第三幕 三章 五人の演者によるスペクタクル
共和国軍の工廠長が、将軍に対しこう言った。
―――将軍、打倒ジーン・アヴェンジのための新兵器が出来上がりました!グリズリーの巨体すら四散させる、最大火力の砲塔です!
すると将軍はこう言った。
―――貴官は重大な命令違反を犯している。いいか、私は砲塔すら四散させるグリズリーを開発しろと言ったのだ。
『連邦国軍兵卒がたびたび使う冗句』
*
ジーン・アヴェンジ。
国家聯盟理事直属特別部隊長官。元北西連邦第三連隊隊長。不敗勲章授与者。参加攻略作戦数34回。内任務成功数26回。聯盟内での愛称≪不死の英雄ジーン≫
数々ある肩書の中でも輝くその愛称は、間違っていない。間違いではなかったのだと、伯爵は理解して、奥歯を噛みしめた。
彼の持つ白刃は、確かに対面する巨漢の胸部に突き刺さっていた。だくだくと、妙に粘性のある血液が、酒瓶一本程流れ出でている。常人ならば昏倒、あるいは死亡する出血量だ。
しかし巨漢、ジーンは倒れない。それどころか、その刃を掴んでいる。その握力たるや、伯爵が引いても刃は男と一体化したかのように、微動だにしない。
すると今度はジーンが刃を引く。伯爵はそれに驚きながらも、すぐさま持ち手を放す。瞬間、その眼と鼻の先を緑の剛腕が過ぎ去っていった。刃を握っていない左腕が、伯爵の首を折ろうと振るわれたのだ。
伯爵は足を回し、薙ぐように巨漢の顎を蹴る。相手が僅かに昏倒すると、その手から仕込み杖を奪い、後方へと跳ぶ。 そして少女を背後にして、伯爵はジーンと向き直った。鈍色に光る、聯盟国製の≪街道の警邏≫を持つヤツヲを。
ジーンは波立ながら再生していく胸元と、その口から血を垂らしながら、聞き苦しい声で叫ぶ。
「銃を……死の弾丸を、わ、タ、せ!!!」
咆哮と同時に、ジーンは突進する。伯爵はヤツヲの首元を掴み、トラックの左方へと跳ぶ。その背を拳が過ぎ去り、トラックの床に振り下ろされ、金属板を凹ませた。
なんという馬鹿げた膂力。伯爵は、目の前の≪英雄≫が何故不死なのかを考える。魔術?超能力?生物的進化?いずれにしろ、不死の兵士が、愛称ではなく実際の能力であったらば、世界はもっと大騒ぎしているはずではないのか。
それに第一、英雄と呼ばれるのは、悲しくも英雄然とした容姿の持ち主だ。事実伯爵が以前新聞で見たジーン・アヴェンジの外見も、逞しく凛々しい青年軍人そのものであった。
だが目の前にいるジーンを名乗る男はそうではない。英雄に倒されるべき怪物の容姿だ。爛れた緑の体表と濁った瞳、そして温度の無い冷たい吐息。その顔のパーツこそ依然見た写真の面影があるが、人間的なところといったらそれだけだ。
名を騙る別人の不死者なのか。それとも何かを代償に不死を得た英雄なのか。
そして何より、この男は『死の弾丸』を求めているのか?
いや、いずれにせよ―――
「じゅウを!じ、ゆぅを!かエせ!」
眼前に拳。剣を傾かせそれを受け、力を流す。それでも怪腕の一撃はすさまじく、伯爵の腕は痺れた。
いずれにしろ、銃を争う敵には代わりないし、考えている暇などない。剣を振るわなければ代わりに伯爵の首が振るわれるだろう。無論、それで死ねるわけではないのだが。
ないのだが――彼は横目で、少女の胸元にある銃を見る。そしてそれを決して手放さない、ヤツヲの黒い瞳を見る。
離脱だけは、不可能だ。それだけは、できない。
ジーンが再び雄たけびを上げる。対して伯爵は振り向き際に一閃、相手の腿を薙ぐ。その皮から筋繊維までがぱかりと開き、ジーンは体勢を崩した。
さらに一閃。今度は処刑人のごとく、項垂れるその首を狙う。不死者には、胸を中心に再生する者と、首を中心に再生する者がいる(といっても、彼が他に知る不死者はアンフェルだけだが)。伯爵は前者、アンフェルは後者だ。
もしもこの巨人が後者ならば、その首を断ち、荷台の外へ投げ捨てれば、容易に撃退することができる。
伯爵の刃は脛骨の隙間と隙間を狙い、垂直に落ちていく。そしてアジサシが海面に飛び込むかのように、刃がその肌に触れた。
だがその刃が肉へと到達する前に、迫撃砲が火を噴いたかのような轟音が響いた。そして車体が大きく右へ傾き、伯爵は跪く。
何が起こった?――伯爵の視線は流れ、それを捉えた。荷台の床に沈むジーンの掌。まさかこの男は、手を荷台に打ち付けただけで、車を傾かせたというのか?それを理解した瞬間、伯爵の体は弾けた。
床の感覚がなくなり、景色が溶けて見える。そして体中に響き渡る激痛。後方、キャビンの壁に打ち付けられ、体内より何かが弾ける音がした。
伯爵の胸には腕が突き刺さっていた。風を切って伸びたジーンの掌が、彼の体を、貫通したのだ。
「邪魔、ヲ、するな……」
ジーンはその腕を引き抜く。だらりと赤黒の血がまとわりつき、その腕から垂れる。その腕を振るい、床に点々と赤を散らすと、彼は少女へと向き合った。
「銃……ヲ……」
ヤツヲは目を剥いてトラック上の乱闘を見ていた。そして怪物と目が合うと、身をよじり、トラックの縁へと退いてゆく。そして怪物へと、露のように透き通った言葉が紡がれた。
「駄目。それ以上、来ないで」
ジーンはそこで気づいた。眼前の少女の声は震えている。しかし幾たび戦場で見た、恐れに満ちた悲鳴ではない。何か衝動を、抑えるような。
「あなたに近づかれたら―――私は―――」
「猫ちゃん飛び出すんじゃないんだわーーーーーーーーーーー!!!」
運転席から、知性の乏しい声が響いた。
それと同時に車は大きく、不格好な曲線を描いて右へと曲がる。とても上手とは言えない急カーブだ。十字路の真ん中過ぎたあたりで車体が傾き、尻振りが起き、荷台に遠心力がかかる。
ジーンはそれにその脚力を持って耐えようとしたが、抑えきれずうずくまる。ヤツヲもまた縁に捕まってこらえる。
そして、トラックが減速したのを狙い――ロペは飛び降りた。
そこは十字路の角にある酒場の煙突だった。さらに言えば、陸橋の真下にある水道路から途中ねずみ穴を通って出られる公共の煤除けパイプと繋がっている煙突であった。
いくつかの排気口を通り煤だらけとなったロペは、塵を散らしながら宙を落下していき、荷台に着地する。
「ヤツヲちゃん!」
降り立つと同時に、ロペはヤツヲを引き寄せ抱きかかえる。そしてその胸元から銃を受け取ると、その腰をしっかりと手で支えて、トラックの縁に足をかけた。
トラックはカーブを得たのち、タイヤを空転させつづけ、危なっかしく蛇行しつづけていた。故にスピードは出ていない。今飛び降りれば――多少は外傷を伴いが――ここから抜けられないことはない。
しかしロペの背後から、濁流のような怒声が響く。獣に無理やり人語をしゃべらせたかのような。
「き、ききき貴様!じゃあまをするな!」
振り返り、ロペはそこにいる怪物を直視した。煙突の上からその存在を目にしたが、肉薄すると、やはりその醜悪さに身が強張る。
怪物は空転の遠心力に振り回されよたよたと身を揺らしながらも、こちらに近づいてくる。その瞳に理性は感じられない。痛みと寒さと戦意に淀み開いた瞳孔。
ロペは銃を貫き、撃鉄を卸し、それを肩の高さに構えた。照星に、怪物のガラ空きの胴が合う。
その瞬間、彼は白昼夢を見た。それは昨夜のあの暗い娼館の風景。扉が開かれ差し込む光、女衒のシルエット、そして銃声と共に倒れこむ―――
「俺に―――にンむを、果たさセろ!」
怪物は咆哮すると、トラックを軋ませながら、その距離を一気に詰める。
ロペはそれに気づく。しかし、人差し指を引き金に架けられない。
『引き金に指がかかったら、敵だ』
ロペの手から、銃が失われるのがわかった。誰かが奪い取った。
そしてその誰かは抱えられながらも両手でそれを構え、向かってくる巨大な敵に真っすぐに銃口を向ける。
そして、ヤツヲは、引鉄を引いた。
撃鉄が、落ちた。
【残弾数:残り4発】
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