魔境のお代官様――この里に人間は俺しかいません
卯堂 成隆
プロローグ
「最初に結論から申し上げれば、あの村を統治するのは誰にも不可能です」
そう。 それはいかなる者にも乗り越えがたき難題であった。
たとえそれが、この人気作家にして希代の天才と呼ばれた自分であってもだ。
「お前は何を言っているでしゅか、クラエス・レフティネン。
たかが新任の代官の分際で直接面会を申し出たと思えば……とんだ無駄だったようでしゅね」
俺の言葉に、豚みたいにコロコロと太った同年代の男……もとい俺に任された領地の主であるハンヌ・イッロ・カリオコスキ伯爵はさも不愉快だといわんばかりに眉をひそめ、この会談をさっさと切り上げようとする。
「ご不快になるのはわかりますが、自分はありのままのことを申し上げております」
「つまり、自分に代官としての能力がないので辞退すると言いたいわけでしゅか?
ブシシシシシシ……お前が我輩の通っていた学園を次席で卒業したから採用したのでしゅが、とんだ期待はずれだったようでしゅね。
それとも、その成績は何か不正な手段で勝ち取ったのでしゅか?」
――おぉ、これは心外な。
「お言葉ですが伯爵閣下、貴方が簿記のテストの問題を私から事前に購入して、それがバレて退学になりそうになり、当時の私がもみ消したのをお忘れでしょうか?」
「ぶ、ぶひっ!?」
思い返せば、あれは実に困難な仕事だった。
だが、その経験を元にして書いた官能的なピカレスク小説はバッドエンドであるにもかかわらずとても評判が良かったのだから、何事も経験してみるものである。
そういえば、あのときのヒロインのモデルにした女教師は健在だろうか?
聞けば、あのあとすぐに田舎に帰ったという話だが。
……なに、モラル? もちろんあるとも。
正義の味方が登場する作品を書いている間だけはな。
さて、昔の知り合いの話はどうでもいい。
今は愛すべき我がブタ上司の話である。
「ぶ、ぶひょっ!? わ、我輩のことはどうでもいいでしゅ! 今はお前の能力を問題にしているのでしゅ!! 無礼であろう!!」
「それは申し訳ありません。
ただ、貴方の領地にはいかんともしがたい問題があるという事をご理解いただきたい、それだけなのですよ、我が君」
俺が弁明を口にすると、敬愛すべきブタ伯爵……あぁ、俺としたことが言葉が悪いな。
では改めて。 このブタ野郎はニタァと粘っこい笑みを浮かべた。
ちなみに、俺が自作の小説の中で彼をモデルにした悪役令嬢を書いていることを、彼は知らない。
「私の領地に問題でしゅか? 言い訳は見苦しいでしゅね。
お前の前の代官は何事もなく勤めていたのでしゅよ」
その言葉に俺は思わず溜息をつく。
どうやら、
でなければ、俺の言葉の意味もある程度察しているはずだ。
「まずはお伝えしなければなりません」
さて、この不可思議な事件を物語にするならば、冒頭はどんな台詞がいいだろうか?
俺は目頭を押さえ、頭痛をこらえるようにして告げた。
「私の訪れた時、あの領地にはもう誰も住んでいませんでした」
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