第22話12月10日 冬への準備
12月になり、そろそろ期末考査への追い込みと、柊也への課題対策が始まる頃。
朝のHRが終わると同時に担任から「通路側2列の席の男子たち、悪いが一階倉庫に行ってストーブを貰って来てくれ」と言われた。不覚にも通路側の男子は僕ら新聞部メンバーで。授業の始まる中、僕ら4人は教室を出た。
「そういや柊也、誕生日おめでとう」
夏樹が言い出して、最近はめっきり遅刻の少なくなった柊也が夏樹に「ありがとうー」と背中から抱きつき笑う。秋月の表情は硬い。
「柊也、今日誕生日だったの?全然知らなかった。ごめん。遅れたけど、おめでとう」
「冬至も、ありがとう。無事に17歳になりました!」
そう言って笑う柊也を見ながら。何だか僕も秋月と同じで、心の底からは笑い合えているような気はしなかった。
僕がこの時間に来て春から夏、秋と次は冬になる。そして柊也の時間が少なくなっていく。きっと今のみんなの関係であっても、柊也の時間が終わるなんて想像もできない。10年前のみんなは、一体この現実をどう受け止めていたのだろう。今の僕でも、明日柊也がいなくなったとして。目の前で夏樹と戯れ合う光景が日常になっていて、それが無くなる非日常がどんなものか。考えもつかない。
夏樹に案内されるまま一階倉庫に着く。他のクラスの男子生徒も担任からの使いパシリに遭いその前の廊下は賑やかだった。その廊下には沢山のストーブが置かれ、クラス毎に事務員の方から使い方の説明を受けているところだった。
「原田ぁ!こっちー。これ1組のなー。」
振り返ると、こちらに向かって手を振る優しそうな顔の男子生徒が目に入った。僕はその顔を知っていた。あれだけ見ていた顔なのに。どうして今まで会わなかったんだろうか不思議になった。
その生徒の足元にはストーブが置いてある。
「城崎、すまんな。」
そう言いながら夏樹が駆け寄る。僕らもその後ろに続く。
「あ、原田、悪いけど放課後生徒会室お願いできる?山脇にも伝えといてよ。」
二人の会話を後ろで聞く。不意にその男子生徒と目が合った。
「あ、例の転校生くんだ。初めまして?だよね。山脇と一緒に生徒会やってます5組の城崎です。っで、原田とは中学から一緒な!」
そう言いながら城崎くんは夏樹の背中を3回ほど大きく叩いた。
あの日、道路の向こうから僕に手を振ったあの城崎さんの10年前が、今目の前にいる。きっと、10年先に僕らがどんな運命に翻弄されるのか、今のこの城崎さんは知らないはずだ。そう思ったら、なんだが今まで味方だった相手が敵になったような、そんな感覚に襲われた。
登校してから事務員の方と一緒にストーブを廊下に並べる作業をしていたという10年前の城崎さんは、寒い廊下で嫌な顔一つせず、他のクラスの生徒たちの案内をしていた。
先輩は城崎さんとの関係については『同期』としか話さなかった。なぜかそれが”僕には知られたくなかった事”のように思えた。
「5組、校舎違うからなかなか話す機会なかったよね。あ、球技大会一緒に試合したんだけど、覚えてないかな?ほら、自分の靴紐踏んで転んだやついたでしょ?試合中」
そう言ってニコニコと笑う10年前の城崎さんは秋月と正反対の意味でかっこよかった。
「冬至、この間の中間考査の学年総順位表見たか?」
「ごめん、見てない。ってか、どこに貼ってあるかも知らないかも」
そう返すと「こっち」と夏樹が手招きをした。後ろに続くと、倉庫のすぐ隣にある職員室の前の掲示板で足を止めた。
そこに書かれていたのは【2学期中間考査総順位表】と書かれて貼ってある紙だった。
「ほら、ここ」
夏樹の指の下に《2位 2年1組 原田夏樹》とある。
「夏樹?が、どうしたの?」
「いや、違う。その上」
その夏樹の指の先に。
「《1位 2年5組 城崎燈夜》って、城崎くん?」
少し離れたところからニッコリと笑って首を傾げながらこちらを見ている城崎さんと目が合った。
「城崎は、ヒナと一緒で生徒会枠の入学者だ。頭も良いからなぁ。てっきり冬至も城崎のこと知ってると思ってたよ。」
「原田ぁー!もうすぐ1組の説明始めるってー!」
城崎くんの声でその場を離れる。一瞬、《4位 2年1組 横野秋月》という1文に目が止まった。体を戻し、倉庫に戻る夏樹の後ろに追いつく。涼しい顔で柊也とストーブの埃を取る秋月を見ながら、僕はまだまだ秋月の事が分からないと思った。そして同時に、僕とあれほど一緒にいたのに。本当の先輩を知っていて近くで見ていたのは自分じゃなかったということに、気付いた。
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