第一章 黒くて甘い危険物

第1話

 さて、俺が統治するケーユカイネン領のことを少し説明しておこう。


 このひなびた僻地はこの国の最北端にあり、通行不能な険しい山脈に囲まれた盆地になっている。

 このド田舎に異変があったのは、つい三ヶ月ほど前の話だった。

 重税を苦にした住人たちが反乱を起こし、私兵もろとも代官の一家は全滅。

 住人たちは収穫された作物を持って忽然と消えうせてしまったのである。


 農民という生き物は土地にひどく執着する生き物で、通常であれば彼らが自分たちの畑を捨てるなどありえないのだが……

 土地は痩せ、特産物も無いこの土地では、見捨てられるのも無理も無いだろう。


 いや、ひとつ訂正しなければなるまい。

 こんな土地でも、ひとつだけ特色がある。

 それは……。


「あ、おかえりなさい」

 癖の無い茶色の髪をなびかせて王都から戻ってきた俺を出迎えたのは、八歳ぐらいに見える幼女だった。

 ただし、見た目だけである。


「ちっ、まだ生き残っていたのかエディス。 適当に自滅しているかと期待していたのに」

「ひっ、ひどいですよぉ。 そりゃ私はドジですけど、これでも精霊なんですぅ! そう簡単に死んだりしませんよぉ!!」

 そう、この幼女の正体は精霊である。

 精霊使いとしての適正の問題で俺にはこいつ一匹しか見えないが、この地にはほかの土地とは比べ物にならないぐらいの精霊がひしめき合っているのだ。

 だが、その事実を知ったとき、すでに俺はひとつの大きな選択肢を誤っていたのである。


「守護精霊であるお前が生きている限り、俺はロクな魔術が使えんのだ。

 契約する精霊はいくらでもいるんだから、俺のためにさっさと滅びてくれ」

 そう、俺のように魔力を持たない人間でも精霊を守護者とする契約を交わせば魔術を使うことが可能になる。

 だが、使用できる魔術は『契約した精霊の使用可能な魔術』に限るという制限つきだ。


「ふえぇぇぇぇ! クラエスさんがいじめるぅぅぅぅぅぅ!!」

 哀れみを誘う姿かも知れないが、騙されてはいけない。

 これでも齢300年を数え、寿命間近で弱っていたところを俺に拾われたババアなのだ。

 そして語尾に『のじゃ』とつかないロリババアに需要は無い。

 なに? キモい? 実に甘いな。

 のじゃロリの人気を舐めてはいけない。

 小説など、売れてなんぼなのだよ。


「……さて、エディスに需要が無いのはおいといてだ。

 俺の留守中に何か魔術は使えるようになったのか?」

「はい! もちろんですぅ! みてください!!」

 張り切って元気にそう答えると、エディスは地面に手をついて目を閉じた。


「んんんんんん……はっ!」

 そして気合とともにその小さな体から魔力がほとばしり、地面に生えていた青く小さな花がほころんだ。

 ……一輪だけ。


「ほぅ、花が咲いたな」

「はい! 成功するのは、いまのところオオイヌノフグリだけですけどねぇ!」

「で? 自慢げに話しているところ悪いんだが、それが何の役に立つんだ?」

「え? きれいでしょ?」

 俺の責めるような視線に、エディスは何を言っているんだといわんばかりの顔で首をかしげる。


「OK、どうやら俺たちには話し合いが必要なようだ」

 こんなしょぼい魔術、コメディのネタにもならんわ!

 百合や薔薇ならともかく、なんでオオイヌノフグリなんだよっ!


「あいたたたたたたたたた! クラエスさぁん、全力で顔をつかまないでくださいぃ!

 肉体言語での話し合いは全力でお断りいたしま……あぁぁ、ピシってぇ、今、私の顔がぁ、ピシッて音を立ててぇ……」

 次の瞬間、エディスの顔が木っ端微塵に砕け散った。


『あぁぁん、ひどいじゃないですかぁ! この顔、お気に入りだったのにぃ!!

 私が精霊じゃなかったらぁ、即死ですよ、即死ぃ!!』

 頭を失ったエディスが、そのままひょいと起き上がって文句を口にする。

 子供が見たらトラウマになりそうな光景だ。


 なお、エディスの今の体は俺が作った人形であり、こいつの本来の姿は黄色い光の塊である。

 なので、入れ物が壊れたとしても人間にとって服が破れた程度の認識でしかない。


「暇があったらそのうち新しい顔を作ってやる。 それまで我慢しろ」

『ぜったい何か理由をつけて後回しにする癖にぃぃぃぃ!!』

 ギャアギャアわめくエディスを手近にあった壷に放り込むと、俺はその辺にあったものをつかって蓋をした。


 この役に立たない精霊を自分の守護霊にしたことは、おそらく俺の人生で最大の汚点である。

 願わくば、このまま消滅してくれないだろうか?


『精霊虐待ですぅ! 』

 ……やかましい、この無能な邪霊が。 お前ごときにかまっていられるか!

 俺には、片付けなければならない問題が山ほどあるのだ。


 そう、この人間が誰一人として住んでいない領地を切り盛りして、利益を出すという困難な仕事がな!

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