第三話

 流石に入部してその日に飛ぶって事は無く、器具の説明やお手本など、後は受身の練習をして終り。

 次の日の放課後になると、押切部長が最初に背面飛びを見せてくれた。バーの高さは130cm俺の胸ぐらいまである高さを軽々と飛びマットへ体を預ける。体全体が弓のようにしなり胸を空に向けて高く跳ぶ、その姿はイルカを想像させた。


「綺麗……」


 離れた場所で飛ぶ順番待ちをしている俺たちの中で茜がうっとりとした声をだした。

 マットから降りた押切部長は大きな声を上げて合図をだす。


「用意が終わったら順番を決めて好きに飛んで構わないわよー」


 その声と共に俺たちの為に先輩方が初心者用に機材を変えていく、跳び箱の時に使う踏み切り板、これは複数枚の板が重ねて出来ており中はバネの役割でジャンプ力を上げる物だ。他にも当ると痛そうな竹棒からゴム製のふにゃっとした奴に切り替えられていく。


「うう、緊張するー」


 茜が両腕を合わせ足をバタバタとしているの見て不思議に思った。


「なんで? 何時も飛んでいるんだろ?」

「初めてだよっ。恥かしい話小さい頃から陸上で日本一を目指して居たんだけど、短距離を走っていてね、でも現実は厳しくて成績も伸びないし……去年の県大会があったでしょ。私は部活の先輩の応援に言っていたんだけど、そこで押切先輩の高飛びを見て感動して。だからこそ入部したんだって、まだ六日目よ」


 興奮しながら話す茜を見つめた。

 運動は出来そうな気はしていたがちょっと以外で何となく相槌(あいづち)を打つ。


「んじゃ、先どうぞ」


 恥かしいのか足をパタパタと動かしている。


「何でよっ、二宮君こそ先にどうぞ」

「あ、そうだ草薙。先に飛んだらって……なにニヤニヤしてるんだよ」


 俺は此処まで無言の草薙に話を振ったが、やけに物知り顔で俺たちを見ている。


「なんもーいやー今日は熱いね」

「そう? ちょっと寒いぐらいだよ」


 恐らく意味の解かってない茜は不思議そうに草薙の質問に答える。俺はその草薙の腹に軽いボディーブローをかますと大げさに倒れる草薙。直ぐに遠くから押切部長の怒号が飛んできた。


「誰でもいいから早く飛びなさいっ。部活でも締める所はきちんと締めるっ」

「は、はいっ」


 俺がスタートラインに付くと、押切部長の笛の音が鳴り響く。たしか軽い助走をつけ走り、直ぐに本気で走る。あとは規定の位置で空をけるイメージでジャンプするという良く解からないアドバイスを昨日茜から教えてもらっていた。

 俺はランニングから一気にスピードをつけ踏み切り板に右足の体重をかけ一気に体を捻る。空が見えたと思ったら次の瞬間にはマットの上に居た。


「やるじゃない、もう少し上も目指せそうね」


 押切先輩の声が聞こえ首だけを動かす、直ぐに体を起こすと100cmに設定されたゴムバーは落ちる事なくそのままだった。

 飛びきった感触に脳が震えている感じがした。


「さ、感動させて上げたいんだけど次ぎが詰まっているから場所いいかしら?」

「あ、はい」


 慌ててマットから降りて端へと移動する。次ぎは茜が飛ぶみたいだ。先ほどと同じく押切先輩の笛で走る茜は途中から腕を大きくふり踏み切り板に足をかける。そしてマットに背中を預け空をみてるのだ。

 飛んだことに感動して押切に駆け寄る茜。「先輩やりましたー見ててくれましたー」と喜び力一杯抱き締めるもんだから押切部長は固まっている、いや押切先輩だけじゃなく全員が固まっているのだ。素人の俺から見たって解かる、いくら踏み切り板を使ったからと言って俺の身長以上に飛んだのだから。


「須美さん……凄い、凄いわよっ本当に初めて?」

「はい。えっと変でしたか?」

「逆よ、凄いわっコレなら特訓次第で記録も狙えるわよっ」

「またまたー先輩はお上手なんですからー」


 喜ぶ押切先輩に、顔を赤くして照れている茜。順番が回ってこなく草薙が暇そうに座っているのが俺から見えた。それに気付いたのか咳払いをして笛を鳴らす押切部長だった。

 なお。草薙も100cmのバーを軽く越え押切先輩に抱きつこうとしていたのだが、筋肉自慢の近藤先輩に抱きつかれて悶えていた。

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