第7話

 一週間後、俺はハンネーレ王女やハンヌ伯爵の一行と共に再び王都を訪れていた。


「王城か……できればあまり近寄りたくない場所ではないのだがな」

 そこがどんな場所かと人に聞かれたら、俺は王が住まう至高の場所と答えるだろう。

 ただし、質問をしたのが善良で良識のある相手であった時のみこう答えるのだ。

 ――触れた者を欲と愚鈍の色に染める毒の沼であると。


「私のわがままのために、すまない」

「らしくも無い台詞だな、ハンネーレ王女。

 いつからそんなしおらしい性格になった?」

「なんだ、天才小説家もたいしたこと無いな。

 ……私が強い女だと思っていたのなら、とんだ大間違いだ」

 そんな台詞を口にしながらプィと横を向いて唇を尖らせる。

 やれやれ、何年か見ない間にすっかり愛らしい性格になったものだ。


「ぶ、ぶひょ!? お、お前……王女殿下になんと言う無礼な口を!」

「あぁ、失礼。 個人的に王女とはそれなりに親しい仲なので、つい」

「それなりに親しい仲でしゅとぉっ!?」

 俺がしれっとそんな言葉をクチにすると、ブタ公爵は顔を真っ赤にして露骨にうろたえた。


「少なくとも私的な場所ではアンナと愛称で呼ぶことを許される程度には。

 お疑いならば、どんな仲なのかゆっくりとご説明しますよ。

 ……ただし、王女のお立場がございますから、人の目と耳の無い場所で」

「ぶぶぶぶぶぶぶぶひぃ!?」

 いったい何を想像したのやら。

 まぁ、こいつもこいつでかわいい奴である。


 俺がハンヌ伯爵をからかって遊んでいると、横からアンナの肘打ちが飛んできた。

 あぁ、まじめに仕事をしろということか。 違う? あいかわらず判らん奴だ。


「それよりも閣下、公爵閣下との謁見の件、確実にお願いしますよ?」

「ふ、ふん! お前の頼みなど聞いてやる義理はないでしゅが、王女たってのご希望であるならばこのハンヌ、バナナをハグしてでもかなえる所存でし!」

 ……それを言うならば、万難を排してでもだろ。


 こんな馬鹿ではあるが、その親は宰相の地位にある国家の重鎮だ。

 なぜそんな化け物と顔を合わせなくてはならないのかというと、現在この王都では第一王子と第二王子が継承者争いで恐ろしく揉めているからである。


 数年前の事だ。

 王の健康状態が悪くなったのを機に、互いの王子の陣営が裏で色々と暗躍するようになった。

 その挙句、誰に王位を譲っても大きな禍根が生まれる状況が出来上がってしまったのだから愚かとしか言いようが無い。


 こんな状況では、王に治療のために近づけるわけが無く、今では王の主治医ですら互いの陣営の監視下でしか治療が出来ないと聞く。

 これは俺にとって非常に都合が悪い。


 だが、ブタ伯爵の父は、どちらにも組みせず国の安定を図る最大派閥の頭である。

 王位継承権こそ放棄しているが、国王の弟という立場もあれば、王子たちの監視を退けることも出来るだろう。


 なお、アンナ自身は第二王子の妹であるため、今回の治療に関与を知られるわけには行かないという微妙な立場だ。


「では、ハンネーレ王女。 私はこれからカリオコスキ公爵家へ行きますので、ここでお別れです」

 俺はその場に片膝をつき、騎士の作法で王族の女性に対する別れの姿勢をとる。

 別に騎士というわけではないが、アンナの護衛の騎士によると、アンナは俺がそのように振舞うことを好むらしい。


「……わかった。 よろしく頼む」

 すると、アンナは作法どおり俺の頭に手をのせ……そして額に唇を落とした。


「で、殿下!?」

「そ、それは……」

 周囲にいた護衛の兵たちが喉に何か詰まったような声を上げる。


 ――おい、アンナ! 額に接吻は婚約者に対する返礼だろうが!

 王族であるお前がそれをする意味、ちゃんとわかっているのか!?


「では、よい知らせを心待ちにしているぞ」

 してやったりといわんばかりの顔で笑うと、アンナは恐怖で硬直する護衛の騎士たちを押しのけて馬車に乗り込んだ。


「クラエス・レフティネン。 顔を一発殴っていいでしゅか?」

「……カウンターをぶち込んでいいのなら、どうぞ存分に」

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