第23話12月20日 雪の夜

 雪の夜は、反射した雪の影響で校舎を昼過ぎのように明るくした。


 都会育ちの僕には、この雪国の寒さは体に沁みたが、雪の日だけは違った。降りしきる雪をずっと音楽室のベランダから見ていられた。


 教室に戻ると、ちょうど登校したばかりでストールを巻いたまま机に突っ伏している柊也と目が合った。

「冬至、おはよ。今日、おやつ持って来たよ!後で食べよう!」

そう満面の顔だけこちらに向け、柊也が話しかける。相変わらずの長い髪と眼鏡で顔がほとんど見えないが、口調からすると今日も調子が良くないんだろう。寒くなって来てから、柊也の遅刻は無くなったが、代わりに昼前まで机に突っ伏したままの事が多くなった。

「柊也、もう来てたのか。そろそろ病院来い」

 柊也の後ろのドアから秋月が教室に入って来た。音楽室で秋月の「用があるから先に教室行ってて」からあまり時間は空いてない気がする。

 柊也はまた半分顔だけ出してニッと笑い、再び突っ伏した。


 僕らがこの年、教室で柊也を見たのはこの日が最後となった。


 放課後。部活に向かう準備の最中、窓から外を見ていた秋月がいきなりドアを開け走り去って行った。心配してヒナちゃんが僕の席まで来た。

「秋月、どうしたのかな。ちなみに、柊也はいつから席にいなかったの?」

 その時になって、ようやく隣の席から柊也の姿がなくなっていることに気がついた。勢いよく開いたドアの音に、僕の席に駆けつける夏樹と森岡さん。

「なに。あいつらまた何かしてるのか。くそ。懲りないなぁ…」

「原田くん、外。外。」

 そういいながら森岡さんが外を指差していた。その場にいた4人でベランダに駆け寄る。ちょうど教室の斜め下あたり。身長2メートルは超えるであろう雪だるまが出現していた。

 その横に笑いながらこちらに手を振る柊也と、秋月。雪にかき消されて声は聞こえないが、様子からするにどうやら秋月は呆れているようだ。


 僕は隣に立つ彼女の頭を撫でた。


 逆隣の森岡さんが必死に体を支える。


 下を向き音にならない音で泣く彼女の体がこんなにも細くなったのはいつ頃からだろうか。こんなになるまで耐えていても、彼女の口から何かを発せられることはあの一度きりだった。

 僕の目に見えるような嫌がらせは少なくなっていた、けれど、きっとまだ続いているんだろう。そのことに、秋月達は気がついていた。そして、それはきっと今、彼女が1番欲しかった言葉だったのだろう。雪だるまのお腹に、石で「大丈夫」という言葉が象られていた。

 時刻も5時過ぎ。本来ならば太陽も落ちて暗くなる時分。雪の夜はまだまだ明るく僕らを照らした。



 その日の2限目あたりにとある事件は起こった。教室が香ばしい匂いに包まれたのである。まるで、焼き芋を焼くような…

 僕らの後ろに置かれたストーブに目を向ける。アルミホイルに巻かれた何かが複数ストーブの上に乗っていた。

「早急に処分しろ」

 っとの先生からの命で、次の休み時間に僕らは柊也が準備したホカホカなおやつを美味しくいただいた。



 次の日。窓の外にはまだ大きな雪だるまが見えていたが、柊也が学校に来る事はなかった。

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