても、工業用としての需要があるからな。
それで考えると、この植物もまた大きな産業となる可能性を秘めているといえよう。
「誰かためしにこれを醸造に回してくれないか?
工業用のエチルアルコールにしてみたい」
すると、窓の外の土が盛り上がって壷の形となり、その中に魔法植物と水が放り込まれた。
あとは水の精霊が腐食の魔術で急速に発酵させるだけである。
これは水の魔術を使って、実体の無い魔力の固まりを酵素のように振舞わせるという高度な術で、正式には仮想酵素という技術らしい。
そしてでんぷんをアルコールに変えるにはまず糖分を作る必要があり、発酵の作業が始まると辺りにはなんともいえない甘い香りが漂い始めた。
そこでふと思いつく。
そうか、でんぷんだけ取り出して、
さらにマルターゼを入れて、
「しかし、名前がないと不便だな」
「音を食べる植物なのでぇ、メロディーちゃんというのはどうでしょうかぁー」
横からエディスが口を挟んできたが、ペットじゃあるまいしそのネーミングは無いだろう。
おもわず体の力が抜けてゆくのを感じながら、俺は小さくため息を吐いた。
「安直すぎだ、馬鹿者」
「ひっどぉーい!」
他の精霊たちとは会話が出来ないため、名前をつけるのはおのずと俺の仕事となる。
筆談という手もあるが、これ以上紙を消費したくないという事情もあった。
「では、音楽の女神の一柱から名をとって、エウテルピアと名付けよう」
「えー なんか可愛くなぁい」
「だが、お前のダサい名前よりはマシだろう?」
「あふーん!?」
そんな話をしているうちに発酵が終わったのか、俺の足元の床でコンコンと何かを叩く音がした。
壷の中身を確認すると、思ったより量が少ない。
首をひねっていると、エディスが横でボソリと呟く。
「あー やっぱり。 けっこう減っちゃったねぇ」
「何か知っているのか?」
おもわずそうたずねると、エディスは壷の中に手を突っ込み、その中身をペロリと舐める。
だが、人形の体では酒を飲むことが出来るはずも無く、口をつけた酒はキラキラとしずくを撒き散らしながら地面に吸い込まれていった。
だが、なぜか本人はとても満足そうだ。
「お酒ってねー 魔力の伝導率が水よりもさらに高くて、私たちにとってはかなり効率のいいご飯なのぉー」
その一言で俺はようやく何が起きたのかを理解する。
「つまり、盗み飲みか?」
材料にしたのが魔法植物なら、おのずとそこから作り出した酒にも魔力が宿るはずだ。
俺の言葉に、周囲の空気が一瞬ざわめく。
どうやら、俺が怒っているのを察したらしい。
「今回はみんな頑張ってくれたから不問とするが、次は本当に怒るからな。
欲しかったら、ちゃんと申請するように」
本当に……酒好きというのは人間に限らず厄介な生き物である。
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