第33話7月23日 夏祭り

 柊也から連絡が来たのは、その日の朝だった。


”今日の夏祭り、みんなで行こう” 


 17時に駅前集合とのことで、その日はなんだかそわそわしていた。

集合時間まで1時間くらい前になり部屋を出ると、ちょうど祖母がちらし寿司を作り終え、どこかに持って行こうとしているところだった。

「あ、冬至、ちょうどよかった。これ、山脇さんチ持って行ってくれる?」

大きめのお弁当箱を渡され、玄関を出た。


 路地を曲がり、3軒目。ヒナちゃんの家のチャイムを鳴らした。何度か送るために来たことはあったが、こうやってチャイムを鳴らすのは初めてだった。

「はい。あ、冬至くん!ヒナかな?」

 そう言って出て来たのはヒナちゃんのお母さんだった。

「いえ、祖母からのお使いです。これ、どうぞって…」

「あ、鈴子さん悪いねぇ。あ、上がってって言いたいとこなんだけど、いまヒナ着付けしてる最中でねぇ。って、もしかして、一緒に行くの、冬至くんだったりする?あの子、なんだか張り切っててねぇ」

 そう、ヒナちゃんのお母さんは嬉しそうに笑った。


 柊也が学校に来なくなってから1ヶ月が過ぎていた。秋月に病院に運ばれてから連絡が途絶えていた。そんな矢先の夏祭りに誘うメールだった。

 あの日から、ヒナちゃんは森岡さんが秋月に告白したことを知っていた様子で、なんだか昔に比べて息がしにくい感じだった。いつもと変わらないのに、空気だけが、違って見えた。

 夏樹、城崎君、森岡さん。それぞれがいろんな思いを感じ、ぶつけ、そして失った。秋月が僕たちと一緒にいなくなったのはその後からだった。ふとした拍子に教室からいなくなり、部活にも顔を出さない日が増えた。

 僕とヒナちゃんが2人きりで過ごす時間が増えた。


「いきなり浴衣着たいって言うから驚いちゃった!しばらく着てなかったから手こずっちゃってねぇ。もしよかったら、また後で迎えに来てあげてね。」

 そう、嬉しそうに話すヒナちゃんのお母さん。ヒナちゃんにはきっと、その浴衣姿を見せたい相手が他にいるはずなんだ。僕じゃない。


 17時ちょっと前。再度ヒナちゃんの家のチャイムを鳴らす。

浴衣姿で出て来たヒナちゃんは薄く化粧をしていた。気まづそうに笑うヒナちゃんを先導し、駅へと向かった。


 駅に着くと、夏祭りともあっていつも以上に人が多く、植え込み近くに腰をおろした秋月に気づくのに少し時間がかかった。

「俺が言うのもなんだが、夏樹と森岡は来ないって。」


「2人で夏祭りだとよ。良いねぇ。初々しい。」

 あのあと。失恋した同士、新聞部の活動で長い時間を共有するうちに『付き合おう』と言い出したのは、まさかの森岡さんからだったそうだ。夏樹から、嬉しそうに報告をされた。


「じゃ、行くか」

「柊也は?」

 水色に薄いピンクの花柄の浴衣を着たヒナちゃんが秋月を見上げる。

「…遅れるって。先行ってて欲しいってさ。」

 泣きそうになるヒナちゃんの目だけが、残念そうな色をした。「そっか。いつも遅刻してたもんね」「いこ!」とヒナちゃんが駆け出す。

「秋月、本当に柊也は遅刻?」

「あぁ。多分、今こっち向かってると思うぞ。もう退院はしてるから。」


「ただ、来るかどうかは保証ない」

 まっすぐ前を見て秋月が語る。その目線の先は、りんご飴と格闘する、だれかのために一生懸命に浴衣を着たヒナちゃんだった。

 僕らも、そんなヒナちゃんの後に続いた。


 花火が打ち上がって、夜空には綺麗な花が咲いたが、結局柊也が夏祭りに姿を見せることはなかった。花火を見ながら、ヒナちゃんの横顔を覗く。その目には鮮やかな花火が映っていた。


 きっと、その浴衣姿を見て欲しかった人に嘘をつかれた、と、怒っているに違いない。僕はそう思い込んでいた。



 夏祭りが終わり、電車で帰る秋月を駅まで見送ろうとするが、「今日は、ヒナを家まで送ろう」と提案される。僕もいるんだしと断ったが秋月は頑なに応じようとはしなかった。

 そのまま夏祭り会場を後にし、ヒナちゃんの家への帰路に着いた。途中からいつもの通学路となり、ヒナちゃんの家の近くの路地を曲がる。


 すると、ヒナちゃんの家の玄関前に座り込む人影が見えた。


 その瞬間、ヒナちゃんが走り出した。浴衣の下駄がカタカタと軽い音を鳴らす。夜風が吹き抜けた。どこからか、軽快な祭囃子が聞こえる。

 音を聞いて立ち上がったその人影に抱きつく様子を僕らは路地から見つめ続けた。


 生ぬるい夜風が、彼女の鳴き声を連れて来た。

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