神なる人と理想郷

N.F.E.R

アトランティス編:正義の意味は

epiosode01 :分かたれた/友情

 

 突然だが、皆さんは神様の存在を信じているだろうか?

 と、聞くと、まあ、多種多様な答えが返ってくるのであろう。

それぞれの信ずる神の名を上げる者もいれば、あるいは目標とする人物の名をあげる者もいるだろう。

もしくは、神様なんていないと答える人間も相当数いるだろうとは安易に予想できる。

 人の信ずるものは人それぞれである。各々に答えがあることは素晴らしい事だと私は思う。

 だが、一体だれが神様を目撃したというのだろうか?

 目撃したという人物は恐らく誰もいないであろう。

 其れならばなぜ、人は神様などという曖昧なものを信じているのであろうか?昔から語り継がれた神とはいったい何者だったのであろうか?


 これは、ありえたかもしれない《可能性》の話である。






 ……んじ…… 進司しんじ! ……おい進司!


「……んんっ……っハア! おはよ、ヒロ。」


 屋上で授業をさぼって、睡眠という重要ミッションを達成させた俺の目の前に現れたのは呆れ顔で起こしに来た孤児院時代からの友人、 東雲弘人しののめひろとの姿だった。


「なーにがおはよだって、全く、担任またヒステリック起こしてたよ。いちいち小言に付き合わされる僕の身にもなってくれよ」


 俺はまだ目が覚めたばかりの体にまとわりつく倦怠感を感じながら、伸びをしつつ上半身を上げ、まだ眠い目蓋を擦りながら隣に立つ友人にもはやお決まりとなった質問をぶつける。


「で、今日は連続何時間よ?」


 ヒロは頭をかきながら、吐き出すようにため息をつき、告げる。


「……新記録、六時間だよ」


「なるほど、道理で朝に学校に来たと思ったら、目が覚めたら夕日がコンニチワしてるってわけだ」


「おかげで今は放課後さ、ちゃんといつもベッドで寝ろって言ってるだろ」


 ヒロが半ば諦めたような表情をしながら座り込む俺に手を差し伸べる。俺はしっかりとその手を握り、勢いをつけ、立ち上がった。


「もう、遅い。帰ろうぜ」


 俺は枕にしていたカバンを持ち、ヒロとそれぞれの帰路に向かうため、校門に向かう。

 夕暮れ時の終りが近づき、茜色と藍色に分かたれた空が夜の訪れを告げている。

 途中、テニスコートの近くを通り過ぎた時、女子二人がこちらに向かって手を振った。

 部活中だろうか?

 好意を向けられている相手はというと、ヒロである。当の本人は爽やかフェイスで振りかえす。

 これでもヒロは学年で一二を競うほどのモテ具合で、バレンタインなど、下駄箱にチョコが入りすぎて靴が入らないを地で行くような人間なのだ。とにかくモテるのである。

 つやのある黒髪のショートカットに、清潔感があり目鼻立ちのはっきりした顔。

 しかも、恐ろしい事にこいつは勉強が出来る。とても。

 知らなかった事柄でも一日で完全に理解して応用を聞かせることが出来る男なのだ。

 そんなヒロに男子が付けたあだ名が《レディキラー弘人》である。

 最も、致命的なまでの朴念仁っぷりで、惚れた晴れたなんて話は聞いたことがないが。

 そんな二流お笑い芸能人みたいなあだ名をつけられているとはつゆ知らず、今日も女の波にもまれるヒロなのであった。うらやま、うらやま。

 それから、通学路をたどり、俺たちはそれぞれ、ヒロはマンションへ、俺は引き取られた家族の家に向かう。

 幸い、どちらも同じ方向にあるため、話しながら行き返りを共にすることが出来る。


「しっかし、ほんとに弘人はもてるよなー」


「えっ、僕が?」


「自覚なしかよ……あいっ変わらずの朴念仁だな」


 俺はがっくりとうなだれる。

 やっぱりそうだろうとは思ったが、あれだけ見せつけられた後だと流石に沈む。

 ヒロは苦笑を浮かべ、応える。


「僕はただ多くの人と仲良くありたいだけだよ、誰だって悪意を自分から向けられたいって思う人間はなかなかいるもんじゃないからね、というか、進司も素行の悪さとその赤髪を直せばいいとこ行くと思うんだけどなぁ」


 俺はおどけたように両手を広げて言ってみせる。


「はぁ? 俺のどこが悪いってのさ? 」


「クセッ気の強い髪にヨレてしかもボタンはめてないブレザー、中のパーカーとシャツに至ってはネクタイしてないし! それじゃどこからどう見たって不良まっしぐらだよ! まったく、来栖さんたち泣くぞ」


 来栖さんとは俺の引き取り先の家族の名字だ。そして、つい俺も売り言葉に買い言葉で言ってしまう。


「この髪は地毛だし! 来栖さんたちは関係ないし! それにいいだろ、俺が何着たって! 」


「いーや、良くないね、近いうちに更生させないと、また北高の 赤狼レッドヴォルフなんていわれるんだぞ、僕だって進司が悪口言われてる所なんて見たくないし!」


 しばらくにらみ合いが続くが、どちらともなく吹き出してしまう。


「ぶっ……はははっ……更生はないだろ更生は、せめて改善って言ってくれよな」


「ははっ……ごめんごめん、でも改善しろって言って直す気毛頭ないくせに」


 しばらくは他愛のない会話が続いたが、俺の誕生日の話題に差し掛かった時に雰囲気が一変する。


「そろそろだな……進司の誕生日」


「……ああ、そうだな」


「……花、用意しなきゃな」


「……ああ」


 俺は自分の誕生日を楽しい話題として話したことは一度もない。

 その日は俺の誕生日であると同時に、実の母親の命日でもあるからだ。

 沈黙……また他愛の無い会話にも戻そうと考えて何か口にしようとするも、話題が浮かんでは消え、結局、喉にためていた言葉たちを押し込む結果になってしまう。

 辺りに弘人の革靴が発生させる無機質な靴音と右側の公道を車が走り去る音が響く。

 居心地の悪さを感じた俺は周りを見渡し、何か面白いものは無いものかと探す。


『こっちへ……』


 何者かに囁かれたような感覚を感じ、後ろを振り返る。

 だが、誰もいない……どういう事だ?

 俺が立ち止まっている事に気づいたヒロが振り向き不思議そうに問う


「どうした? 進司? 」


 何でもないと言いかけるも、もう1度先ほどの感覚に襲われる


『こっちへ……』


 誰だ? 俺を呼んでるのは?

 俺の体は弾かれるような衝動にかられ、導かれるように第六感に任せ走り出す。

 それを見たヒロが戸惑いながらも追いかけてくる。


「ちょっ……進司!? ……どうしたんだ? 」


 俺の感覚は近くにあった建設中のビルの前で途絶える。どうやらここに何かがあるようだ。

 俺はビルを見上げ、衝動の原因を探り始める。

 ビルの灰色のカバーの中に辛うじて何かが動いている姿が見えた。


「何が……」


 その刹那、ビルが糸の切れたマリオネットの如く崩壊を始めたのである。


「進司!! 」


 急いで走り込んできたヒロにブレザーの後ろ襟を捕まれ、そのまま力任せに後ろに引かれ、ビルから少しでも離そうと放り投げられる。


「ヒロ!! 」


 しばらくして崩壊が止み、辺りにコンクリートの塵が漂う。


「ケホッ……ケホッ……ヒロ? 」


 俺は真っ先にヒロを探す。だが、塵のせいでよく前が見えない。

 手探りでヒロを探すも、なかなか見つからない。

やっとの思いで横たわっているヒロを見つけるも、その横腹には深々とコンクリートからむき出しの針金が刺さっていた。


「ヒロ……おい大丈夫かよ! 」


 俺のせいだ、俺がこんな所に来たからッ!

 口角に血が流れている口で苦しげに話す。


「に……げろ……」


 崩壊したビル跡には1人の人影が見えた。ゆっくりとこちらに近寄ってくる。


「そんな……ビルの崩壊に巻き込まれても生きてるなんて」


 俺は驚きを隠せなかった。黒いコートに仮面を被った人物が血の滲む腹部を抑えて俺の目の前で止まる。

1度ヒロの方を一瞥した後、俺に視線を戻し独白する。


「予定通りか……尚更アイツにキーを渡すわけにはいかないな」


 声からして男と想像できるそいつは俺に左手に持っていたアタッシュケースを渡す。


「奴が戻ってくる前にこいつを渡しておきたい」


 黒いアタッシュケースには真ん中のメタルプレートに黒文字でⅦと彫られている。


「いいか、こいつは力そのものだ。使い方を誤れば世界だって滅ぼせる。だかもし……正しく使えたならば……」


 訳が分からなかった。急に現れた人物にいきなりスーツケースを渡されて、どうしろと言うのだ。それよりもヒロだ、早く病院に……


「お前は……」


 誰だと言いかけたところで空気が爆裂したかのような轟音に、思わず片耳を塞ぐ。

ゆっくりと目を開くと、そこには塵でよく見えないが、そこにはいなかったはずの誰かが立っていた。

 その誰かはおどけたように喋る。


「ダァーメじゃないですかー逃げちゃあ、こっちも大事にしたくないんだからさぁ、」


 黒いコートの男は舌打ちをし、俺の後ろに歯車のような何かを発動させる。


「早くそのゲートの中に入れ!! 」


「何言ってんだよ!! ヒロを見捨ててみすみす逃げられるかよ!! 」

 さっきの女がコートの男に飛び掛かり手にしたサバイバルナイフで袈娑に切りかかった!

男は女のサバイバルナイフをどこからか取り出した片刃の太刀で受けながら、がら空きの腹に蹴りを入れ、距離を離す。

 そのまま俺の前襟を掴み、ゲートに投げ入れた。


「ヒロー!!! 」


 俺の叫びは虚しく夜空に響いた。




 夢を見ているようだった。それも、よりによって最高に目覚めが悪いであろうあの日の夢を。


 俺は生まれてこの方実の父親というものを見たことがない。

 というのも、六歳ごろまで実の母親が一人で育ててくれていたため、父親の存在自体知る機会がなかったのである。

 母親は俺の養育費を稼ぐためにずいぶんと苦労をしている様子だった。

 昼はパートで働き、夜はホステスをして金を稼ぐ毎日。

 酔って帰ってくることも少なくなく、酔いに耐えきれず、洗面所で嘔吐する母を見るたびに無力感に苛まれ、顔も知らない父親を恨んでは無性に悲しくなり涙する毎日だった。

 それでも母は俺をパートの休憩時間を縫って保育園から家まで送り迎えしてくれた。

 俺は唯一母と話せるこの時間だけが幸せだった。

 母は疲れなんて微塵も見せることがなく、俺の話に付き合ってくれていた。

 だが、そんな生活を続けていれば当然体が持つわけもなく、五歳の時に母がパート先で突然倒れ、そのまま病院に救急搬送された。

 相当ひどい状態だったらしく、一命は何とか取り留めたものの、そのまま病院生活を余儀なくされた。

 それから俺は毎日母の病室を訪れた。当然悲しみも大きかったが、子ども心ながらに今まで母と話せなかった時間を取り戻せると思ったのであろう。

 俺は病床の母に、たくさんの事を話した。

 保育園の先生の事、友達の事、今日の給食の事、思いつく限りの話題は全部。

 母はそんな一方的な俺の話をうなずきながら、すごいね、良かったねとしっかり聞いてくれていた。

 頭だってたくさん撫でてくれた。

 しかし、そんな幸せな時間が長く続くことは無かった。

 母の状態が悪化したのである。

 弱った母はたくさんの管と一緒に真っ白いベッドで横たわっていた。

 そんな姿を見るたびに、俺は俺を取り巻く現状のすべてを呪った。

 母の命の灯が消えそうなときに父親がいないこと、母親が苦しんでいても自分には何もできないこと、日に日に弱っていく母から目を背けたくなる自分自身。

 何もかもが嫌だった。不安だった。

 母が死んでしまったらどうしよう、俺はこれから何に縋ればいいんだろう? そんなことばかり考えている日々だった。

 そして、忘れもしない俺の六歳の誕生日の日。

 その日は特に母の体調が悪かった日だった。にもかかわらず、母が俺とどうしても面会がしたいと聞かないらしく、病院に来てほしいと担当医の先生から連絡があった。

 不安に突き動かされた俺はボロアパートから母の病室まで走った。休みなく走った。

 子どもながらに感じていた。もう二度と逢えないという予感を。

 病室に駆け込んだ母はもはや虫の息であった。体は痩せ細り、顔もやつれきった表情をうかべ、あいかわらずの母につながった管は、さしずめ、母の命を繋ぎとめている鎖のように見えた。

 病室の無機質な扉を力任せに開け放ち、真っ先に母に駆け寄った。跪き、俺の頭を優しくなでてくれていたはずの弱り切った右手を両手で祈るように強く握る。

 涙と鼻水と嗚咽が止まらない顔で俺は母に呼びかける。

 母さん、母さん、と。

 母は俺の方に顔を向け、口元の人工呼吸器を持ち、震える左手でゆっくりとそれを外すと、しわがれてしまった声で話しかける。


「進司、最後にどうしても話しておきたかった事があったから……ごめんね、無理に呼んじゃって……」


 何だよその言い方、まるでこれが最後みたいにいうなよぉ。


「進司、お父さんの事なんだけどね……どうか……恨まないであげて……あの人はあの人のやらなければいけないことの為に……必死になって居るだけなのよ……だから」


 もう限界が近いのか、母はそこまで言って大きく咳き込む。口元を覆った母の左手には真っ赤な血がべっとりとへばりついていた。

 死神の足音が聞こえてくるような感覚に囚われ、さらに不安を煽られた俺は母の今にも消えそうな手を更に強く握りしめ、願った。

 どうか……どうかお願いだからまだ、まだ神様がいるのならこの哀れな僕の母をお救い下さい!

 母は、自らの首に掛かったぺンダントを外し、俺にゆっくりと手渡す。

 俺は知っている、このペンダントは母がいつも大事そうに身につけていた宝物と言っても過言ではない代物であることを。

 銀色の鎖でつながれた手の平に抑まるほどの大きさをした六角柱状のそれは、海のように青く、悲しいほどに病室の光を受け、淡く輝いていた。


「これはあなたのお父さんが唯一私に遺していったもの……もし、あなたが本当に迷った時に、必ずあなたを導いてくれるはず……絶対に手放しちゃダメよ……」


 母の目がだんだんと生気を失い始める。ついに死神の手が母の命を奪おうとつかみかかったのだ。

 やだ……やだ……母さん!!

 母の心音を測るモニターが突如として狂ったが如く激しく揺れ動く。

 母の目からそっと涙が零れ落ちる。その顔は優しい微笑みで、別れを告げた。


「生まれてきてくれてありがとう……そして……ごめんね……」


 それから病院での記憶は途絶えている。

 母が亡くなって身寄りのなくなった俺は東雲孤児院へと引き取られることとなる。




「……んっ……」


 頬にあたる雨の感触を感じ、目蓋を開く。


「あはは……やっぱ泣いてるよ」


 上半身を起こし、右袖で目に溜まった涙を拭い、眼前に広がる景色を目の当たりにする。

 溢れんばかりの森林、遠くには大きな山岳地帯が望める。

 おまけに空には大翼を広げて悠々と空を飛ぶドラゴンらしき生物。

 雲が厚く、空の様子は確認できなかったが、それでも、その光景には見覚えがなく、というか、ドラゴンなんてゲームの中だけの存在だろ? なんでいんの? つかここどこ? あーもー!!


「なんじゃこりゃああああああああ!!」

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