第2話

 さて、この極限まで過疎った土地に就任してしまった俺だが、それでも仕事は存在している。


 まず税金の徴収は言うまでもなく不可能だ。

 次に領内のトラブル解決だが、人がいないのでトラブル自体が発生しない。


 そして残り二つが住人の戸籍管理と産業の開発なのだが……実は、これが今、俺を大きく悩ませているのである。


「はい、じゃあ貴方は今からアーロン・イグニスと名乗ってください。

 仕事については出来るだけはやく決めましょう」

 蝋燭の明りに照らされた部屋の中、俺は書類にペンを走らせると目の前の燭台に向かって声をかけた。


 いや、別に頭がおかしくなったわけではない。

 単に相手が炎の中でしか生きることの出来ない火の精霊だからである。

 精霊使いとしての修行を積んでいない俺には、エディス以外の精霊は見ることも会話をすることも出来ないのだ。


 なぜエディスとだけは会話が出来るかというと、どうも生まれたときの星回りやらなにやらが影響した結果らしいのだが、あいにくと魔術の知識には疎くてよくわからない。


「えぇと……よかったら、この部屋に明りを灯す仕事がやってみたいと言ってますよぉ?」

 俺と同じく燭台に目を向けていたエディスが、火の精霊の言葉を翻訳しながら俺のほうへと振り向いた。

 ほかの精霊との会話を通訳することは、この役立たずに出来る数少ないお仕事だ。

 あぁ、それは助かるな。 夜中に執筆する際の蝋燭代も馬鹿にならんし。


「では、アーロンさんは午後六時から午前六時の間、俺の部屋の明りを担当していただきます。

 契約期間はほかの方と同じく、私の血を継ぐものがこの地を収める限りということで。

 なお、どちらかが契約に不満があるときはこの契約はいったん凍結されるものとし、破棄するには双方の同意が必要となります」


 俺がそう告げると、目の前の燭台の炎がうれしげに揺らめいた。

 そりゃそうだろう。

 なにせ、この契約が無ければ彼はあと数日ほどで死んでしまうところだったのだから。


 一見して永遠の命を持っている精霊だが、それは契約という形でこの世に存在する理由を持った精霊に限った話である。

 誰とも契約を交わさなければ世界に満ちる魔力を摂取することが出来ず、およそ三百年ぐらいで自然消滅してしまうのだ。

 そして、寿命を間近に迎えた精霊たちが消滅までの時間をすごす場所こそ、このケーユカイネン地方なのである。


 ゆえにこの土地は、精霊たちから『精霊の墓所』と呼ばれ忌み嫌われているのと同時に、衰弱した大量の精霊が静かに暮らしている聖地なのであった。


 むろん、彼らとて別にこのまま誰とも契約を結ばずに過ごして死にたいわけではない。

 もしも彼らと契約を交わしたいという人間がいたら、この地で死におびえながら暮らしている精霊たちは喜んで飛びつくことだろう。


 だが、一人の人間が契約を結ぶことの出来る守護精霊は一人だけ。

 そしてこの領地に一人しかいない人間……すなわち貴重な俺の守護精霊枠は、壮絶無能な精霊であるエディスによって埋められている。


 ならば、どうすればよいか?

 俺は気づいてしまったのだよ。

 ……契約があればいいというのなら、俺の権限でいくらでも発行できる仕事の雇用契約でもよいのではないかということに。


 守護精霊の契約とちがって、こちらは彼らにとっても気楽な契約であり、プライドの高い彼らにとっても受け入れやすい内容であるのも功を奏した。

 いまやこの地は、彼らにとっての墓場から救済の地へと変わりつつある。


「エディス。 次の精霊を呼んでくれ」

「次は水の精霊だよぉ」

「水か……裏庭の井戸や厨房の水周りはすでに契約済みだから、ほかの仕事を探さないといかんな。

 そろそろ用水路の管理も人手が余り始めているから、新しいタイプの仕事を考えないと」

 人が少ないということは、それだけ仕事も少ないということである。

 だが、精霊の救済のために俺は何らかの仕事を彼らのために探さなければならない。

 しかしあまりにもしょうもないことを頼んでしまうと、精霊たちのプライドを傷つけてしまうため、最近はいかに彼らが満足できる小さな仕事を探すかで四苦八苦している毎日だ。


「はぁ……せめて人間の入居者でも増えれば彼らに回せる仕事も増えるんだがなぁ」

 だが、無いものねだりをしても仕方が無い。

 今日も俺は寿命の近い彼らのために、なんとかして仕事を作り出すのだった。

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