14

数時間、俺たちの間に会話はなかった。

……まあ、人が小説を読んでいるところを邪魔するほど俺は野暮じゃない。

彼女が俺のベッドで不規則に足をバタバタする音だけが、部屋に響いた。


やがて。読んでいた小説本をパタリと閉じ、升野が言う。

「……私はそのナニコって女を知らないけど、わかったことがある」

目には微量の涙が浮かんでいた。

「きっと、私がナニコを殺したんだと思う」

そして、少し迷いを含んだ視線で俺を見た。

「知ってる。……たぶん、そうなんだと思う」

俺はゆっくりと頷く。

ナニコという少女は比喩だとか、何かの象徴だったわけじゃなく。

本当に、この世界に実在していたのだ。

そのことが升野に伝わって、嬉しかった。

「でも、ナニコという存在は殺したくらいじゃ揺るがないんだ」

そして、升野が持っていた文庫本に目を落とす。

「読んでみてわかっただろ……ナニコは、死してなお揺るがず、ここにいる。十五センチの中に」

升野は口を押さえて、小さく嗚咽を漏らした。

「うん……、うん……」

と頷き、大きな瞳から大粒の涙がこぼれ出す。

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

理由はどうあれ、涙は美しい。絶対的に美しい。

頬を伝った筋が十五センチになった瞬間——

「いいんだ」

俺は何かに突き動かされたように升野を抱きしめた。

「え? ちょっ、なんだ? おい。これは何の冗談——」

焦り、取り乱す升野。

しかし俺を振り払うことはしなかった。

そして耳元で言う。

「……升野、好きだ」

瞬間、升野の体が強張った。

もう一度言う。

「ずっと好きだった」

「……まったく。お前は大嘘つきだな……」

次の瞬間、升野の体から力が抜けた。

升野は子どもをあやすように、俺の頭を撫でた。


×


俺の中にナニコがいて、升野の中にもナニコがいるとしたら、俺と升野はうまくやっていけるはずだ。

ナニコ——。

俺はナニコを信じてる。

膨張し続ける宇宙の中で絶対的に揺るがない十五センチを、信じてる。

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