第2話

「これは風邪の特効薬、こっちは虫除けか。

 ふむ、こうして調べてみると、宝の山みたいなところだな」


 解析の魔術を使い見つけた植物を調べてみると、カ・カーオほどではないがさまざまな効力を持つ魔法植物がそこら中に生えていた。

 おそらく俺が薬師であったならば、一生この地の山にこもって出てこないだろう。


「ふむ、この花は香りに安眠効果があるのか。 蒸留器アランビックにかけて精油を取りたいところだな」

 そうすれば、おそらく火の精霊と水の精霊に新しい仕事を作ることが出来る。

 あとは良質な油が取れる植物の種でもあれば、石鹸作りに手を出しても良いだろう。


 いくつか簡単なスケッチと解析による情報収集を行っているうちに、見覚えのある植物の生えている場所にきた。


「こんな近場にもカ・カーオが生えていたのか。 本当に雑草並みだな」

 そして、ふと気づく。


「ん? なぜ花が咲いているのに実がついているんだ?」

 瓜のように花の時期が長くて実を結ぶのが早い植物ならばありえない話ではないが、この植物の元となった二つの植物はどちらもそれなりに花が散ってからの熟成期間が必要である。

 特にイナゴマメは非常に実るまでの時間が長い。

 なぜだろう、なぜかこの光景がとても気にかかるのだ。


 すると、その答えを教えてくれたのは、意外なことにエディスだった。


「あ、それ? その植物ねぇ、花が散ってから実が熟すまでに二年ぐらいかかるよぉ」

「何……だと!?」


 エディスが何気なく呟いた言葉に、俺は頭を殴られたかのような衝撃を受けた。

 おそらくあの回復効果を生み足すためには時間をかけて魔力と栄養をためる必要があるのだろう。

 だが、二年はちょっと長すぎる。


 危ない。 まさかこんなに熟成期間が必要な作物だとは思わなかった。

 ただの豆だと思って収穫したら、次の年は収穫できなかったところである。

 これは地の精霊たちに相談しておかなくてはなるまい。


 やはり情報収集というものは大事だな。


「あ、そろそろ調査は終わったみたいだよ?」

「……なに? それはまさか、この領地に現在生えているすべての植物の調査が終わったということか?」

「うん。 そうみたい」


 さすが情報収集と分析と思考をつかさどる風の精霊というべきか。

 人間では一生をかけてやるようなことを、事も無げに数時間で成し遂げてしまう。


 いや、その前に……この領地にどれだけの精霊がいるのだろうか!?

 ここにいる間はほぼ毎日雇用契約をしているので、その数は五百を超えようとしているのだが、いまだに未登録の精霊たちがいなくなることは無い。


 もしかしたら、この領地にはとんでもない数の精霊がひしめき合っているのではないだろうか?

 ……それこそ、数千単位で。

 確証は無い。 だが、少し薄ら寒い感情が心の中を通り過ぎた。


「なんともすごい光景だな」

 家に帰り、俺が最初に見たのは……書類の山である。

 だが、この領地の植物の調査したのだから、この量はむしろ当たり前かもしれない。


 おそらく俺が執筆用に買い溜めしておいた紙はほとんど使われた後だろう。

 まずい。

 明日にでも隣の領地で買いなおさなくては、俺の生きがいである執筆作業がお預け状態になってしまうではないか。


 俺がため息をつく中、風の精霊が集めてきた資料を、目に見えない何かが製本している。

 おそらくは手先の器用な地の精霊たちが気を利かせているのだろう。

 そして出来上がった本は、さっそく好奇心の強い精霊たちが回し読みをしているようだ。


「さて、働いてくれた分、ちやんと報酬は支払わないとな」

 俺は鞄をを机に積み上げると、戸棚からバイオリンのケースを出してきた。

 魔力を持つ人間の奏でる音楽にはその者の魔力が含まれており、彼らにとっては効率の良い食事となるのである。


 幸いなことに、俺は学園で一通り楽器の弾き方と作曲を学んでいるため、彼らにとっては腕のいい料理人のようなものだ。

 弦の調子を確かめ、若干の微調整をかけた後、俺は目を閉じて今日の出来事を思い出す。

 そして、今日見てきた草花をイメージした歌にして弾き語りをすることにした。


「これなるは、そう、これは植物辞典の即興曲トッカータと名付けよう。 最初の曲の題材は……オオイヌノフグリだ」

 

 

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