第12話 9月2日 文化祭
その日は登校した時から、いつものメンバーは教室には夏樹しかいなかった。
柊也は相変わらずの遅刻。ヒナちゃんと森岡さんはオープニングの打ち合わせ。秋月の姿が見えない。
夏樹と新聞部の部室代わりのPC室にある備品庫から昨日使ったカメラを取りにいく。けれど、3台あるはずが2台しかない。ヒナちゃんか森岡さんが持って行ったのかと夏樹と議論し、特に深く追求はしなかった。
オープニングイベントのため、体育館に移動する。いつもの全校集会のようなかたっ苦しいものとは違う、浮き足立った何かに背中を押されるように集まって来る生徒たちはみんな歩調が軽い。
夏樹と相談し、ステージが撮影出来る場所に手分けして移動する。夏樹は体育館の1番後ろへ。僕はステージ前横へ。
ステージ袖には台本のようなものを片手に3年生達と一緒のヒナちゃんと森岡さんが見える。
そのまま文化祭が始まる。まずはオープニングイベント。各自挨拶や演劇部による劇などが続く。
合間、体育館の二階にある普段は立ち入り禁止の通路に人影が見えた。
カメラを構える秋月だった。
こちらに気がついたようで手を振ってきてくれた。が、秋月はすぐにその手を下げた。僕が返そうと手をあげた瞬間、全生徒の誰かが、秋月に手を振り返したのだ。
ステージとは真逆の方向を見ていないと分からない位置にいた秋月に、誰かが手を振り返したのである。手を振る動きは見えた。ただ、誰か、までは見えなかった。
気がつくと秋月の姿は無くなっていた。
各部活の出し物やクラスの模擬店など、それぞれに手分けして回る。僕は夏樹と。ヒナちゃんと森岡さん、多分、カメラを持つ秋月も、回ってくれている、だろうと。
朝、体育館で秋月を見かけてからその日は夕方まで秋月には合わなかった。きっと学校のどこかにいるであろう、柊也にも。
次の日には吹奏楽部のステージがある。放課後の練習のため急いで今日撮った写真をパソコンに保存するためにPC室に向かう。PC室に入り備品庫を開ける。秋月の姿も、秋月が持ち出したであろうカメラもまだ帰ってきていなかった。とりあえず、新聞部のメンバーとは分かれ、吹奏楽部に合流する。
「横野先輩、今日一緒じゃないんですか?」
サックスパートの一年生が僕が音楽室に入るなり声をかけてきた。
そう言えば。僕よりも先に秋月に手を振り返したであろう生徒がいた場所は、ちょうど一年生の場所だったという事に気がつく。「違うよ?」とだけ返し楽器の準備に取り掛かった。
秋月が音楽室に来たのは全体合奏が始まる直前だった。
「今日、どこ回った?」
部活が終わり、秋月の横で楽器を片付けながら聞く。
「色々。途中から柊也来てたよ」
楽器を磨く手が止まり、秋月が突然言った。
「今日は、ヒナと、2人で帰らせてもらえないか?」
相変わらず自販機の前には柊也がいた。
僕を見るなり手を振り近づいてくる。
「秋月がさ…」
「聞いてるよ。人気者も大変だよね。さ、冬至帰ろ!」
たくさんの疑問が残るまま、僕らは学校を後にした。
学校のすぐそばにあるコンビニでアイスを買い、柊也と話しながら帰る。
「秋月、何かあった?今日、全然見かけなかったんだけど…」
ソーダ味の棒アイスを頬張りながら柊也が返す。
「秋月、一年の子から逃げ回ってるよ。」
今朝のあの体育館の出来事を思い出す。やっぱり、あの子だったんだ。
「じゃ、今ヒナちゃんと帰るのはどうして…」
その瞬間、少し前を歩いていた柊也が振り返る。
「そういう時も、あるでしょう。」
眼鏡の奥から苦しそうな目が僕を見つめ返す。アイスが付いていた木の棒を弄びながら柊也が歩き直し言う。
「明日は、みんなで帰ろうね」
秋月の気持ちも柊也の気持ちも。なんとなく分かっているつもり。ただ、柊也にはごめん。このままヒナちゃんが、秋月の事を好きになってくれたなら。
今いるみんなとの時間が、10年後の僕と先輩が過ごした時間を越える。それでも、先輩を失ったと思い走り出したあの恐怖は今でも覚えている。
この時間は、いつまで続くのだろう。
その日は、夕日に染まる川を渡りながら柊也と帰った。
翌日、文化祭2日目。
一旦教室に行き鞄を置く。PC室に向かいパソコンの電源を立ち上げる。
体育祭のあのたくさんの写真が気になったのだ。新聞部の共有フォルダから2日前の写真を探す。
「ない…?」
昨日僕が吹奏楽部に行った後にみんながそれぞれに写真を整理したのだろう。そのフォルダの中にはそれぞれ撮影者ごとのファイルに写真が振り分けてあった。けれど、どのファイルを開いても写真が見つからない。
とりあえず自分の写真だけフォルダに収納し直し、電源を落とす。今日は吹奏楽部での出番になる。写真撮影は夏樹達に任せるため、そのままPC室を出た。
朝練習をしに音楽室に向かった。音楽室前の廊下で先に来ていたヒナちゃんに会った。
「冬至、おはよ!」
本当は昨日の事を聞きたかった。けれど、大きく深呼吸し「おはよう」と返した。
ヒナちゃんと楽器の準備をしながらたわいもない話をする。どの模擬店が面白かったか、どのクラス展示が凄かったか。昨日の帰り道の話だけを避けるように話すヒナちゃんに対し、胸の中で黒いものが蠢く感覚に襲われ、会話の途中で楽器を手にベランダに出る。ドアを開けた瞬間、2人きりの音楽室に夏の朝の涼しい風が吹き込んで来た。
こうして、学校祭最終日が始まった。
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