第7話

 俺が王都に到着したのは、まだ夜明け前のことだった。

 朝市の商品を買いに行く貴族の従僕たちとすれ違うようにして、俺は王都の貴族街を囲む城壁の門をくぐる。


「あぁ、ここまででいいよ。 ありがとう、助かった」

 人目が無いことを確認してから俺がそう声をかけると、俺の乗っていた馬は静かに足を止め、次に砂となって崩れ落ちた。

 その正体は、地の精霊が土塊に宿って馬のふりをしていただけの代物である。


 守護霊契約のように魔術の力を与えてはくれないが、雇用契約でもこのぐらいのことならば可能なのだ。

 しかも馬と違って疲労が存在しないので夜通し駆けてもまったく問題が無い。

 なぜこんな便利な方法が世に知られていないのかといえば……精霊を労働者として雇用契約交わしたのは、歴史を紐解いても俺だけだろうから、まぁ仕方が無いだろう。


「ねぇ、クラエス! あのきれいな建物なに? 近くに行きたい!」

「寝言は寝てから言え、エディス。 観光に来たわけじゃないだろうが。

 ふざけたこと言ってると、また頭砕くぞ」

「ひ、ひぃっ!?」

 俺が手をわきわきと動かすと、エディスは両手で顔をかばうようにして体をのけぞらせた。


 さて、俺がこの街に戻って来たのは第二王女を尋ねるためであるが、平民である俺が正面から訪ねたところで門前払いは確実である。

 通常であれば、知り合いの伝手をたどって……といったところだが、あいにくと俺は貴族という連中の大半から非常に嫌われていた。


 では、どうするべきか?

 ひとつだけ手段があるのだ。

 ……俺がかの王女の生活習慣をよく知っているがゆえに。


 俺は頭から足の先までをすっぽりと覆いつくす狩人の衣装に身を包むと、朝の誰もいない騎士団の詰め所に入り込んだ。

 そして練習用の刃のつぶれた剣を持って一人たたずむ。


 この国の第二王女であるハンネーレ王女を一言で表すならば、脳筋姫のほかに適切な名前は無いだろう。

 見た目だけは綺麗なせいで姫騎士なんて呼んでいる奴らも多いらしいが、俺に言わせればちゃんちゃらおかしくてヘソで茶が沸く。


 もう少し詳しく言えば、とにかく負けず嫌いで口で語る前に手が動くという典型的な武人気質というべきだろうか。

 すなわち、文官気質の俺とは徹底的にそりが合わず、人の顔を見る度に勝負を挑んでくる行動パターンは、在学中の間ひたすら迷惑だったと言っておこう。


 そして知る人もほとんどいない話だが、彼女が子供の頃からかたくなに守っている習慣が、朝一番の鍛錬だ。

 ゆえに、彼女に用があるときは、いつもこの時間にこの騎士の訓練場にくることにしているのである。

 ……なにせ、普段は取り巻きに囲まれているせいで俺からは近づくこともできず、あいつとまともに話をするにはこのタイミングを狙うしかなかったからな。

 おっと、人の気配が近づいてきた……たぶんお目当ての人物だろう。


「貴様、何者だ?」

 女性としてはやや低い声に、俺は黙って剣を構えて一礼を向けた。

 あぁ、四年ぶりだがほとんど見た目は変わってないな。


「面白い。 この私に剣で挑むというのか、この狼藉者め」

 色気の無い鍛錬用の服に身を固めたハンネーレ王女は、日の光に当たると藍色に輝く髪を揺らしながら威嚇するような笑みを浮かべる。


 そして相手が一礼をし終わるのを見計らうと、俺は挨拶代わりに胸元を狙って突きを入れた。


「甘いわっ!」

 その一撃をなんとか受け流すと、王女は事もあろうかそのまま距離をつめて膝蹴りを放ってくる。

 ……相変わらずの足癖の悪さだ。


 俺もまたその一撃を体をひねって交わし、そのまま一度距離をとる。

 だが、王女はその動きを予測していたかのように踊るような踏み込みで距離をつめなおし、舞うように剣を振りかざしてきた。


「楽しませてもらおう。 簡単に倒れてくれるなよ?」

 ハンネーレ王女はそう告げながら上段から振り下ろす……と思えば、途中で軌道を変えながら踏み込んで鋭い突きへと変化し、そして剣を引くかとおもいきや今度は顎を狙って振り上げる。

 ……変則的で動きが早い。

 並みの武芸者であれば十を数えるうちに血達磨になるか昏倒するだろう。

 しばらく見ない間にまたずいぶんと腕を上げたようだ。


 だが……まだ俺には及ばない。

 俺は剣を下段に構えると、王女が横に凪いだ剣を跳ね上げて、いっきに攻勢に出てる。

 そのまま手数で押して相手の攻撃を封殺すると、急にハンネーレ王女が目を見開いた。


「このクソいやらしい動き……誰かと思えば、貴様かクラエス・レフティネン!!」

「王女殿下もご健勝で何よりでございます」

 やれやれ、ようやく俺のことを思い出したか。


 俺は何度も突きを放ちながら指先の動きだけでその軌道を変える。

 ほら、肝臓、眉間、心臓……一瞬でも気を抜くと致命傷になるぞ?


 突きを主体とした俺の動きに比べると、防御一辺倒になった王女の動きのほうが明らかに大きい。

 つまり、体力の消耗が激しいということだ。

 ふん、あれほどお前の弱点だと教えたはずなのにまだ防御の練習をサボっているな?


 やがて王女の息遣いが荒くなり、動きが目に見えて鈍り始める。

 そして足がもつれてバランスを崩した瞬間を見計らい、俺は彼女の首筋に剣を突きつけた。


「くっ……また勝てなかった」

 ハンネーレ王女はその場にへたり込むと、利き腕にはめた手袋を投げ捨てる。

 この国の決闘においては、敗北を認めるというサインだ。


「それで何をしにきた。 どうせ私との決闘など貴様にとってはただの余興であろう」

 息を整えながら、王女は憎々しげに俺を睨みながら用件を促す。

 腐れ縁とはいえ、さすがに長い付き合いだけあって俺という人間のことをわかっているようだな。


「ええ、貴方を口説きにまいりました」

「……え? な、何の冗談だ貴様!! こ、この私を国の第二王女と知らぬわけではあるまい! 不遜であるぞ!!」

 一瞬だけ目を見開き、派手に運動をしたせいか真っ赤に充血した顔をこわばらせ、悪態をつきながらもせわしなく視線をさまよわせながらチラチラと俺の顔を横目で睨む。

 ほぅ、このメスゴリラでもそんな顔をすることがあるのだな。

 何を考えているのかはしらんが、お前、まるで恋する乙女のような顔をしているぞ。


「自分の味方につける……という意味ですがね」

 だが、その言葉を付け加えた瞬間、王女は左手の手袋を引きちぎらんばかりの勢いで脱ぎ捨てると、怒りの形相を浮かべながら俺の顔にむかってたたきつけた。


「お前なんか、大嫌いだ!」

 おかしい。

 ほんのちょっとした冗談だったはずなのだが……


 ユーモアとは実に難しい。

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