第19話11月15日 作戦会議

 最近立て付けの悪くなった引き戸を開け祖母に向けて「ただいま」と声をかける。いつも通り家の裏の方から「おかえりぃ」と声が返ってくる。

 玄関を上がり、一旦は洗面所に行き手を洗う。ついでに顔も洗う。手近な所にあったタオルを手探りで繰り寄せ、顔を拭く。今日何が起こった。あの二人は何に気が付いてるんだろう。タオルから顔を離し、鏡を覗く。表情のない自分の顔に音楽室に向かう時のヒナちゃんを思い出す。頑なにこちらに顔を見せてはくれなかった、言った言葉はしっかりしていたのに。

 玄関の引き戸がガタガタと揺れた。柊也が来たような気がして洗面所から出る。玄関に向かうと、そこに立っていたのは秋月だった。


「もうちょっとしたら柊也も来るから。」

 上がっていい?と目で問いかける秋月に来客用のスリッパを渡し、歩いて数歩の自室に案内をする。部屋のドアを開け、入るよう促そうとすると、秋月は部屋をそのまま通り過ぎ家の裏へと歩いて行った。

 一瞬何が起きているのか分からず立ち尽くしていたが、我に返り秋月を追う。

「こんにちわー、あ、いきなりですみません。冬至君のクラスメイトの横野秋月です。しばらくお邪魔します」

 追いつくより先に秋月が祖母に向かって挨拶をしている声が聞こえた。すぐに戻って来た秋月が拍子の抜けた僕の顔を見て目を細めて笑った。


 10分も経たずに柊也が家を訪ねて来た。その手にはまたもや大量のお菓子が準備されていた。僕らは今から兵糧責めにでも遭うのだろうか。

「こうやって、3人だけで話すのって初めてだよね!」

「まぁ、いつもなんだかんだで新聞部でいたり、ヒナいるしなぁ」

「夏樹もよくいるよね!冬至にさ、まだ話してなかったことがあってさ」

 2人の会話を聞きながら自室のベットによしかかっていた背中を正す。

「冬至。心配とかして欲しくなくて言わなかったわけじゃないってことだけ、分かった上で聞いてほしい」


「あのさ。僕、あんまり時間、もうないみたいなんだ。」


「ヒナちゃんにはね、後夜祭の時に話したよ。最近数値が悪い時が多くてさ。朝病院に行っても秋月のお父さんが難しい顔をするんだ。夏頃からだから、もう結構時間経つんだけどね。でもやっぱり、覚悟はしてたんだけど、堪えるよ。」

 柊也の通う病院が実家である秋月はとっくに知っていたのだろう。

「みんなや、あの子には、本当悪いことしたと思ってる。少し生き急いだかもしれない。時間がないなら、どうせなら、みんなと同じように生きて見たかったんだ。でも、それは言い方を変えると、投げやりになってたんだと思う。」

 ガザガザっと音がし、そちらを振り向く。シリアスな雰囲気の中、秋月がポテトチップスの袋に悪戦苦闘しているとこだった。

「すまん。続けて」

 全く悪びれる様子もなくパリパリと音を立てながら隣でチップスを食べ始める。柊也に対しなんとも言えない感情が芽生えてる最中で、すっかり腑抜けてしまった。気を取り直すように小さく深呼吸をし、答える。

「ヒナちゃんは?なんて?」

「ううん。何にも。ただ…言いにくいんだけどね。うん…」

「抱き着いて来たんだってさ。ヒナが。」

  未だにパリパリやってる秋月が遠くに視線を逸らしながら答えた。


「そりゃな。俺らは知ってたとは言っても。こいつが死ぬんじゃないかとかさ、実感ないって。いつかも分かんないしさ、ビクビクしてんのはこっちだけでさ、本人ヘロっとしてんの。ヒナに至っては幼馴染でさ…」

「ごめんって。悪かったと思ってる。あれは全部僕が悪い。うん。ちゃんと分かってるよ。」

 柊也がポテトチップスに手を伸ばす。

「今回の嫌がらせの原因は柊也だけ?ってわけじゃないんだよね?確か。」

「あぁ。サックスの1年いるだろ?あいつと一緒にいる奴がいつも厄介でさ。結構過激なんだわ。俺ですらちょっと遠慮したい。前に音楽室でヒナに言い寄ってるの見かけてさ。なのにヒナ何にも言わないんだよ。」

 チョコレート菓子の箱を開けながら柊也が繋ぐ。

「いつ頃からかな。ヒナはすぐ我慢する性格になってさ。昔はもっと泣き虫だった気がするんだけどね。ギリギリまで、我慢できなくなるまで耐えちゃうんだ。今回だってさ。本人が秋月に相談しなかったらきっとそのままだっただろうね。」

 柊也がアーモンドのチョコレートを口に頬張る。

「ヒナがあんな状態のままじゃ、死んでも死に切れないかな!」

 そう言って心配そうな顔で笑う柊也を見て、10年後の僕を恥じた。これだけヒナちゃんの事を想って、真剣に話して悩んで。多分柊也は最期までヒナちゃんの事を想って、そばに居続けたんだろう。だから、ヒナちゃんは柊也の後を…

 ふと疑問を感じた。なら秋月は?この事をどう思ってるんだろう。胸が締め付けられるような感覚の中、男3人の不思議なお菓子パーティが続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る