第6話
「お前、一体何を!?」
「黙ってみていてくれ」
ハンネーレ王女の手を乱暴に振り払い、俺は急いで千切れたマウスの首を拾い上げると、その切断面にチョコレートあてがう。
「クラエス! 貴様、頭がおかしくなったのか!?」
失礼な。 俺極めて冷静だ。
「知っているか? 首を跳ねられた生き物はすぐに死ぬわけではない。
生き物によって違うが、人間ならば18秒もの間、命を失わずに瞬きをしていたという記録がある」
俺はそう告げながら、ネズミの生首にくっつけたチョコレートを指差した。
「ひ、ひぃっ!?」
その瞬間、ハンネーレ王女の口から普段の彼女らしからぬ悲鳴がこぼれた。
無理もあるまい。
俺たちの視線の先では、チョコレートがもぞもぞとまるで生き物のように動いて形を変え始めていたのだから。
あいかわらず、あまり見ていて気持ちのいい代物ではないな。
「おい、これは一体何だ!? いったい何が起きている!!」
ハンネーレ王女が俺の襟をつかんで揺さぶる。
だが、何をしているといわれても、俺にもうまく説明が出来ないんだ。
そして数分後……チョコレートはマウスの頭と完全に同化し、毛の無いネズミの体へと変化していた。
毛が生えそろうまで、推定あと10秒。
俺はネズミをつまみ上げて檻にかえした。
「これは……何の悪夢だ」
その変化を見終え、ハンネーレ王女はポツリと呟く。
「見てのとおりだ。 最初は肉体の部分欠損の治療に使えると思ったんだがな……ここまで効果があると逆に色々と困る」
多少頭の回る奴ならば、これがいかに恐ろしい結果を生み出す代物なのかすぐに想像がつくはずだ。
たとえば、体を真っ二つにしてその両方にチョコレートを投与したらどうなるか?
死人の体の腕を切ってチョコレートを投与したらどうなるか?
結果など知りたくもないし、それはもはや医術でも薬学でもなく怪奇小説の世界だ。
こんな話を聞いたことは無いだろうか?
古い物語において死者をよみがえらせる力を得た医者は、冥府の神の怒りをかった末に父である医神から死の罰を受けたという。
「何を冷静に呟いている、貴様!?
な、なんてことだ……これは……これは人類が手にするにはまだ早すぎる力だぞ」
恐怖にわななく王女を見て、俺はほっとした表情で頬の筋肉を緩めた。
「よかったよ。 お前がこれを見て大喜びしないやつで」
まぁ、その確信があったからこそ見せたんだがな。
これが金になると大喜びするような奴だったら、目もあてられん。
「ところで……なんとかこの効果を薄めることが出来ないか?
せめて大きな傷を治す程度とか、時間をかけて失った手足を再生できる程度に抑えることが出来たなら使いようはあると思うのだが」
「奇遇だな。 俺も今はその調整を研究している段階でね。 残りの未完成部分というのは、まさにそこだよ」
そう、開発の残りの一割は、この馬鹿げた効果をいかに弱めるかということである。
だが、ただ単に溶媒で薄めればいいというわけでもないらしく、今まで試した方法ではすべて
「悪いが、急いでくれ。
こんなものが現実に存在していると思うだけで夢見がわるくなりそうだ。
いや……その前にひとつだけ頼みたいことがある」
ハンネーレ王女は恐ろしくこわばった顔で、だが、すがるような目で俺の顔を見つめた。
「私の父を癒してくれないか?」
国王陛下が肺の病に倒れ、余命いくばくも無いというのは俺でも知っている。
だが、俺は頭の中では血液がサァッと音を立てて引いてゆくのだった。
「断ると言ったら? 一人を癒せば、同じ病に苦しむものは、もう一度だけといって俺に同じことをさせようとするだろう。
そのとき、この秘密を隠しきれるのか?」
この秘薬の使い道が、ただ癒すだけの物ではないことはすでに理解したはずである。
そんな人の手に余るものを用いることが、死を捻じ曲げることが恐ろしいとは思わないのだろうか?
「判らない」
俺の問いただすような視線に、王女は苦しげな顔で首を横に振った。
「だが、この国はいま父を失うわけには行かないのだ」
アンナ……お前は、狂っている。
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