第四幕 四章 伯爵 アンフェルの誤算 あるいはエドゥアルド ヤツヲの接近


「なんだと?」

 アンフェルがそう言ったのは、側近三人がその身に銃弾を撃ち込まれ倒れたというのに、エドゥアルドが笑みを絶やさなかったからではない。アンフェルに、伯爵に、銃口が向けられていたからだ。彼らの周りの全方位から。

 誰もが今、鉛を吐き出す悪魔の機械を持っていた。先ほどまで隣の席でバカ騒ぎしていた船員たちが。カウンターで酒を煽っていた浮浪者が、ついさっき店に入ってきたばかりの工員たちが、伯爵とアンフェルを中心に、射線を交差させている。

 エドゥアルドはアンフェルに無言で応えると、ぱん、手を叩いた。

「消せ」

 その一声を皮切りに、怒涛のごとく、嵐雨のごとく。幾重もの銃声が鳴り響き、銃火(マズルファイア)で店内が白くなった。

 無数の弾丸は推進力に従い、あるものは机と椅子を木っ端に変え、あるものは陶器を打ち砕き、あるものは伯爵とアンフェルの身に刺さる。それが一発、二発、三発四発五発。

 ロペはその様子を倒れた側近の傍らで伏せながら見ていた。頭のすぐ上を、弾丸が通り抜けていって、つい先ほどまで食事を共にしていた二人を穿つのを見ていた。

 アンフェルの反射的に両腕で体の前面を隠し、姿勢を低くしていた。だがその腕にも銃弾が穴を開けていく。さらに開いた腹部に弾丸が潜り込み、皮膚が裂け血が溢れ出す。

 伯爵もまた弾丸を浴びていた。斑紋の如く、その身に赤が咲き、血が躍り出る。

 だが、彼らは立っていた。

 その理由をロペは知っている。


 伯爵は無事な指で仕込み杖に手をかけると、そのまま踏み込み、引き抜く。柄を滑った勢いに乗り、刃は銃口を向けていた浮浪者の身体を通り抜けていく。

 アンフェルは燃え上り、再生した足で床を踏みつけると、机の破片を弾き飛ばし、眼前の工員たちへと跳躍。衝突と同時に組み敷き、その顔面を殴りつける。

「カカカッ!やっぱりか!やっぱりてめえら不死身なんだなぁ!」

 身を引いたエドゥアルドの嬌声に、伯爵が一瞬身を硬直させると、船員の一人が背後から彼を羽交い絞めにした。もう一人が飛び出してきて、荒縄を懐より引っ張り出す。

『身動きできないようにしている。こいつら、私たちが殺せないことをわかっているのか!』

 荒縄を両手で張った男が一歩、こちらへ踏みだした瞬間、その首に穴が開く。見れば、アンフェルが銃口を向けていた。

 組み付いかれた腕に隙が出来た。伯爵はそこに躊躇わず力を籠めると、関節を外す。蛇に関節技を極めることにはなれてなかったのか、船員の手からはするりと伯爵は抜け出した。

 フッと黒煙が立ち上り、腕が再生すると、振り向きざまに刃を一閃。船員のコートから胸板までがぱっくりと裂ける。

 そこで伯爵は目を見張った。開けたコート下、船員のシャツにあったのは、四ツ腕巨人が象られた金バッチ。

「――――共和国軍!何故!?」

 そんな彼へ二人の工員――――を装う軍人が銃弾を放った。



 エドゥアルドは店の奥から、素敵な出し物であるかのようにその様を見ていた。共和国軍の流れ弾が、彼の一センチ隣の壁を穿つのに、その恍惚とした表情が崩れない。その眼が、ゆっくりと店内を舐っていく。

 その時、彼の視線が止まった。その先には、この場には見合わぬ黒衣。

 異邦の装いの少女―――ヤツヲが、厨房とフロアの間の連絡室にへたり込んでいた。その、絶望に追いつかれたかのような、呆然とした表情。彼の視線と彼女の視線が、真っすぐに重なる。

「ヤツヲ!いやがったのか!」

 すぐさまエドゥアルドは歩き出した。銃弾が光線を描き、彼の前後で交錯するというのに、彼はさも花道を闊歩するかのように堂々と進んでいく。対するヤツヲも、脱兎のごとく厨房を駆け出していく。

「ハッハハハ!ハハハハハ!いいねえこりゃ、カモを打ったら子ジカも獲れた!」

 エドゥアルドもまた、厨房へと姿を消していった。

 ロペはその二人を見ていた。無論、彼は平常な心で居られない。銃火舞い、肉がぶつかり合う店内を、彼は転がる様に進みながら、テーブルとテーブルの間を潜り抜けていく。

 しかし彼の脇腹に、数キロ分の衝撃。吐き気に苦しみながら見れば、船員の一人が足を彼へと振り下ろした。うつ伏せになり、その蹴りに耐える。横隔膜が一気に収縮し、肺から空気が抜けていく。

 カチリ、小高い金属音が聴こえた。船員が拳銃に指を掛けたのだ。ロペは己の¨街道の警邏¨を探すが、当然そこにはない。あれはあのトラックの上でヤツヲに渡したままだ。船員が彼の頭に銃口を突き付ける。

 其の船員の顔にアンフェルの拳が叩き込まれた。船員の目に星が浮かぶと、アンフェルはそのまま彼の襟元を掴み、力任せに放り投げる。仲間の何人かと共に、彼は壁へと打ち付けられた。

「ガキッ!!!」

 自分のことか。そう思ったときにはもう、彼は宙を舞っていた。

 小さな背中がオーブンに衝突する。頭が揺れて、目が回る。ここはどこだ?見れば。脇には散らばった食器や作りかけの料理、そしてシンクの足元で震えている料理人たち。厨房だ。アンフェルに襟元を掴まれ、カウンターの向こう、厨房まで放り投げられたのだ。

 ロペは起き上がり、ヤツヲとエドゥアルドを探す。開いたままの勝手口から、汚い笑い声がした。

 連絡口から、アンフェルの横顔が見えた。彼は僅かに目をこちらに向けると、口を動かす。その短い単語なら、読唇術を持たぬ自分でもわかった。

「いってやれ」

 ロペは駆け出した。

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