第3話 二人の理屈じゃない想い
――莉子と大上は、知り合ってまだ日が浅い。
知らないことはもちろんある。むしろ、知らないことの方が多いだろう。
けれど一つ、分かったことがある。
大上樹はウソをつく。
平気な顔で、ウソをつけるということ――
翌日の放課後。校門前に立つ莉子を見つけると、大上は一瞬、変な顔をした。今度は、苦手な食べ物を前にした子供のような顔だ。
「……嬉しいな。昨日の今日で、また会いに来てくれるなんて思わなかった」
「嬉しいっていうわりに、テンション低めだけど」
昨日は駆け寄ってきたのに、今日は足取りも重い。距離を縮めるのが憂鬱みたいに。
「今日、一緒に帰ろ」
「え?莉子ちゃんの方から放課後デートのお誘い?やだウソみたーい」
「デートじゃないし、誘ってもない。これはあくまで強制なの。大上君が嫌がっても、絶対家までついてくから」
「切り返し早いよね~。そゆとこも好き」
「そっちも、いちいち口説くね」
いつもの調子で軽口をたたくが、無理しているのは明らかで、会話が続かない。結局大上は、疲れたように口を閉ざした。
普段よりずっと物静かな大上だったが、それでもすれ違うたくさんの人が声をかけた。また明日、と手を振る者、一緒にカラオケに行こうと誘いかける者。女生徒なんかは明らかに莉子を値踏みするので辟易したが、転校して三ヶ月程度でこの人気ぶりはすごいと思った。正直莉子より友達が多い。
大通りから住宅街に入り、ひと気が少なくなった所で本題を口にした。
「昨日の話だけど。私はやっぱり警察に相談するべきだと思う」
真面目に話しているのに、大上は莉子の真剣さをかわすようにおどけた。
「でも、心当たりないしぃ」
「なくても。短期間に二度も轢かれそうになるなんて、絶対おかしい。ケガがないから対応してもらえるか微妙だけど、まずは行ってみようよ」
「心配してくれるの?あ。もしかして、そろそろ俺に夢中?」
「そうやって、はぐらかそうとしないで」
「…………ホント、容赦ないねぇ」
大上は空にため息を放った。何を考えているか分からない横顔をもどかしい思いで見つめる。やはり彼は、まともに取り合うつもりがないようだ。それでも莉子は食い下がった。
「大上君、犯人は―――」
「もういいよ、莉子ちゃん」
強い口調で遮られ、思わず口を閉ざす。物柔らかに話す大上から、こんな厳しい声を聞くのは初めてだ。立ち止まって見上げると、無機質な視線とぶつかった。莉子に対して何の感情も宿っていない瞳。
「莉子ちゃんてもっとクールな子だと思ってた。そこがよかったのに。俺、追いかけられるのあんまり得意じゃないんだよね~」
「……それは今、関係ないじゃん」
「一緒にいるのしんどい。つーか正直冷める」
明確な拒絶の言葉と共に、大上はいつもの笑顔を見せた。この場面にはあまりに不釣り合いな、人懐っこい笑み。だからこそ一層突き放されたように感じる。
「バイバイ」
去っていく背中を追いかけられなかった。彼の言葉が、地面に足を縫いつけているみたいに。
莉子は、動かないつま先に目を落とす。無様なほど膝が震えていた。目をつむって涙をこらえる。
――ダメだ。ここで手を離しちゃ、ダメ。
震える足を、一歩踏み出す。ゆっくり、また一歩。
「……大上君、分かってない。全然、分かってない」
呟きはかろうじて、遠ざかる背中に届いた。大上が怪訝そうに振り返る。
「急に、未来が視えるようになって……私、頭がおかしくなったのかと思った。気のせいだって、何度も自分に言い聞かせても―――やっぱり視えて。怖くて、親に相談したのに……おかしなことを言うなって、注意されるだけで」
危険な予知を視た時、無視されようと、気味悪がられようと他人に声をかけ続けたのは、正義感からだけじゃない。
莉子はただ、信じてほしかった。おかしくなんかないと、認めてほしかったのだ。誰かに一言、信じると言ってもらえたら、それだけで十分だった。
「大上君がまともに聞いてくれたのは、そもそも危ない目に遭ってたからだよね?予知なんかなくても知ってたから。そんなことは、もう私も分かってる。それでも」
どんな理由であれ、話を聞いてもらえただけで莉子がどれほど救われたか、彼は知らないだろう。
大上と話すたび、ばらばらに砕け落ちた心を、大事に拾い集めているような心地がした。
出会って間がなくても、莉子の心は確かに救われたのだ。
――今も、ほら。どうでもいい他人の話なんか、黙って聞いてることないのに。やっぱり大上君は優しい。
彼の優しさに触れるたび、莉子はなんだか泣きそうになる。大切に、大切にしてあげたくなる。
「私はあなたに救われたから。だから、決めたの。大上君のウソには、絶対騙されないって」
大上はウソつきだ。平気な顔でウソをつける男だ。
けれどそれは、いつだって誰かのための優しいウソ。人を傷付けない、守るためのウソ。
そのウソで、大上自身が傷付かなければいいと思う。苦しんだり、悲しんだりしなければいい。
「お節介だって言われても、ごめんね、大上君」
――無理やりにでも、あなたの心をこじ開ける。
莉子はすうっと息を吸い込んだ。両足に、ぐっと力を込める。
「犯人、知ってるんでしょう?」
一晩中考えた。もし大上が本当に狙われているのなら、それを警察に相談しないのはなぜか。
心当たりを聞いて『全然ない』と答えた大上。予知の話をはぐらかそうとする大上……。
彼は、犯人に心当たりがあるのだ。命を狙われる原因にも。それなのに口を閉ざすのは、彼の性格から考えると、おそらく――――。
「あなたは知り合いだから、犯人を庇ってる」
大上は答えない。どんな表情も浮かべず、莉子を静かに見つめるだけだ。
「私の意見は変わらない。警察に、相談しよう?もう予知なんて関係ないの。私が、あなたの傷付く所、見たくない――――」
ふと、大上の背後の白い軽自動車に目が止まった。なぜだろう。見覚えがある気がした。
――そうだ。さっきの曲がり角にも、同じ車が停まってた。
運転席に人影があるのに、車は動いていない。ライトも点いていなかった。だがそれくらいで不審車とは言えない。それなのに、何かが引っ掛かった。
夕暮れが去り、夜のとばりへと向かっていく景色。もっと他にどこかで見たことがあるような――――。
考えている内に、軽自動車のヘッドライトがパッと点る。同時に閃いた。
これは、予知で視た光景そのものだ。
エンジンをふかして車が急発進する。莉子たちが見えないはずもないのに、ブレーキをかける気配はない。
「大上君――――!」
咄嗟に大上の前に進み出た。
運転席はよく見えない。ライトをハイビームにしているのか、視界が白く焼ける。
真っ白な闇の中にいるみたいだ。そうぼんやり考えながら、莉子は目を閉じた―――。
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