第2話
ケーユカイネンにある俺の屋敷にブタ伯爵がやってきたのは、二日後のことだった。
「ぶ、ぶひぃ!? わ、我輩に逆らう気でしゅか、クラエス・レフティネン!」
「まさか。 貴方を害して私に何の得があるというのですか、伯爵閣下」
俺の目の前では、九人の男たちが積み重なるようにして倒れている。
彼らはブタ伯爵ことハンヌの護衛をしているカリオコスキ家の私兵だ。
顔を合わせたとたんに俺を捕縛しようとしたのだが、その現場をレッドオーガの体に入りっぱなしのアーロンさんに見つかったのが運のつき。
怒りの鉄拳三発で見事全滅したのである。
ちなみにパンチの数と被害者の数が合わないのは、パンチで吹っ飛んだ護衛がほかの護衛を巻き込んで仲良く気絶したからだ。
我ながら、よくこの化け物とボクシングをして死なずにすんでいるものである。
まぁ、考えるまでも無くアーロンさんがちゃんと自分の力に魔術か何かで制限を加えてくれているからだよな。
「さて、なにやら不幸な誤解があったものと思われますが、とりあえず応接室へ。
閣下もこのようなところで立ち話がしたいわけでもないでしょう」
「くっ……いい気になるんじゃないでしゅよ、クラエス!」
あい変わらず滑舌の悪い口調で悪態をつきながら、ハンヌ伯爵は俺の後からついてくる。
そして応接室へ案内すると、奴は椅子の上でふんぞり返りながらフンと大きく鼻を鳴らした。
「貴様もわかっていると思うでしゅが、我輩が怒り心頭なのは、例のカ・カーオという豆の存在でしゅ!
なぜ最初に我輩のところに報告がなかったでしゅか!?」
しかに代官の立場からすれば、最初の報告は伯爵にするのが筋である。
俺はなんとも言いがたい脱力感を感じて大きく息を吐いた。
「もしも最初にカ・カーオを閣下のところに報告したら、どうなさっていましたか?」
「ふん、そんなの聞かれるまでも無いでしゅ! 我輩があの豆をしかるべきところで高く売りさばき、莫大な富を手に入れたに決まってるでしゅよ!」
予想通りの答えに、俺は頭痛を覚えて暖かいコ・コオゥアを一口啜る。
ふぅ、このやさしい甘みが頭の痛みを和らげてくれるぜ。
「はぁ、では閣下はイナゴの群れのような詐欺師たちとお戯れになりたかったと?」
「ぶひょ? な、なぜそうなるでしゅ!?」
あぁ、やはり気づいていないか。
「ちなみに、先日閣下によい話を持ってきたエッカルト男爵という男ですが、エッカルト子爵家は五十年前に没落してもはや存在しておりません。
共同事業を持ちかけてきたイルマリネン侯爵は、隣の国の手の者です」
そう告げながら、俺はブタ伯爵の前に報告書の束を放り投げた。
そこに記されている内容に、ブタ伯爵の顔が見る見る青くなる。
なお、これは風の精霊に頼んで調べてもらった情報であり、その辺の間諜よりもよほど信頼できる内容だ。
「な、なぜこんなことを知っているでしゅ!?
そもそも、この情報がでたらめである可能性も……」
「賭けてもよろしゅうございますが、そやつらと手を結んだが最後。
三年を待たずして貴方の首は王都の広場でさらしものになっていることでしょう」
俺は椅子から立ち上がると、呆然としたままの伯爵の耳元に口を寄せ、低い声でささやく。
「そして最初にカ・カーオの話を閣下に報告したならば、今頃はこの悪党共に取り込まれて身動きができなくなっていたでしょうな」
今あげた名前の人物をよほど信頼していたのだろう。
伯爵はプルプルと小刻みに震えながら、嘘でしゅと小声で何度も呟いていた。
俺はすっかりおとなしくなったハンヌの顎を指でつかんで持ち上げ、息がかかるほどの距離で笑う。
「俺を出し抜こうなんて考えるからだ、馬鹿が。
お前が俺のことを気に入らないのは知っているが、それでも俺がお前の味方であることだけは覚えておけ」
まぁ、これで素直に甘えてくるようなら、それはそれで面白くないがな。
悪役令嬢のモデルは常に高慢かつ高圧的なくては困る。
「あぁ、すでに取り交わした手紙についても今のうちに処分されたほうがよろしいですよ?
表に出れば、ほぼ間違いなく貴方は一族から追放されて路頭に迷うことになりますから」
「ぶ、ぶぶぶ、ぶひぃっ!?」
もっとも、その手紙についてはすでに風の精霊に頼んで回収に動いてもらっている。
程なくしてハンヌが敵国の手先と通じていた証拠はきれいさっぱりとなくなるだろう。
「まぁ、せっかくいらっしゃった事だし今晩はゆっくりここでお休みになるといい。
慌てたところでどうにもなりはしませんから」
だが、その時である。
俺がブタ伯爵に完全勝利したその瞬間を狙ったかのように、一人の小さな影がこの場に姿を現したのだ。
「そこまでよぉ、ブタ伯爵ぅ! クラエスを苛める奴はぁ、この魔法少女エディスちゃんがおしおきなんだからぁ!」
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