第4話

須川与一。

すがわ よいち。

そうだ思い出したあいつは須川与一だ。

あの階段を上がって行ったということは吹奏楽部に入ったのだろうか。

見た目だけでは華やかな吹奏楽部とは程遠いが。

目は前髪で隠れていて見えない、鼻は丸くて小さく口元は鉄の扉のように

いつも固く閉ざされている。

入学当初から暗いやつだと思っていた。今もその印象は変わらない。

いつも教室の隅で読書をしていて。誰かと話しているところを見たことがない。

俺がたまたま見たことないだけかもしれないが。まぁ実際誰とも喋っていないのだろうな・・。

それにしても以外だ、吹奏楽部だったなんて。


「慎也・・・?さっきから何考え事してるんだ?」

俺は気がつくと体育館の入り口先に居た。

いやここに来た時点の記憶はあるが、それまでの記憶が薄い。

ずっと”あいつ”のことを考えていた。


——なぜ?

なぜそんなに須川のことが気になるのか・・

考えても答えは出てこなかった。

「あ、あぁ悪いぼーっとしてた・・」

「慎也も馬場先生の睡魔術にやられたのか?」

「またその話かよ・・別に今は眠たくねーよ」

「ふーん、じゃあ中に入ろうぜ!」

「そうだな、さっきからボールをつく音が聞こえるな」

昨日は気合の入った女子バレー部たちの声が聞こえていたが、今日は迫力が違った。


中に入ると男子バスケットボール部と卓球部がそれぞれ練習していた。

「おおーやっぱ結構人数多いなバスケ部」

たしかに、ただでさえ狭い体育館なのにさらに狭く感じた。

「そうだな、30はいるかな」

「26人だよ」

香山は即答した。

「今年入部する1年生を合わせて34人だってさ」

「さすが香山だな、勉学以外の知識は無駄にあるんだな」

「お、俺はやる時はやるんだからな!」

その、やる時はいつになったら来るのだろうか。俺は心の中でそう思ったが口にはしなかった。香山が熱心にバスケ部の練習を見ていたからだ。

「すげーな木山高校バスケ部!迫力があるぜ!」

大人数の男子が一斉になって掛け声を繰り返している。たしかに迫力があるな。

「野球部やラグビー部のすごさに隠れているが、木山高校のバスケ部も強いんだよな」「そうなのか?」俺は知らなかった・・

「は?お前それでもバスケやってたのかよー」

「やってたが知らん、俺は元々ここら辺の住人じゃなかったからな」

香山は「やれやれ」といった表情をした。なんだが香山に負けたような気分だ・・・


しばらくバスケ部を見学して外にでると香山はこう言った。

「やっぱり俺、帰宅部だわ」

「そうか、あんなに熱心になって見ていたからてっきり心変わりしたのかと思ったよ」

「俺は帰宅部でいいんだ〜慎也はどう?」

「俺も同じだ、もう部活に入る気はない」

すっかり香山に染められている。

「あっそういえば涼太はラグビー部に入るんだってよ、裏切りやがって」

「涼太?」俺は聞き返した。

「あれ?知らない?たまに俺と一緒に話しているやついるだろ?」

「そんなの何人もいるだろ・・」

香山は「んー・・」と5秒ほど考えてこう言った。

「あっほら、あのでかいやつさ」

俺はそれだけのワードで納得した。

「あぁいるな・・あれがその涼太か」

「そうだよ、岡辺涼太。あいつとは中学から一緒なんだ」

「そうだったのか」

続いて、「知らなかった」と言おうとしたがやめた。

それを言ってしまえば香山は「慎也ってなにも知らないな」とか言って馬鹿にしてくるだろうからな、そうなれば面倒臭い。

「慎也も涼太と喋ってみたらどうだ?あいつ見た目はでかくてイカツイけど、中身はまじ面白いやつなんだぜ」と香山は涼太との色んな面白エピソードを思い出したのか変に笑いながらそう言った。

「そうだなー今度何かの機会があったら絡んでみるよ」

俺は友達作りに積極的ではないが友達がいらないというわけではない。

実際のところ、その涼太ってやつとも話してみたいものだ。

香山と共通の友人がいないため、香山といる時はいつも二人きりだし。

「おう、まずあったら飛び蹴りでもしてやれ!」

「さすがにそんなことできねーよばか」

そんな会話をしていた時、ふと思ったことがある。

「なあ香山」

「ん?なんだ」

「お前、須川与一と喋ったことあるか?」

そう、あの須川だ。

「須川与一?んー、あぁそういえばいたなー喋ったことはないよ」

「そうか・・」

「あいつの声聞いたことねーぞ俺、いつも本読んでるじゃん」

誰にでも話をかけにいく香山でも喋ったことないのか。

「んで、なんでそんなこと聞くんだ?仲いいのか須川と」

「まさか、俺も喋ったことないし」

「なんだよ喋ったことないのかよ」

「ああ、なんだか気になるんだよな」

「えっ・・慎也・・まさかのそういう趣味・・?」

冗談で言ったのだろう。俺は真っ向から否定した。

「ちがう、高校で初めて会った気がしないんだよ」

「は?なにそれ?じゃあどこかで会ってるんじゃねーの」

いや、そんなはずはない。全く身に覚えがないし。

「そうかもな・・・」

あたりが暗くなっているのに気づき帰ることにした。

「残念だけど今日は寄り道できねー金欠だ」香山は言った。

「別にどこにも寄るつもりはなかったから大丈夫だ」

「おうそうか!じゃあまた明日な!!」

1日の疲れを一つも感じさせない元気な声で別れを告げ去っていった。

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