第32話6月10日 壊れて行く時間

 僕たちが恐れていた事態だったのかも知れない。

恋愛とか、友情とか。そんなもの以上にお互いが大切だったからこそ踏み入れなかった領域があった。みんなそうだったはずだ。


 あれから。城崎君からの宣戦布告から数日と経たずに夏樹から「ヒナに告白した」という話を聞いた。丁度、昼休みのPC室だった。僕と、夏樹、森岡さんがそこにいた。

「玉砕覚悟だったさ。アイツが誰かを見ているとは思えなかったし。これでアイツが何かに気づいてくれたら、それで良かったんだ。でもさ、冬至。城崎は悪いやつじゃないんだ。分かってくれ。」

 そう苦笑いしながら、夏樹が語った。


 夕方。吹奏楽部が終わり楽器を片ずけている最中、秋月の携帯電話で誰かと話だし、そのまま音楽室から姿を消した。僕の携帯電話にメールが届く。


”ヒナに帰り待つよう伝えてくれ。冬至は悪いが教室に来てくれ。このことヒナには言うな”


 嫌な予感がしたからか、足音を消して教室へと急ぐ。また何か柊也が見つけたというのだろうか。それとも現行犯なのか。

 教室の前に立ちドアに手をかける前、ドアのガラス越しに秋月が見えた。誰かと話している。あの肩上の髪は、、夕日に映り逆光ではあったがすぐに森岡さんであることが分かった。

 静かな声で何かを話している。そっと息を潜め、話を聞いた。



「わかってる、横野君の好きな子ってヒナちゃんなんだよね。」

「すまん、それは言えない。」

「ヒナちゃん、城崎君と原田君に告白されたって辛そうにしてた!横野君や渡辺君も言うの?敷島君だってきっと…。ヒナちゃん一人ぼっちになっちゃうよ。私だけじゃ、支えてあげ続けられないよ。」

 いつの間にか森岡さんが涙混じりに必死に訴えかけていた。


「私は。横野君が好き。君は、誰を見ているの?」


 目を伏せた秋月を見ていられなくなった。僕はそのまま教室を後にした。


 秋月は、これを見せたかったのだろうか。



 音楽室に戻り、待たせていたヒナちゃんとともに玄関へと向かう。そこにはだれの姿もなかった。あの日以来、柊也はずっと学校へは来ていない。

「秋月、どうしたのかな?」

 心配そうにするヒナちゃんに「さぁ。よく分からないし、先帰ろうか」と促す。

靴を履き替えながら、”先帰る、また明日聞かせてくれ”と秋月にメールを打つ。


 秋月がヒナちゃんのことをどう思っているのかは今だに分からない。けれど、友情以上のものであることは確かだった。だとしたら。森岡さんの悲痛な叫びの着地点は、彼女の求める場所はどこが正解だったのだろうか。親友と、親友を想う想い人と。何を取っても、彼女が辛い思いをするのは明白だった。

 秋月の返事を聞かずにその場を離れたのには、この1年と少しをみんなで一緒に過ごして。たった1年だけども、そんな仲の良い人の一世一代の決してハッピーエンドにはならない告白を平常心で見ていることが出来なかったからだ。僕は、意外にも弱い人間だ。



 翌日。朝練習が終わり教室へ向かうと、ヒナちゃんと楽しそうに話す森岡さんの姿が目に入った。遠くから秋月に手招きをされ、ベランダに出る。


「昨日は、すまん。変なところ見せたな」

 ベランダの手すりに肘をつき秋月が話し始める。

「いいよ。森岡さん、なんて?」

「昨日、お前が見た通り。そのままだ。」

「返事は?したの?」

「いや、森岡は、聞かなかったよ。」

 そこまでを言い、秋月が苦しそうに笑った。いつもの癖だ。ならば、本当のことは聞いて欲しくないだけなんだ。


「ヒナの周りから、人が減っていく。それだけは避けたい」

「それは、ヒナちゃんが心配だから?それとも。好きだから?」


 真顔になる秋月との時間が刻々と過ぎていった。


「いつかわかる」


 そう、一言だけを残し、秋月は教室へと戻っていった。

その時に、ふとある言葉が浮かんだ。秋月が言った言葉だ。

『ヒナから離れるな』

 ハッとし、秋月の後ろを追いかける。教室に入るなり。HRが始まった。


 その日は、秋月は僕を避けるかのように姿を消した。

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