第6話

 俺がこの難題を小説として処理することに決めてから二時間が過ぎた。

 積み重なった原稿用紙は三十枚。

 作業は極めて順調である。


「ふむ、美味いな」

 カップをテーブルに戻し、俺は小さくため息をつく。

 ほんのちょっとした思い付きで例の豆の粉をヤギの乳と混ぜてみたが、思いのほか美味い。

 しかも、飲んでしばらくすると体の中からふつふつと活力のようなものがわいてくるのだ。

 優秀すぎて厄介な代物ではあるが、執筆の相方としてあまりにも魅力的である。


 いや、むしろこれを必要とするのは、書類仕事に忙殺される文官の連中か。

 二年ほど前にしばらく知り合いの伝手でもぐりこんだのだが、あれはなかなかに大変だった。

 ……まぁ、本当に大変だったのは、契約期間が終了して職場を抜けるときではあったのだが。


「これはもはや貴族や官僚たちが夢中になるのは前提条件として考えていいだろう。

 この中毒性を考えると、どう売ったところで話題になるのは時間の問題だ。

 となれば、最初のお披露目をどこにするかということになるが……」


 下手な場所で公開すれば、この豆と領地を狙う輩が山のように現れる可能性が高い。

 自分ならば、専売契約を結んだ上で安く買い占めてしまうことを考えるだろう。

 そして外に対しては高く売りさばくのだ。


 契約さえ結んでしまえば、領主であるブタ貴族が何を吼えたところで知らん顔。

 恐ろしいことに、商業という世界ではこのような奇奇怪怪な魔法がまかり通っているのである。


 望ましい公開場所の条件を挙げてゆけば、まず対面を気にしなければならないほど高貴な方々が集まること。

 それも秘密の会合などではなく、公式な場であればなお素晴らしい。


「……となると、最適なのは来月の頭にある第二王女の誕生日か」

 その第二王女の顔を思い出し、俺は少し憂鬱な気分になる。

 彼女は学園時代の同級生で主席であったのだが……どうも次席である俺に非常にねじくれた感情を持っているからだ。


 顔を合わせるたびに顔を真っ赤にして噛み付いてくるのだが、まぁ、無理もない。

 周囲から見ればどう見ても俺のほうが主席であり、教師の王家にこびへつらった依怙贔屓は笑ってしまうぐらい露骨だったのだから。


 何をやっても実力で勝つことの出来ない相手、それでいて不正な評価を笑いながら受け流す俺の存在は、プライドの高い彼女からみるとさぞ不愉快だったに違いない。

 ……ただ、同じ文芸サロンの女作家たちの間では、なぜか俺と彼女をモデルにした恋愛物語がもてはやされていた。

 いったい何がそうさせたのだろう?

 俺にはいまだにその理由が理解できない。


「さて、気の乗らない相手ではあるが、事を起こすにはうってつけだ。 まずは根回しに入るか」

「あにゃー どこに行くのぉ? お出かけ?」

 俺が荷物をまとめていると、ようやく新しい顔を選び終わったエディスがこちらに気づいてて近づいてきた。


「ちょっと山に行ってからそのまま王都まで出かける予定だ。 お前はしばらく留守……」

「私も行くよぉー」

「いや、お前はここで留守……」

「だってぇ、わたしクラエスの守護精霊だもん!」

 俺の言葉をさえぎり、エディスは起伏の無い胸を反らして鼻息を鳴らす。

 どうやら言っても聞くつもりは無いらしい。

 いつも俺に守られるだけのくせに、本当に言うことだけはえらそうだな、お前。


「……まったくも仕方が無いな。

 俺の邪魔だけはするんじゃないぞ?」

「うん!」

「ちなみに、その荷物は?」

 見れば、前に俺がエディスのために作ってやったリュックがパンパンになっている。

 精霊であるこいつに、生活用品などはまったく必要無いはずなのだが……


「あ、これ? クラエスに握りつぶされた時のために顔のスペア」

 再び顔面を砕かれたエディスが、泣きながら次の顔を選ぶ作業に入ったのは言うまでもない。

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