第3話
この無人の領地に戻ってきた翌日、することの無い俺は外出をすることにした。
とは言っても、人が住んでいないのだから買い物などできるはずもない。
「あー クラエスだぁ。 ねぇ、どこへ行くの?」
上から薄汚れた長袖のコートを羽織って玄関を出ると、庭で草をいじっていたエディスが目ざとくこちらを見つけて駆け寄ってきた。
「触るな」
汚れてもかまわない服ではあるが、わざわざ泥や草の汁のついた手に触れたいと思うほど俺は酔狂じゃない。
容赦なく近づいてきたエディスの手を避けると、奴は喜劇俳優かとおもうほど見事にすっころんで顔を打ち付けた。
「あぁん、ひどいー」
痛いだの苦しいだのとほざいたところで、こいつの正体は精霊。
所詮はかりそめの体が痛むというだけで、人間と同じ感覚などありはしない。
「探索に行く。 今のままでは入植者が来ても仕事が無いからな。
何か売り物になるものが無いかを調査しに行くつもりだ」
「わぁい! あたしも行くぅ!!」
一瞬で復活し、その場でピョンピョンと跳ね回るエディスを見て、思わず俺はため息をついた。
ついてくるなといってもどうせ聞きはしないのだから、怒るだけ無駄というものである。
「さて、何かあればいいのだがな……」
この領地の東西南北はほぼ山に囲まれ、しかもその山のほとんどは脆くて痩せた土であり、アルカリ性が強いために農業には適していない。
ただ、このような劣悪な立地条件はその地に生える植物に大きな刺激を与え、その結果として特殊な生態や性質を持つ植物が多くなることでも知られている。
この地に何か特殊な薬品の材料になるような植物が生えていれば、それを狙うプランツハンターが村に住み着いてくれるかもしれない……それが俺の狙いだ。
「しかし……人はいないのに、イノシシやウサギは山ほどいるな。 当分肉には困らないだろう」
山に入ると、潅木の根元にいろんな動物の足跡と糞が転がっている。
どうやら人間の農業には不毛の地だが、山の生き物にとってはなかなかに豊かな場所らしい。
「ほかにもクマが沢山いるよぉ? ほかの精霊たちが嫌がるからあんまり村のほうには出てこないけどぉ」
「この領地には本当にいらんものばかりあるな。 必要なものは何もないくせに」
特に駄目精霊とか、領民とか、領民とか!
まぁ、愚痴はさておき、転んでもただでは起きないのが俺の主義である。
次の新作で、サバイバル探検モノでも書けば、このわずらわしさも報われるだろうか。
そして山を分け入ること三十分。
俺はさっそく奇妙なものを見つけた。
「ほぅ、こいつは食用可能なのかな?」
それは一面に生い茂るマメの一種であった。
熟しているのか、大きくて真っ黒な鞘が風に揺れてカラカラと音を立てている。
「角ばった茎はソラマメの仲間の特徴だな……」
大きさを別にすれば、その姿は一般に広く生息しているヤハズエンドウ……一般的にはカラスノエンドウと呼ばれる雑草に酷似していた。
「あぁ、それねぇー 熊や鹿がよく食べてるよぉ?」
エディスの言葉を受けて意識して探してみると、たしかに芽の先端がかじられており、そこかしこに食害の後が見受けられる。
どうやら食料となる可能性が高そうだ。
だが、問題は味か……。
「ふむ、植物辞典にも載っていた覚えが無い植物だな。 新種かもしれないから、とりあえず採集してあとで調べるか」
その黒光りする鞘を手に取るとずっしりと重く、しかも恐ろしく表面が硬い。
しかも、種を採取しようと力をこめるのだが、なかなか鞘は開かなかった。
そして少し力を強くした瞬間……バチンと大きな音とともに中の種が周囲に飛び散ってしまう。
なるほど、こうやって種を飛ばして増えるのか。
「思ったより小さいな」
そして、中に入っていたのは小指の爪よりも小さな真っ黒の粒だった。
指でつまんでみると、金属かと思うような硬さであり、少なくとも生で食べることは出来ないだろうと確信する。
「やれやれ、これを食用可能か調べるのは骨が折れそうだ」
だが、その時である。
「あ、そうだぁー 前に言われていた解析の魔術? 使えるようになったよー」
「それを早く言え!」
のほほんとした声でつぶやくエディスの頭を、俺は思わず片手で握りつぶす。
『あぁん、また顔を砕かれちゃったぁー』
「貴様の愚鈍さが罪なのだ。 おとなしく極刑をくらってろ」
こいつを見ているととても信じがたいが、地の精霊とは叡智と記録をつかさどる存在であり、解析の魔術は風の精霊の分析と並んで俺の欲していた代物である。
こうなってくると、分析の魔術も欲しくなってくるよな……
『だってぇー 使えるようになったのはいいけど、頭の中に入ってくる情報が何もわからなかったんだもぉん』
えぇい、顔も無いくせにしゃべるな。
貴様は伝承にある首無し騎士アン・パァンの英霊か!?
なお、解析とは分析によって得られた情報を元に理論を組み立てることである。
例を挙げると、薬草に何が含まれているのかを調べるのが分析であり、そこに含まれている成分から有効成分を見つけ出して利用方法を見つけるのが解析だ。
すなわち、使い手の頭が悪いと何の意味も無い魔術である。
「お前の頭では、きっと来世になっても使いこなすのは無理だ」
『ひっどぉーい!』
エディスの抗議を受け流し、俺は豆をいくつか収穫して帰り道を急いだ。
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