第三幕
第三幕 一章 三人の演者によるスペクタクル
朝露に濡れる陸橋の上で向かい合う二人と一人。
そう考えるのも無理もない。この男を、気のいい挨拶をする好青年などと思うものは誰一人いないだろう。彼は笑いつつも、その攻撃性を隠していなかった。非言語的なあらゆる手段で相手を脅していた。
「……誰だ、あんた」
ロペもまた、男から目を逸らさず威嚇し返した。だがそれは眼前の虎に比べれば、子犬がわめいている程度のものかもしれない。
「あぁ、いい声だ……暖炉の石炭が内側からひび割れる音……悪い。なんの話してた?」
「……いや、馬鹿な質問だったよ。僕らを追ってる奴だろ」
彼は鉛のような空気を飲み込むと、手を静かに、後ろに回す。
「待て」
眼前の男の声色が、飄々としたものから鋭く冷えたものに変わった。
「撃つな。弾が使われると困る。それに……俺はある基準を持っててな。『引き金に指がかかったら』敵だ」
男は一歩、踏み出した。現実の距離としてはまだ十歩ほどの間隔が両者にはあるのに、目を逸らせば、即座に命を取られる予感がする。男の威圧感に体が退いていくのがわかる。
「ガキ、その銃を抜いてみろ。もう戻れないぞ―――だが、銃と、」
そこで男の視線はそれ、ロペの傍らのヤツヲへと向いた。
「そこの嬢ちゃんをこっちに渡しゃ、見逃してやる」
ロペは、背後に回した手が、銃に触れることを躊躇っていることに気が付いた。神経が興奮しているのがわかる。ここまでやっておきながら、まだ足が震えることに情けなくなる。
もっとも簡単な選択肢を取りたくなる。それは媚びることだ。道化になって、顔を砕いて、猛る相手に頭を垂れることだ。そうすれば、逃げらるだろう。相手の怒りは少し収まるだろう。奮う拳も、少しだけ穏やかになる。
いままでもそうやってきた。これからも、そうしていくのかもしれない。
だけど、
傍らの、真っすぐと敵を見据えるヤツヲが、ロペの手を握りしめた。
今だけは。
手を、ベルトに突っ込み、シャツの下に隠していたそれをすぐに抜き出す。それは拳銃、五発の弾が装填された≪街道の警邏≫。グリップを三本の指で握り、撃鉄に親指をかける。そして引き金に人差し指を―――かけられなかった。
気づけば≪街道の警邏≫が飛び、陸橋の上に落ちていた。その後時間差で銃声が響く。ロペは眼前の状況が正しく認識できていなかった。たった数秒間だけ時間旅行をしたかのようだ。
だが、向かい合う男が銃を構えているのを見てロペは何が起きたか悟った。アンフェルの銃は煙を吐いていた。先ほどまで腰に吊っていた銃が、だ。彼はロペが銃を抜いた後、秒針が一つ動く間に、己も銃を抜き、構え、発射したのだ。
遅れてロペの手が痙攣しだす。弾は≪街道の警邏≫に当たったらしく、その反動が彼の手を軋ませる。やはて痙攣は痛みへと変わり、ロペは思わず手を抑えうずくまった。
「おっといけねえ。死の弾丸が暴発しちまう…………すんのか?」
アンフェルは銃を振り煙を散らすと、地に落ち転がった≪街道の警邏≫へと歩み寄っていく。脇にいるロペには目もくれない。もはや敵として捕らえていないのだろう。事実、少年の手は震えており、駆け出しても銃を取れそうになかった。
≪街道の警邏≫は落ちた後、柵の下へと滑っていた。そしてその傍には黒衣の少女が立っている。ヤツヲはロペを見ていたが、アンフェルが近づくと、獣のごとく飛びついた。
アンフェルにではない。≪街道の警邏≫にである。アンフェルはそれに目を剥く。自分の元に駆け寄ると思っていた少女は、意外にも立ち向かうことを選択したのだ。
だが、驚愕はそれでは止まらない。ヤツヲが飛び込み、銃を抱え込んだが、勢いがつきすぎて欄干へと体当たりをしてしまった。
そこで奇跡が起きた。神話では、≪
老朽化が故か、ヤツヲに体当たりを受けた欄干は、短い断末魔を上げて、外れた。
アンフェルもロペも口を開ける。ヤツヲと銃はそのままに、くるりと回って向こう側へと落ちて、見えなくなる。陸橋の真下の道路へと。
残された二人は弾けたように欄干へと走ると、ロペはヤツヲを、アンフェルは銃を探す。二人は最悪の光景を予想していたが、それは幸運なことに―――あるいは最悪なことに――裏切られた。
ヤツヲは銃を抱えたまま彼らからどんどん離れていった。走るトラックの荷台にて彼女は、呆けながら運ばれていっていた。
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