epiosode02 :望まれぬ/来訪者

 バルディア連邦共和国南端、バッズ森林地帯にて。


「ッハア……ッハア……」


 少女は走る。自らの相棒キャリバーを抱え、木々が鬱蒼と茂り、終わりが見えるともわからない深き森を抜け、散った仲間達が遺してくれた命と偵察結果を本部に伝えるために。


「いいか!よく聞けティナ! お前は我がブラックナイトにおいて100人しかいないうちのキャリバー適合者だ、お前は戦闘経験がまだ浅いが、お前には才能がある。これから生き延びるにつれてまだまだ強くなれる。だから生きろ! 生きて第2偵察隊の戦果を伝えるのだ! 」


「嫌です! 小隊長が残られるのでしたら私も残ります! まだ戦えるのにむざむざ逃げて生き恥を晒すなどとッッ! 」


「おいおいティナ、俺達がマジで死ぬと思ってんのかよ、見くびるなよ、俺だってブラックナイトの一員だ。生きろと言われたら敵の足首食らいついてでも生きてやらァ」


「シルヴェス……」


「そうよ、だからここはあたし達に任せて先に行きなさい! 大丈夫、連邦軍のウジ虫野郎なんて20人どころか100人来たって負けはしないわよ! 」


「ベッツィ……」


「そういう事だ...そろそろ連邦軍の連中が来る。シルヴェス! ベッツィ! 煙幕袋をありったけ投げた後、ガンロッドでの一斉射で蹴散らすぞ! 魔力は出し惜しむな! ここが正念場だ! ……帰って生き残ってたら今日の晩飯は俺の給料全部使って好きなもん食べさせてやる! 」


「ヒョー! 大将太っ腹ァ! なおさら死ねるかっつんだよォ! 」


「ああッ、死線をくぐり抜けた後の酒はたまらなく美味いだろうねぇ! 」


「さあ行け! 振り返るな! 生きて俺達の勇姿を伝えるのだ! 」


「みんな……了解! ……」


「いたぞ! 最後の生き残りだ! 確実に捕らえろ! 」


 遂に見つかった! だけどまだ! まだ死ねない!

 私は自らの体を傷付ける木々もそのままに植物の根と落葉だらけのぬかるんだ悪路を疾走する。だが、それをみすみす逃す連邦軍ではない。

 私の足へとガンロッドの照準を合わせ躊躇なくトリガーを引いた! 

 私の仲間達の命を奪ったであろうそれは、すんでのところで少女の横を通り過ぎ、私の右手に生えていた大木を吹き飛ばした。

 思わず戦慄を覚え、生唾を飲み込む。

 振り返るな! そう言ったはずの隊長はもういない。

 だが、最後に遺してくれたその言葉にしがみつくように後ろから引きずり込もうと狙う絶望の影を振り払う。

 敵も仲間と合流したようで、砲撃に一層の激しさを見せ始める。

 逃げる私に追う連邦軍。よくもまあこんな少女に寄ってたかっていじめたがるものだ。

 そんな逃走劇にも終わりが近づいてきた。

 眼前に平原が見えはじめたのである。

 ああ、ようやく終わりが見えた!

 そう思った。

 だが、つくづく神様というのはイジワルな存在のようで、その希望は儚くも潰えることとなった。


「……ウソ……」


 私が平原と思っていたそれは切り立った崖の一部に過ぎなかったのである。

 すぐさま周囲を追ってきた連邦軍兵士6人に囲まれる。


「こいつッ! ちょこまかと動きやがって! 」


「ビリーの敵! 今ここでッ! 」


「落ち着け!! いいか、殺すなよ、上から1人は捕獲しろとの命令だ」


 腕に赤い腕章を付けた隊長風の男が部下達を諌める。

 絶体絶命を体で表した状況に対して私はあらゆる策を一瞬の隙に交錯させた。


「一応言っておく、もう諦めて大人しく武器を捨てて投降すれば命までは取らんぞ!」


「ハッ!! 誰があんなクソジジイ共の人形みたいなお前らにビビるかよ! どうせ投降しても命は取らなくったって死にたくなるような拷問で体の隅から隅まで犯されるに決まってるくせに白々しい!! 」


「だろうな、ならば……」


 ジリジリと私ににじり寄って来る彼らにもはや慈悲などありはしないだろう、他の第2偵察隊のメンバーを殺したであろうその手で躊躇いもなく私の命をも消し去ろうと狙っているに違いない。

 V.S.O.Rヴォーサーの牽制射撃でビビらせて逃亡……いや無理だ。もうキャリバーに回せるだけの魔力が残ってない。

 いっそ一か八かの強行突破で!

 そんな愚考を繰り返す自分に対して自嘲気味の笑みを浮かべる。

 これしかない!

 そう悟った私は身を翻し、下の地面目指して崖の壁面を一気に滑り降りた!

 慌てて連邦軍の兵士が私を止めに入るがもう遅い!お前らが崖の底を望む頃にはもう私は崖の下だ!

 が、私はやはり最後の詰めが甘いようで、三分の二を過ぎたあたりでそれは起こった。

 右足が斜面の突起に引っかかり、そのまま大きくバランスを崩してしまい、斜面を転がり落ちてしまったのだ。

 加速する勢いそのままに地面に叩きつけられる私。

 全身に酷い鈍痛と息苦しさが襲う。あまりの苦しさに思わず顔を歪めながら腹部をおさえ、うずくまる。

 どうやら叩きつけられた際に右腹部と右腕部を強打したようだ。多分折れている。

 ああ、ごめんなさい隊長……約束……果たせそうにないや……





 とりあえず、状況を整理しよう。

 謎の声が聞こえると思って衝動のままに走り、たどり着いたと思ったらビルが崩壊して、その影響で降ってきたガレキでヒロを大怪我させる結果になってしまった。

 かと思えばあの仮面男が作り出したゲートと呼んだ物体の中にブチ込まれた後に、気づいたらこんな森の真っ只中で雨の中寝てたと。


「ふぅ……」


 訳が分からん。

 持ってるもんと言ったら、今じゃ繋がるとも分からんスマホ、制服のポケットに偶然入ってた賞味期限切れのチョコレート、財布、それに、あの男から渡されたⅦとメタルプレートで刻まれている黒いアタッシュケース。それに、母さんの形見。

 正直、中身が気になって仕方がない。


「開けても……大丈夫だよな? 」


 どうしようもない好奇心に駆られた俺は、その場にあぐらをかき、恐る恐る黒いアタッシュケースに手を伸ばし、両手で左右のパッチン錠に手をかける。

 ゆっくりとロックを外し、アタッシュケースを開いた。

 だが、俺の想像したような何やらとてもすごそうなサムシングなどはなく、代わりに、ルービックキューブのような鍵のかかった箱が一つあっただけだった。

 正直、拍子抜けだった。

 あの男があんなにも大切そうに持っていたものの正体がこんなルービックキューブもどきだったなんて。


「こんなものが……? 」


 はめ込まれているそれを手にとり、隅々まで観察するも、見たこともないようなスフィア状の鍵があること以外取り立てて気になるところがない。

 こいつは力そのものだ。使い方を誤れば世界だって滅ぼせる……

 男がこいつを手渡すときに発したセリフが俺の中で反響する。


「世界だって……ねぇ……」


 今まで普通の生活送ってた人間にいきなり世界だの言われたところで実感なんて湧きはしないっての。

 ともかく、このままでいいはずはない。このままでは雨が降りしきる森のど真ん中でどんな生物に襲われるかもわからない不安な夜を過ごすことになってしまうだろう。

 それだけは避けるべきだ。

 となると...とりあえず雨風をしのげる洞穴と暖を取るための手段がいるな。

 スーツケースを閉じ、右手で持ち上げ、大きなため息を吐きながら立ち上がる。


「探すか」




 ……ずいぶんと歩いてきたが、一向に洞穴という洞穴が見つからない。

 そこら中から葉が茂って見通しが悪いのも一因だろう。


「やっぱりそんなにほいほい見つかるもんじゃないか……っと……」


 ここで俺の一番の不安要素が見つかった。そう、足跡である。

 森の中で危険生物に遭遇してしまった場合、今の俺には逃げる以外の選択肢がない。歩いていたらばったり遭遇なんて事態は絶対に避けるべきだ。

 そのため、足跡を探し、大型生物の行動を予測することはとても重要になってくる。

 素早く足跡に近づき、片膝をつきながらじっくりと観察する。

 人の足跡によく似ているが、はっきりとした形を持っているのは一つだけ、その隣に引きずってできたような跡が続いているようだ。

 恐らく、何らかの原因で怪我をしたんだろう。手負いなのは間違いない。

 となると……俺の他にも誰か? ……

 またも好奇心にも似た衝動が俺を突き動かした。

 そっと..足跡をなぞるように歩く。

 俺はいつもそうだ。

 迂闊とは思っても、気になったことに対して追いかけなければならないような衝動、いわば運命じみたものを感じてしまうのはなぜだろうか? きっと俺が好奇心旺盛だからという理由だけで片付けられないような何かがあると感じずにはいられない。

 まあ、これもきっとヒロに話したら気のせいだって笑われるかな?

 草木をかき分け進んでいくと、地面に倒れ伏している影が一つ。


「……ッ!」


 思わず目を奪われた。

 絹のようなツヤのある赤髪のツインテール、確かな強い意志を感じさせる美しい顔、瑞々しい唇、泥で汚れた衣服、所どころにできた傷跡、青あざ、右腕は特に酷く、一目で折れているとわかるほど腫れている。いったいどんなことをすればここまで傷つけるのだろうか?

 だが、傷付き果てた可憐な少女はまるで枯れかけの彼岸花のようで...

 思えば、病床に伏す母親の姿を重ねてしまったのだろう。


「おい……大丈夫か! 」


 俺は駆け寄り、少女の頭を抱き上げるような体勢になる。


「ん.……」


 よかった……まだ生きて……


「触るな!!! 」


 少女が目を覚ましたかと思えば、俺の顔を見るなり、憎悪と恐怖をごちゃまぜにして塗りたくったような表情へと変わり、俺を押しのけて後ろに飛びのいたのだ。

 飛びのいた勢いそのままに、少女の持っていた武器であろう灰色のプレートのような平たい長銃を左手で取り、怪我をしているであろう右腕は使わず、左手のみで素早く銃口を俺に向ける。

 一連の動きにはこなれたような滑らかさがあり、この行為を何度も繰り返しているのであろうとは安易に想像できる。

 だが、体がもう限界なのか、それとも内心恐怖を覚えているのか、銃を持つ指は確かに震えていた。

 必死で痛みに耐えつつも、キッと抜き身のナイフのような鋭さを持った猫のような大きな金色の目でにらめつけられる。

 こんなにも負の感情を持った人間の顔というものを俺は今まで見たことがなかった。

 前に起こした他校との喧嘩の時に見た相手の顔の比じゃない。

 まだ俺とそんなに変わらない年と思われる彼女にそんな顔をさせてしまう世界とは一体……


「連邦軍の手先が! 助ける振りしたって騙されないぞ! お前たちが! ……仲間を! 」


 急いで俺は両手を上げ、戦意がひとかけらもないことをアピールする。


「ちょ……ちょっと待て! 俺は連邦軍なんて知らないし、この世界のこともほとんど知らないんだよ! 」


「見え透いた嘘をッ! ……白々しい! 魔力はもう三割方回復してるのよ! あんたなんてヴォーサーで簡単にミンチに! ……痛ッ……! 」


 言うが早いか、無理がたたった少女は短いうめき声を上げると、その場にしゃがみ込む。

 悔しさに歯噛みする少女はなおも立ち上がろうと俺をにらみつけるが、生まれたての小鹿のように震える足が今の少女にとって立ち上がるという行為がどれだけ酷なことであるか叫んでいる。


「ッ……ほれ見ろ!言わんこっちゃない!」


 見ていていたたまれなくなった俺は反射的に撃たれるかもしれないという恐怖をかなぐり捨てて、しゃがみ込んで息を荒くする少女に急ぎ近づき、少女と同じくらいの背になるようにしゃがみ、急に近づいてきた俺に対応するようにささやかな抵抗を試みる右腕を上腕部を抑えることによって制し、患部を俺の体の近くに寄せる。


「お前……! 」


「少し静かにしろ、ちょっと診るから……こんなになるまで……どんな無理すればこんなに傷つけるんだか……」


 彼女の華奢な体を一瞥し、腕の他に重大な傷を持った場所がないか今一度確認に入る。

 幸い外見上に目立った大きな怪我は骨折だけの様子だが、服の中がどうなっているかはわからない。

 脱がして確認するのがベストなんだろうけど、あいにく、そんな時間と勇気はない。

 追われて逃げていたと考えるなら当然追手の存在を考慮するのが必要不可欠だ。

 要はなるべく素早く何とかしてさっさと逃げる。これに限るな。

 とりあえず見た感じ一番深刻そうな右腕をいち早く応急処置しないと。


「骨折ってるとなるととりあえず添え木とそれを結ぶ包帯替わりのものがいるな……待ってろ。

 手ごろな大きさの枝を探すから。お前は木にもたれて楽にしとけ。」


 近くの木に少女をもたれかけさせて、少女の位置からさほど離れないよう意識しつつ、枝を探す。

 が、一様にこれなら……というものが見つからない。どれも細すぎたり太すぎたり、微妙なものばかりだ。

 しかし、こういうものって何で探そうとすると見つからないものなのかなぁ?

 そんな枝を探す折、少女から声をかけられた。

 その声には先ほどのようなとげとげしい感触はいくばくかはなりを潜め、こちらを多少なりとも信用...とまではいかなくても、少し距離を縮めた印象を受ける、まあ、一歩程度といったところだが。


「あなた、本当に連邦軍ではないのね? 」


「だから、そういったじゃんか……俺が敵だったら助けることに何のメリットもないだろ? 」


「じゃあ、ここら辺に住んでる人? 」


「それもさっき言った、この世界について何もしらないって」


「何よそれ? 冗談ジョークならあまり褒められたセンスではないわね」


「冗談だったらってお前に会うまでに三回は思ったね」


 そりゃ信用するわけないよな。


「その黒い丈夫そうな箱は? いったい何なのよ? 」


「同じ四角いマトリョーシカが入ってるだけさ」


「マト……? まあいいわ、何も聞かなかったことにしとくわ」


 ようやく添え木になりそうな手ごろな枝を見つけた俺は、少女の腕に添え木を腕の両側からそっと挟み、制服の中に来ていたパーカーを脱ぎ、包帯替わりに結ぶ。


「少し痛むぞ」


 なるべく最小限の痛みとなるようにゆっくり、それでいて固定に十分な強度を持てるように丁寧に縛り付ける。


「……ありがとう」


「別に、お礼なんていい」


「……何で、見ず知らずの人間にここまで親切になれるのよ? 」


 一瞬手が止まりかけるも、すぐに元の作業に戻る。


「……人を助けるのに理由がなけりゃ助けちゃだめなんてことはないだろ」


 少女はきょとんとあっけにとられたような表情を浮かべると、腹を抑えて大笑いし始めたではないか。その笑顔は今までの警戒心むき出しだった兵士の表情とは打って変わって、年相応の少女らしい無邪気さを孕んでおり、思わず俺も顔を綻ばせる。


「あはははっ……あんた相当なお人好しね! こんな連邦軍の領土で敵を助けながらそんなこと言えるなんて、ただの馬鹿か、相当な大物のどっちかしかいないわよ! 」


「そもそも何も知らなかったって選択肢はないもんかな」


「またそれ? けど嘘ついているようにも見えないわね……ふふっ……面白いわ、いいわ、そういうことにしておいてあげるわよ」


 笑った時に見える八重歯が特徴的な悪戯っぽい笑顔を浮かべ、副交感神経の刺激によって出た涙を武器を持っていたはずの左腕で拭う。どうやら俺との対話に武器はもう必要ないようだ。


「信じているんだかいないんだか……ほれ、結べたぞ」


 少女の後ろ首に袖部分を通し、そのまま右腕を釣る形で支える。


「ああ、悪いわね」


 恐らく立つこともままならないだろうと判断した俺は、少女が持った武器ごと左腕を俺の後ろ首に回し、左手でアタッシュケースを持ち、右手を彼女の腰に手を回し、立ち上がらせる。


「ひゃっ! ……この体制は……」


「ここまで来て恥ずかしがるな……俺まで恥ずかしくなるだろ……」


 少女の話を聞くと、何やら予定では合流地点で回収班と合流、そのまま撤退という流れだったらしい。

 俺たちはそこに一縷の望みをかけ、またも、ひたすら山道を歩くのだった。


「あなた、名前は? 」


「ん? 来栖進司だ」


「クルスシンジ? ふーん、変わった名前ね」


「じゃあ今度はこっちが聞く番だ。あんたの名前は? 」


「……ヴァレンティーナよ、みんなからはティナって呼ばれてる」


「さっき言ってた、その……バル……何とかってのは一体? 随分と怖がってたようだけど」


「バルディア連邦共和国! 連邦っていったらクリティアス大陸じゃここしかないわよ。共和国なんて言ってるけど、実際は連邦議会による独裁政治が続いてる。セントラルシティあたりはかなり裕福な生活を送ってるみたいだけど、ずっと前に起きた「キャリバー革命」によって発生した大量の失業者を抱えきれないからって自国の国民に圧制を強いてるの。多くの人がそのおかげでできた数々のDポイントっていうスラム街でゴミダメみたいな生活を送ってる。そんなひどい奴らを倒そうって運動が各地で盛んになってね、そこでいの一番に立ち上がって先陣を切ったのが私たちブラックナイトってわけ」


「へえ……まさに正義のために立ち上がった騎士ナイトってわけだ」


「そんなんじゃないわよ、人材はいつも不足気味、やることといったら奇襲まがいのゲリラ戦ばかり、気取られたら一瞬で全滅なんて戦場と隣り合わせの毎日よ。私だって仲間を……生き残ったのは私一人、これで騎士なんていいお笑い種よ。私は仲間を救う盾にさえなれなかった。」


 彼女……ティナは俺の肩を強く握り、その、俺が知りえない誰かが彼女にとっていかに大きい存在であるかを必死で、なれど無言で、確かに叫んでいたのである。


「隊長は私に生きろと言ってくれた。でも、結局はガタがきて倒れたところをあなたに救われた。むしろ同じ正義の味方を語るならあんたのほうが適任よ」


 ここにきて大分弱気になっているようだ、うつむく少女の影は俺では取り除けないのか。


「まさか……ただ俺は目の前で人が苦しんでいるときに助けられないからって何もできない傍観者になるのが嫌なだけだ。別に正義の味方なんて大層なものになろうってわけじゃない。ただ人を助けたって結果が欲しいだけのただの自己満足さ」


「そんなの……」


 刹那、地面が爆ぜた。

 少女が叫ぶ。


「しまった! 待ち伏せッ! 」


「やっと姿を現したな! ネズミがァ! 」


 周りから六人ほどが何もないと思われたはずの茂みから示し合わせたように一気に姿を現す。

 その誰もが手に長い柄のついた銃のような杖を持っている。

 隊長風の男がドスの効いた低音で告げる。

 それはナイフのような鋭い切れ味で、この言葉が脅しのそれとは明らかに違うことを知らせている。


「周りを囲まれては何もできんだろう。今度は崖どころか障害物となる大木すらない。どうやら人質を手に入れたようだが、そんな手負いの体では無意味だったな」


「クソッ……! こんなとこで、あと少しなのにッ! 」


 ティナがぎり、と俺にも聞こえるような歯ぎしりを立て、諦めたようにうつむく。その体は確かに震えている。

 これで終わってしまうのか……そんなのッ!そんなの俺はッ……!


「これも仕事なんでな……恨むなよ」


 隊長風の男が警戒しながら近づいてティナをその大きな掌で奪い去ろうと手を伸ばす。

 また俺は失うのか?何も...何も守れない...







 そんなの!そんなの絶対認めない!認めてたまるかよ!!






 男の顔面を渾身の力をもってアタッシュケースを横薙ぎに叩きつける!!

 男は流血する鼻を押えながらよろよろと後退する。


「くっ……なぜ邪魔をする! 」


「決まってんだろ! どう考えても寄ってたかって女の子を襲う連中がマトモな連中には思えねえからだ! 」


「貴様正気か? 我らに逆らえばその命を無駄にすることになるんだぞ! その反乱分子を始末すればお前は傷付かずに済む! こっちだって無駄な民間人の被害は望んでないんだ! 貴様のやっていることはただの大馬鹿者の蛮勇だ! 」


 ティナも焦り気味に俺を止めようと説得にかかった。


「そうだ! 犠牲になるのは私だけでいい! 助けてもらった恩もある! 何も関係のないおまえまで巻き込まれることはない! 」


「へっ……悪いな! あいにく俺は、自分がせっかく助けたのに、自分の身が危なくなったらさっさと手放せるほど利口にはできてないんだよ! 大馬鹿だァ? 上等だ! だったらお前らはバカが一度決めたことを覆すことの難しさを知れ! 」


「シンジ...」


 男は苦虫を噛みしめた表情を浮かべると、苦し気に言葉を放つ!


「いいだろう! ならば! この民間人を敵対分子と認め、攻撃を開始する! 捕獲は不可能と判断! 目標もろとも焼き払え! 」


「私の家族が無為に殺されるのを無視は出来んな」


 跳躍、それは目の前の事象を表すにはあまりにも不十分な表現だった。

 声と同時に空を舞う人のカゲ、それは空中で身を捻り、一回転して俺たちの目の前に着地することにより、正体を表す。

 白銀の髪は腰まで伸び、長身に、筋肉質な体型。モデル体型なのは一目でわかる。

 だが、それ以上に彼女の身体の一部に強く惹き付けられたのだ。なぜなら右腕に人が生まれ持つことのない異物を生成、いや、接続させていたからなのである。

 女は身を屈ませ、自らの脚部エンジンに全体重をのせる。


「撃てぇ!!」


 兵士達が銃を彼女に向ける! その一瞬!

 女は自らに溜めた莫大なエネルギーの奔流を力任せに解放した!

 その弾丸のごとき飛翔から放たれたストレートは一兵士の顔を的確に捉え、そのまま撃ち抜く! そんな常人のレベルを超えた一撃に生身の身体が耐えられるわけは無く、兵士の頭部は粉々に吹き飛んだ!

 だが、当然、拳を放った側もただでは済まないだろう。

 ただし、それは、放った側も生身の拳であるならばの話。

 彼女の左手は鋼鉄の装甲を纏った灰色の義手だったのだ!


「フン……貴様らなどGアビリティを使うまでもない、仲間を呼ばれる前に形を付けてやろう。さあ、貴様らの死は確定した。最も私は不器用でな、悪いが死に方は選ばせてやることができんぞ」


 女は拳を振るう、そのたびに一人、また一人と兵士の体が宙に舞う。

 一言で表すなら、圧倒的なまでの暴力。

 ガンロッドで武装した兵士五人を相手取りながらも、なおも蹂躙を続ける彼女の動きは一見、何の考えも無しに振るわれているようにも見えるが、その実、とても洗練されている。

 一人一人を執拗なまでの攻撃で確実に叩き潰しつつ、背後からの殺気を鋭敏に感じ取り、不意の一撃とも取れる反撃を身を捻るだけであっさりと躱し、すぐさま次の標的へと襲いかかる。

 まるで彼女にはこの場にいる全ての人間の動きが読めているかのようだ。

 それはある種の心引き付けられる様な重力を持っているように感じる。

 だが、吐き気を催す程の無慈悲な暴力の嵐は、さながら、

 獲物の血に飢えた狼のそれだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る