巴御前と義経

@doukan

半尺の苗木

 目の前が暗かった。巴御前は周りを見回しながら歩いてる。

 何も見えないが巴御前は怖さを感じなかった。

 やがて小さい光が見えてくる。それに向けて歩みを進める。

 光はそれに応じて段々と大きくなり巴御前を包み込む。

 光の中に色が染みてきた。

 上には青い空。周りには緑の木々。そこが故郷である信濃の木曽だと分かった。

 男女の二人の子供のしゃがんでいる背中を見える。

 巴御前はこの二人の名前を知っている。

 子供の名は源義仲と自分だと。

 二人は屈み込んで何かを植えている。 

 

 小さい苗木


 小さな二人の会話が聞こえた。巴御前はその会話を思い出す。


「駒王丸様(源義仲の幼名)、これでよろしいですか?」

「うん。そうだな。このぐらいでいいだろう」

 

 二人は手で苗木の根を埋めたところの土をパンパンと叩いて平らにする。

 

「俺の屋敷の裏山だ。ここなら安全に育つだろう」

 

 子供の義仲が立ち上がる。


「そうですね」


 子供の巴も立ち上がる。

 山の中で二人は駆けて遊んでいた。その中で偶然に見つけた。


「しかし、巴の馬鹿力でよくちぎれなかったな。この苗木は」

「馬鹿力?」

「そう馬鹿力」


 義仲の言葉に巴は渋い顔をした。巴は女の子だがほかの男の子よりに力があった。


「私の馬鹿力で」


 青々とした木々の下で枯れそうに生えていていたのを巴は可哀想と言いながら強引に引っ張り抜いた。


「しかし、この苗木はどの位なんだ」


 義仲はマジマジと苗木を見る。


「半尺(15センチ)位ですね」

「そんなモノか」 

「はい。私達みたいに小さいです」

「小さい......」


 義仲は半尺の苗木を見ながら考える顔をする。


「なあ、巴。それは子供だから小さいのか?」

「はい」

 

 巴は義仲を見る。


「なら時間が経てば大きくなるな」

「はぁ」


 義仲は口をへの字にして黙る。巴も黙り込む。


「よし、決めた。巴。お前は武士もののふとなり俺の配下となれ」

「はい?」

「俺は大きくなったら京へ上り天下を取る。お前の馬鹿力を俺の為に使え」

「配下ですか?」


 義仲は半尺の苗木を指さす。


「この半尺の苗木に誓う。俺は巴と一緒に京に上り天下を取ると」

「天下?武士?」


 天下。武士。巴にはイマイチ分からなかったが義仲と同じになれるならいいと思った。

 


「私も決めてました」

「何を決めた?」

「私は駒王丸様のお嫁さんになります」

「は?」


 巴も半尺の苗木に指を指す。義仲は巴の言葉に顏を赤くする。


「待て待て」

「私もこの半尺の苗木に誓います。駒王丸様のお嫁さんとしてこの馬鹿力を使います」

「巴!!」

「配下は嫌です。私はお嫁さんになりたいのです。私は駒王丸様が好きです」


 巴は大きな声で言う。


「馬鹿。小さい声で言え」

「私は馬鹿です。だから大きな声で言います」


 巴は好きを大きな声で言い続ける。


「分かった。嫁にする」

「本当ですか」

「この半尺の苗木に誓う。俺は巴を嫁にして一緒に京に上り天下を取る」

「駒王丸様!!」


 巴は義仲に抱き付く。


「馬鹿。抱き付くな。力を入れるなー。苦しいー」


 小さい二人を巴御前は懐かしそうに見ていた。


 半尺の苗木。それに二人はそれぞれの誓いを立てた。


 義仲は巴と京に連れて行き天下を取ると

 巴は義仲の為に武士となり嫁となる事と


 まだ世間を知らなかった二人にとっての穢れない誓いだった。

 


 色が消える。また暗くなる。巴御前はゆっくりと歩く。また光が見え巴御前を包み込む。


 同じ場所だった。しかし苗木が少し大きくなりそれなりの葉を生やしている。

 その苗木の前の二人の男女がいた。

 大きくなった自分と義仲であった。


「仕方ないだろ。巴」

「ええ。分かってます」


 大きくなった義仲は困った顔した。同じく大きくなった巴は機嫌悪そうな顔になっていた。


「その顔は分かってない」

「いいえ。分かってます。義仲様の今回のご成婚は木曽の為であり将来的に天下を取る為の第一歩」

 

 義仲は元服してから駒王丸から正式に源義仲と名を改めた。

 それと同時に木曽の豪族との婚姻が進められていた。


「分かってない。お前の親父殿が、『巴が山中で弓で狩ったイノシシの首を見せながら俺にイノシシ鍋を食わしてくる。何とか落ち着かせてくれ』と、泣きついてきたぞ」


 義仲は苦笑する。巴はプイとする。

 腹いせだった。義仲の婚姻は父が進めていた。自分の娘が義仲の事が好きという事を知っていながらほかの女に婚姻を進めることに。


「しかし、親父殿の立場もあるし、俺にも立場がある」

「分かってます」


 義仲は源氏の一門である。戦乱で義仲の父は戦死してまだ小さかった義仲本人はこの木曽まで落ちのびて巴の父に匿われいた。

 その後も戦乱は続き武士の名門の平家と源氏が争いを始め平家が勝ち源氏は没落した。

 今は平家の天下である。しかしその天下にも徐々にボロができている。

 今回の婚姻は義仲が木曽で足場を固めのもの。


「分かってない」

「分かってます。立場というものが」


 小さい頃はただ義仲の後ろを追いかければよいと思っていた。しかし大きくなるつれ背中に


 源氏・平家・木曽の未来・天下


 色んな物が見える。それらが巴と義仲の間を裂けるようにいる。力づくではとれない。


「あー。巴!!こっちを向け」

「え?」

 

 巴は義仲のほうを振り向く。一瞬、暗く感じた。唇に何かが触れた。巴の体は固まる。


「ええい。俺は口下手だから多くは言わんがあの半尺の苗木の誓いは忘れてないぞ。多少は変更するが俺の愛してるのは巴だけだ」


「......」

「巴?」


 義仲は巴をじーと見る。巴は固まったままだった。


「こいつ。気絶してるのか」 

 

 義仲は再び苦笑する。巴はハッと我に返りキョロキョロと周りを見渡す。


「私は何を......」

「気絶してたぞ。俺の接吻で」


 接吻。巴は顔を赤くさせる。


「義仲様。はしたないです」

「何を言う。ロクに料理や家事もできずに男に混じって鹿やイノシシを弓で狩るお前の方がはしたないのぞ」

「私は、はしたないのですか?」

「ああ。はしたない。それを含めて俺はそんなお前を愛してる」


 義仲は巴を抱き寄せ、巴の顔を寄せる。巴は目を閉じる。

 お互いの唇が触れ合う。今度は長くゆっくりと。

 巴の中でも半尺の苗木の誓いは変わった。

 

 義仲の為にもっと強い武士になると。


 嫁になる事はできないが自分を愛してくれる。

 義仲の背中には色んな物があり邪魔している。しかしそんなモノは巴と義仲には関係ない。

 ただ義仲の背中を追いかければいいと。

 

 

 風景が変わる。

 同じ場所。木もさらに大きくなっている。あいからず二人がいる。青年になった義仲と巴である。

 義仲は赤ん坊を抱いていた。


「かわいい子ですね」

「そうだ。かわいいだろ」


 巴は義仲が抱いている赤ん坊を見ている。


「俺の初めての子だ」

「はぁ」


 義仲の子を見て巴は曖昧に答えた。義仲の子が産まれて嬉しいがやはり複雑な感情も出てくる。


「ところで私にこのお子をなぜ?」

「うん。それだがな」


 義仲は顔を落として抱いてる赤ん坊を見る。

 赤ん坊は急に泣き顔になり大きな声を出して泣き始めた。


「なぜだ。なぜ俺が見ただけでお前は泣くんだ」


 義仲は必死にあやしたが、一向に泣き止む気配はない。


「義仲様。貸してください」

「ああ」


 巴は義仲から赤ん坊を貰うと、


「おーよしよし」


 巴があやしはじめると泣き止み、笑い始める。


「なぜ、俺の時は泣く?」

「たぶん。お顔が怖いと思いますわ」

「そうか。顔が怖いのか」


 義仲は納得して、赤ん坊をあやしてる巴を見て、


「お前に任せるか。その子を」

「え?」

「巴。その子の育ての親になってくれないか?」

「育ての親ですか?」


 巴は赤ん坊を抱きながらキョトンとした。

 義仲に嫁いだ妻は赤ん坊を出産してから体調を崩して、この赤ん坊を育てる状態でない。


 巴は抱いてる赤ん坊を見る。赤ん坊は巴を見て笑ってる。

 自分が義仲の子を育てる。


「子は嫌いか?」


 義仲は巴を気を遣うように言う。巴は義仲の顔を見る。

 心配してる顔になっていた。その顔を見て巴はブンブンと顔を振る。


「いえ。そんなことはありません。大好きです」

「そうか」


 義仲はニコリと笑う。


「でもどうして私などに」

「ああ。この子は俺の跡継ぎとなる子だ。強き跡継ぎに育てるのにはお前に任せるのが一番と思ってな」


 義仲は言いながら木を見る。


「この木も大きくなったな」

「はい」


 巴も見る。

 義仲と巴が植えた木は他の木から見ればまだ心細いが二人の背を超えている。


「俺はな。この子にさらにデカくなったこの木を見せてやりたい」

「この子にですか」

「そうだ。京に上り、天下を取り。この子に『俺が天下が取れたのはこの木のお蔭だと』」

「この木にですか」

「そうだ。お前と三人でだ」


 巴の肩に義仲の腕が周る。


「私と三人で」


 巴は空を見る。青い空。想像する。そこにこの木の葉の色が増える事を。

 

「そうですね。大きな木を見せる為に私はこの子を強い子に育てます」

「そうだ。頼む」

 

 義仲は巴の肩をタンと叩く。


「そうですね。まずはこの子にイノシシの狩りの仕方を」


 巴は顔を降ろして言う。降ろした先には赤ん坊が笑ってる顔がある。


「赤ん坊にそれを教えてどうする?」

「なら、度胸をつけさせるために私と一緒に馬に乗り......」


 巴は義仲の話を聞かずに勝手に話を続ける。


「うーん。巴では心配だな」


 義仲は巴を見ながら言う。

 半尺の苗木の誓いに新しい誓いが増えた。


 大きくなった子と義仲様と三人でこの木を見ると


 母親になった。義仲の子。戸惑いながらも育てた。薙刀の使い方・馬の乗り方・弓の射ち方・武士と何かを。自分に出来る事はこの子にすべて注ぎ込んだ。血の繋がらない子だが巴なりに愛情を注いだ。


 

 次の光景が現れる。

 大きくなり立派な木になっていた。その前では甲冑を着た二人がいる。


「京に上る」

「はい」


 義仲が真剣に言う。巴も真剣に答える。

 平家の天下に限り見えてきた。平家打倒の機運が高まり京で皇族の一人が平家打倒の為に全国に檄を飛ばし挙兵した。

 その檄で義仲も挙兵する。


「これであの誓いの一歩」

「はい」

「......巴。俺を恨んでるか?」

「え?」


 義仲の言葉に巴は不思議そうな顔する。


「恨んでるといいますと」 

「義高の事でだ」

「義高」


 義高。巴が育てた子の名である。 


「俺は義高から関東にいる頼朝殿の娘と縁組させ鎌倉に行かせた」


 挙兵は義仲以外にも関東に拠点を持つ、同じ源氏をの一門である源頼朝も挙兵している。

 同じく平家打倒の挙兵だが義仲と頼朝は政治的対立を起こしていた。


「俺は義高をお前から取り上げて政事の道具に使ってしまった」


 政治的対立は義仲が退く形で義高を鎌倉に行かせた。それは頼朝に人質をとして送ったに等しかった。


「義仲様。私はそれほど弱い女ではありません。これでも武士の端くれと自負してます」


 はっきりとした口調で答えた。


「義高も子供とはいえ武士の子。もしものことがあっても覚悟は出来てると思います」

「そうか。すまない。巴」

 

 義仲は頭を下げる。


「何を頭を下げる事がありましょうか?天下を目指す大将が!!」


 巴は手に拳を作り木の幹を叩く。


「あの半尺の苗木の誓いの為に義仲様は進むのです。私は後ろを守ります」

「そうだな。つまらぬ事をした。許せ」


 義仲は頭を上げる。巴はニコリと笑い、


「はい。では行きましょう。京へ」

「ああ」

「そして天下を取り、大軍を率いて関東に行き、頼朝の首を取り、義高を迎えに行きましょう」

「そうだな」


 義仲は手に拳を作り、


「三人でこの木を見るために」

「はい」


 二人で同時に木の幹に拳をぶつける。木は少しだけ揺れた。


泣いていた。誰も居ない所で。我が子の様に育てた義高が政治的な道具の為に取り上げられたことを。

 弱い女。しかしそれを義仲の前には見せてはいけない。


 進む。


 今はそれしかなかった。



「やーやー。我こそは巴!! 敵の御大将よ。私と一戦を申し込む」


 罵声と血が飛び交う戦場で馬上で薙刀を振るい敵兵を薙ぎ倒しながら大声で叫ぶ。

 その大声に反応して馬に乗っている敵の男が巴を見る。

 男は名を叫び薙刀を構える。巴も構える。

 敵の馬が動く。巴も馬の横腹を蹴り馬を走らせる。

 馬が交差する。互いの薙刀が動く。そのまま駆け抜ける。

 巴はニヤリとする。敵の頭はなく、首から血飛沫が噴いていた。


「お前らの大将はこの巴が討ち取った。我が大将である源義仲に降れ。さもないと我が薙刀がお前達の首を刎ねるぞ!!」


 巴の罵声に味方から歓喜の声。敵からは嘆きの声が戦場に響く。


 勝つ


 義仲様の為に 義高の為に 半尺の苗木の誓い為に


 平家の大軍を蹴散らした。

 京から平家を追い出した。

 そして義仲と京に入った。

 すべては順調だった。

 もう少しで半尺の苗木の誓いが叶う。



 巴御前の周りが暗くなる。巴御前はゆっくりと座る。そこには誰も居ない。義仲も義高も父も一緒に京に入った兄達も。

 一人。怖くなる。この暗闇が怖い。


「そうか」


 男の声が聞こえた。暗闇が徐々に無くなり光が広がる。


「巴殿」


 声がまた聞こえる。その声は聴き覚えがる。


 源義経


 光はさっきみたく色がつく。目の先に青年がいる。


「半尺の苗木の誓いか。面白いな」


 青年は木椀を手にしていた。


「いえ。つまらない昔話です」

 

 巴御前は言った。青年は木椀を口にする。


「なかなか。よい話だと俺は思うが」

「ありがとうございます。義経殿」


 巴御前は頭を下げる。


 陣中の幕に囲まれた場所で巴御前と青年・義経は床机に座って向かい合っている。その間には卓があり、卓の上には酒の入った小さな樽と木碗がある。

 巴御前と義経は共に甲冑を脱いでいた。

 巴御前はさっきまで義経に自分の昔話を聞かせていた。いつの間にか熱が入り目を閉じていた。


「しかし、巴殿が一騎打ちを俺に挑んだ時は驚いたが、今では酒を飲みながらいい話を聞ける」

「すいません」

「なに。謝る事ないよ」

 

 義経は笑う。


「しかし巴殿は凄いな。薙刀の腕と組打ちの腕。俺も使わざる負えなかった」


 義経は卓に木椀を置き懐から小さい刃物を取り出し、巴御前に見せた。

 長さは半尺の短刀である。


「短刀ですか?それで、私の右腕の刺したのですね」

 

 巴御前は自分の右腕を見た。右腕は袖が破られて白い布が巻かれてあった。白い布は血に染まっている。

 痛みがあるが耐えられる痛さである。


「しかしその武器は武士としては使う武器ではありません」


 巴御前は酒の入った木碗を左手で取り口につけた。


 嫌い味だ。京風の味の酒。


 巴御前は正直、吐き捨てたいが義経が持ってきた酒である為仕方なく飲む。


「この半尺の短刀は武士の武器ではない。確かにそうだ武士の武器ではないな。しかし、この半尺の短刀で俺の命は救われた。橋の上の弁慶との戦い。奥州に行く時に平家の間者に襲われた時もな」

 

 義経は半尺の短刀を懐にしまい卓に置いた木碗を持ち飲んだ。


「京の公家好みの味だな。済まぬ。巴殿は公家が嫌いだったな」


 そう言いながら義経は酒を飲み干した。


「平家打倒の為に源氏が一丸となり先に義仲殿が京に源氏の旗を建てた。しかし源氏の力を恐れた公家や朝廷の一部が暗躍してそれを兄の頼朝殿が利用した。そして争いとなった」

 

 義経は酒に弱くらしく饒舌になっていた。


「頼朝殿は俺ともう一人の兄の範頼殿と一緒に軍を指揮させ義仲殿と戦った」


 そこで口を閉じ木樽から酒を注いだ。巴御前も飲み干し酒を注いだ。


 私の気持ちを読まれてる?


 巴御前の心はざわついていた。公家嫌いの巴御前に気を使い漠然と公家共を憎んでるのを言葉で説明してくれた。

 巴御前の中で義経の姿がいくつも見えてきた。

 

 宇治川での戦いの指揮の鋭さ

 一騎打ちの時の苛烈さ

 

 武士・武将としても文句はなかった。しかし繊細さが見えてくる。

 どこか義仲に似てると巴御前は思った。


「巴殿は俺が憎いか?」


 巴御前はいきなりの質問により、口につけようとした木碗の手が止まった。


「......」


 答えれなかった。わからない。なぜ、ここまで来て一騎打ちを申し込んだのか?

 義経は巴御前の目を見ていた。

 憎かった。義仲を死に追いあった頼朝と目の前にいる義経が。


 京に入ってから何かが狂い始めていた。平家の戦いの後には腹の底が分からない公家や朝廷と政治的な駆け引きの戦いがあった。

 義仲や兄達はその駆け引きに翻弄されていた。

 その背後で頼朝の影も付きまとう。

 そして頼朝に派遣された義経と範頼の戦いになった。

 戦い負けた。

 巴御前は義仲と兄達と共に敗走していたが、巴御前を逃がす為に義仲と兄は自ら囮となり戦い戦死した。

 逃げようとした。しかし巴御前は動けれず見ていただけだった。

 義仲の死を見た。

 その光景に激昂した巴御前は追っ手の兵士を血祭りに上げ、首をぶら下げて馬を走らせていた。誰でもいいから首を上げる。

 近くにいた立派な甲冑を着た男と一騎打ちを挑んだ。それが義経だった。

 義経に一騎打ちを申し出た時は本人は困惑していた。武蔵野弁慶が代わりにやると言ったが結局は義経は受けた。

 結果は組打ちで右腕を短刀で刺され地面に伏せられ、


「もういいだろ。無駄な殺生はしたくない」

 

 と、言い、


「それでも殺そうするなら、俺は抵抗しん。討ち取れ」

 

 その言葉に巴御前は、なぜ義経に一騎打ちを申し込んだ分からなくなってきた。


「そうだよな。分からんよな。俺も分からんのだ。この戦になってからさらに」


 義経は巴御前の目を見るのをやめ自分の無造作に置いてある甲冑を見た。

 巴御前は止まっていた左手を動かし木碗を口につけた。


「わからん。最初はやり過ぎた政事した平家を打倒する為奥州から頼朝殿の鎌倉に駆けつけた。

 そこで始めて会った兄と語り合った。平家の悪政・それによる民の苦しみ・そしてこの日ノ本に対する考え方を」


 巴御前それを聞く中で義仲の言葉を思い出した。


『俺もよくわからんが民が安寧できる世を作りたい』


、と。

 

「しかし、この戦で分からなくなった。民の為か・源氏の復興の為か・日ノ本の為か・頼朝殿の為なのか?」


 顔が赤くなっていた。


「巴殿の一騎打ちで巴殿は俺をそんなに憎んでるのか?そしてこの戦になんの意味があるのか分からなくなる」


 巴御前は義経の言ってる意味が分からなかった。自分も武士の自覚がある。戦は武士にとって戦場は最も輝ける場所で当たり前だった。

 巴御前はその認識しかなかった。


「半尺か」


 懐からまた短刀を取り出し、鞘を抜いた。


「偶然だな。俺が師匠からくれた短刀も半尺だな」


 言いながらに短刀を卓に刺した。


「ここから俺のホラ話だ。俺の師匠は天狗だった」

 

 天狗。物の怪の一種だが巴御前は信じていない。


「小さい頃、俺は京の蔵馬寺にいた。その寺の山奥には天狗がいたんだ。しかも女だ」

「女天狗ですか?」

「そうだ。俺は無謀にもその天狗を配下にしようと思った」


 義経の口調は優しくなっていた。


「刀に似せた長い木の棒をひきづりながら、勝負を挑んだ。その天狗には負けた。俺はその天狗の強さに憧れて弟子となった」

 

 巴御前は卓に刺されていたい短刀を見ていた。


「そしてこの半尺の短刀が弟子の証だとくれた」

 

 義経は懐かしむように顔を崩す。その顔ははただの青年の顔だった。


「その天狗殿の手合わせであの卑怯なことを」

「そうだ。俺も一応、武士の自覚はあるが弱いだから卑怯なことをしなければならない」

 

 巴御前は義経は弱いとは思ってない。一騎打ちではどちらが首を取られてもおかしくなかった。


「まあ、俺は本気で稽古をしていたが、師匠は遊び半分だったのだろう」

「まさかと思いますけど、その天狗さんには恋したことありますか?」

「あ、あるが......」


 義経は頭を掻いた。


「好きですと言ったら急に顔を赤くなって『師匠をからかうんじゃないよ』って、もう一本持ってる師匠が持ってる半尺の短刀をつきつけられて怒鳴られた。稽古も厳しくなったな」

「そうですか」


 自分と似たところがある。巴御前は思った。義経と女天狗の師匠は半尺の短刀を通して何か通じ合ってる。

 義経は卓に刺した短刀を抜き巴御前に渡した。 巴御前は短刀を受け取り眺めた。


「師匠はよく言っていたな。人は狡猾だと」

 

 巴御前は義経の言葉に反応した。


「師匠は俺が鞍馬山が出るのを反対していた。『お前はバカだから、すぐに他人に騙されて泣きながら私に助けを求めるに来ると』と言われたよ。しかし俺は『天下の為に何かをしたいと』言ったら、この半尺の短刀をくれて『お前はまだ半人前だ。やる事が終わったらこの半尺の短刀を持って帰ってこい。またシゴイテやると』な」


 巴御前は義経の話を聞きながら半尺の短刀を見た。刃は丁寧に研がれて自分の顔が映る。

 よほど大切にしてるのだろう。


 巴御前にも大切な物があった。しかし大切な物は次々と壊された。そしてまた壊される。

 

 もういいでしょう。


 巴御前は思った。

 

 愛する者を目の前で殺され激昂のまま義経を向けた。

 しかし、一騎打ちの中で怒りは消え、今は酒を飲み合ってのが不思議である。

 空を見た。雲一つない青々としていた。自分の気持ちもこの空と同じだろう。と考えてしまう。


「ありがとうございます。義経殿」


 巴御前は半尺の短刀を義経に返した。義経は再び卓に刺す。


「巴殿。やはり決めたか?」


 義経の目が変わった。



「はい。決めました。もうこの世に未練はありません」

 

 愛する義仲・兄は目の前で死んだ。

 巴御前が育てた、義仲の子は義高も頼朝と義仲の対立してその先は死でしかない。

 血が繋がってないが、我が子の様に愛していた。


「なぜ、人はこうも狡猾なのでしょ」


 巴御前は言った。

 自分も含め戦場で死ぬは覚悟できている。義仲の死・その後に来る義高の最後は明らかに違う。政治的闘争の結果の死。

 それが巴御前には耐えれなかった。


「狡猾」

 

 義経は刺さっている半尺の短刀を見つめた。

 自分は何の為に戦をしてるのだろう?

 酒の勢いで義経は自分の本音を巴御前に言っていた。

 巴御前に一騎打ちを申し込んだ来た時は、何か感じた。戦っている内に自分では計りきれない物を感じた。

 なぜそこまで激昂するのか? そこまでして戦をするのか? 分からなくなってきた。

 巴御前はこの戦いに答えを出した。


「ホラ話でもお楽しい時間でした。私が死ぬのを諦めさせようとしてくれたのには感謝しています。しかし私は義仲様の死・これから起こる義高の最後を見るこの世に耐えれません。生きていても頼朝殿の首を取る事をだけを考えて私は惨めな最後をなるかもしれません。それより戦いで対峙した大将である義経殿の前で武士として見事な最期を遂げた方が私は気が晴れます」

 

 巴御前の目から涙が出ていた。それを見た義経は立ち上がり自分の脇差を持った。


「俺の脇差を使え」

 

 義経は脇差を巴御前に渡す。


「ありがとうござます」

 

 巴御前は脇差をもらい、それから木樽から酒を注ぎ木碗を口をつけた。最後の酒。


「俺が介錯する。酔ってるが腕は自信はある」


 義経は立ち上がり自分の太刀を見た。これをほど太刀が持ちたくない気分は始めてだった。


「俺は政事は分からん。知りたくもない。しかし、義仲殿の兵達が京周辺でした乱暴・狼藉は許せん。巴殿には同情してるが同時に怒りも感じる」

 

 義経は歩きながら言う。


「はい」


 巴御前は木碗を卓に置き言った。

 

 どうすることもできなかった。

 義仲の軍は寄せ集めの軍だった。平家を追い出し義仲の軍が入ったものの指揮は取れず好き放題やっていた。義仲も兄達もどうすることも出来ず。その乱暴・狼藉を公家や頼朝に利用された所もあった。

 

 義経は巴御前の背後に立ち、鞘から太刀を抜き上げた。巴御前も脇差の鞘を抜いて腹に向ける。


「私は女の身です。人様に肌を晒せません。このまま一突きでいきます」

「最後に言うことは?」

「はい。故郷に義仲様と、一緒によく見た木があります。それを墓標の代わりにしてください」

「分かった。義仲殿と一緒にその木を墓標にしよう」


 少しの沈黙が続いた。


 巴御前は目を瞑る。腕を動かす。腹の中が何かが入って来る。

 熱い。腹に何かが暴れてる。腹から全体に広がる。熱いものが首からもくる。一瞬。


 

 巴御前は暗闇の中でうずくまっていた。

 周り見渡す、暗かった。

 誰も居ない。怖い。誰か助けて。

 肩に何者かの手が触れる。 義仲の手だと。感触でわかる。巴御前は顔を上げる。

 色が広がる。青色の空。緑の木々。木曽の風景だった。

 前には大きくなった半尺の苗木。


「行こうか。半尺の苗木の誓いを叶える為に」


 義仲を見る。義高を肩車してる義仲がいる。


「行きましょう」


 巴御前は立ち上がり、大きくなった半尺の苗木に一歩進んだ。


 

 義経は巴御前の座っていた床几に座っていた。

 目の前には首のない巴御前の骸。

 義経は巴御前の飲みかけの木椀を持っていた。

 巴御前の血が混ざった酒。

 義経は一気に飲む。

 酒と血の味が混ざりおかしな味になっている。

 そして僅かにしょっぱい味がする。


「巴殿の涙か」


 義経は地面に転がってる巴御前だった首を見た。

 口元が微笑んでる。


「不思議なものだ」


 巴御前の首を刎ねる瞬間に僅かに見えた。

 大きな木とそこに向かう三人に後ろ姿が。

 その光景は巴御前が見ていた幻だろうか?今とはなっては分からない。


「俺は」


 木椀を持つ手に力が入る。卓に刺さっている半尺の短刀を見る。


「俺は何をしてる。このような事をする為に戦ってるじゃない。師匠。俺は何が正しくて何が間違いなのか分からなくなってきた」


義経は酒を飲み干し、血のついた木碗を空に投げた。  

 









  





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