第5話
「さてと、楽しい実験だ」
「うわぁ、なんだかクラエスの目つきが怪しいよぉ」
屋敷に戻った俺は、なぜか遠くから鳴り響く雷鳴に首をかしげながら白衣に着替えてそう宣言した。
なぜ着替える必要があるのだと?
読者の感情に訴えるために、様式美というものは素晴らしい武器となるのだ。
「最初の検証は……アレルギー反応だな」
俺は薬研を取り出して収穫した豆を粉にすると、少量の水に溶かしてからその上澄みを肌に貼り付ける。
そのまましばらく待ったが、特に肌がチクチクする兆しは無い。
ふむ……アレルギー反応は出ないな。
強い毒ならば、上澄みに触れただけでも肌が真っ赤にはれ上がるものだ。
つづいて俺は粉にした豆を、家畜として捕獲しておいたウサギに与えてみることにした。
だが、ウサギは粉になった豆の前でヒクヒクと鼻を動かしたかと思うとプイと横を向いてしまう。
ふむ、どうやらお気に召さないようだ。
だが、ふと思いついて実ではなくて葉っぱのほうを差し出すと、今度はうまそうにがっつきはじめる。
ほう、こちらは美味いのか。
ためしに自分でも少しかじってみたが、青臭いだけで特に美味いとは思わない。
「家畜の餌としては使えそうだな」
口に含んだ青臭い葉を吐き出しながら、俺は独り言のよう呟く。
もっとも、本当に使えるかどうかはしばらくコレを餌として生き物を飼育してみなくてはわからない。
もしかすると、食べているうちに体調が悪くなる可能性もある。
そう、金属の毒のように、常習的に摂取することで体調を崩すような毒もあるのだ。
いずれにせよ、すぐに結果は出ないだろうし、いい結果が出たとしてもそれだけですべてが好転するほど世の中甘くは無い。
少なくとも、何らかの結果が出るまでに数ヶ月は欲しいところだな。
一通りの検証を終えた俺は、採取した道の豆の仲間を標本に設え、改めて解析の魔術をかけてからこの植物の特徴を調べなおした。
「信じられない話だが、イナゴ豆とエンドウ豆がこの地でかけ合わさった上に精霊の魔力で変質したといった感じか」
元となった植物は、いくら同じ豆の仲間であるとはいえ、本来ならば交配しないであろう品種である。
だが、この地ではそんな常識も通じないらしい。
いまさらながら、とんでもない場所を任されたものだ。
「さて、こうなると最後の検証は……」
俺は粉にした豆を摘み上げると、口の中に放り込み、そして飲み込まずに舌先でその味を確かめる。
……甘い!?
予想外の味に、俺は一瞬目を見開いた。
そういえば、この植物の元となったいなご豆は甘味料として使われていたこともあったな。
余計な遺伝子が入り込んだせいか苦味も同時に感じ取らるが、これも風味と言えなくも無い。
それに香りのほうもなかなかのものだな。
これで本当に人体に悪影響がなければ、相当な拾いものである。
解析の魔術によれば、さらに気分の高揚と高血圧に対する抑制効果が見られるようだ。
おそらくこれは売れる。
だが――おそらく売れすぎるだろう。
気がつくと、俺はその豆の欠片を次々と口の中に放り込んでいた。
まずい。 どうやら、こいつは精神的に強い中毒性のある代物のようだ。
俺は慌てて豆が視界が入らないように、箱に入れて蓋をする。
「――なんとも厄介なことになってきたな。 いきなりこんな爆弾を引き当てるとは思ってなかったぞ」
思わずそう呟いたときである。
「やだなぁ、クラエス。 精霊の魔力が充満したこの土地にまともな植物なんて育つはずないじゃないですかぁ!
心配しなくても、この土地で普通に生えているのは、魔法植物の類だけですよ?」
「それを早く言え! このダメ精霊!!」
俺はエディスの頭を容赦なく握りつぶした。
おそらくこの商品は瞬く間に上流階級でもてはやされ、大きな富を生むだろう。
薬効によっては、冒険者と呼ばれる連中や軍も黙ってはいない。
そしてそんな奴らがこの豆がこの領地にしかないことを知れば……詐欺、窃盗、恐喝、そのほかにもあらゆる方法でこの領地と豆を手に入れようとするだろう。
「さて、領主への報告はどうしたものか」
そして、主であるあのブタ伯爵にこの領地を守る能力は無い。
もしもこの領地にこの豆があることを知られたら、蟻のように押し寄せた性質の悪い連中にすべての甘い汁を吸い尽くされて、路頭に迷うのが関の山だ。
困ったな。
そうなってしまったら、俺は誰をモデルに悪役令嬢を書けばいいんだ?
少なくとも、今の作品を書き終えるまでは奴に没落されるわけにはゆかない。
いっそ、奴の親である公爵に相談して別の領地を回してもらうべきだろうか。
「とりあえず日記をつけよう。 何かのネタになるかもしれんからな」
これが現実問題だと思うからなかなか冷静になれないのだ。
そう、まずは目指すべきハッピーエンドを定めるところから始めるべきである。
さて、これが物語だとするならば……
『どうしたんですかぁ、クラエス。 なんか難しい顔してますよぉ?』
作りおきの顔を体に取り付ける作業をしながら、エディスが心配げにたずねてくる。
「いや、なんでもない」
だが、俺は適当な答えを返し、ただひたすらペンを走らせて物語のプロットを書き続けるのであった。
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