第四話

 五月頭に入り俺たちは短期合宿をする事になった。この頃には俺も補助無しで140cmを飛ぶ事が出来、茜に居たっては155cmを飛ぶ事が出来ていた。場所は隣町にある海沿いのお寺、押切先輩の親戚の家らしく高飛びの合宿というよりは親睦会や五月中旬にある大会に向けての息抜きもかねているのだろう、何時もの七人が参加した。


「今日からお世話になる法庵さんだ、それじゃ住職に押切、あとは任せたぞ」


 住職を紹介する二階堂第二顧問、紹介するだけしてさっさと帰えっていった。休日に借り出される先生に同情して誰も何も言わない。


「ほっほっほ。この辺は静かな所です、三日間ですがゆっくりして言ってください。去年も言ってますが浜辺から西のほうある洞窟には近づかないようにお願いします」

「部長洞窟って危険なんですか」


 茜が興味深く聞いている。


「そうね……普段は平気なんだけど男女がよくいくのよね」


 押切部長に代わって住職が説明をし始めた。


「あそこは人目が付きにくいせいもあって昔は身分差のある男女が密会の場所に良く使われたのじゃ。お掛けであそこで告白すると成就するってな。でもな、怖いのは満潮時期になるとすっぽりと海水に飲まれるで数年に一回は死人が出る場所なのじゃよ、奥には祭壇もあって荒らされると困るし、危険だからのー」

「はーい」


 はぁ身分差の恋か、告白すると成就する。俺と茜がこう、たき火を囲んで。『茜実は前々から俺は』『ナツ君、じつわ私もっ』


「あれナッツー部屋行かないの?」


 俺が独り考えていると、須藤先輩に呼び止められる。既に周りには誰も居なくぞろぞろと集団行動をしていた、何時の間にっ。


「え。ああ行きます、行きます、直ぐにっ」


 俺は荷物を肩に背負うと須藤先輩が俺に耳打ちをする。


「ナッツー。茜ちゃんを見すぎ、あれじゃ茜ちゃん以外バレバレだっちゅうの」

「な、ななな。見てませんしっ」

「そう? まぁ良いんだけどさー部長は頭固いから気をつけなー。依然も女子目当ての部員が居たけどいつの間にか居なくなってたからさー。はぁ全く近藤は筋肉しか目がなし、折角入った一年は別な子を追いかけてるし、もう一人の若い男は三枝先輩が唾つけようとしてるしー。ん? 青い顔してどうしたの?」

「え、俺、部長に茜のTwinsのID教えてって頼んだんですよね」


 須藤先輩は小さく首を振ると俺の耳に口元をよせてきた。


「諦めた方がいいね、ご愁傷様。なんならアタシからも聞いといてやるよ」


 捨てる神居れば拾う神ありっ。俺は精一杯頼み込む、先輩の指先は小さく円を描いていた。ソリャソーデスヨネ。俺は黙って財布から千円札を先輩に手渡した。


 須藤先輩と別れ男子三人が使う部屋に俺は一人でうな垂れた。近藤先輩は自主トレに行き、草薙は散策してくると消えた。俺は考え事をしていたのだ、だって千円もあったらコンビニで豪遊できるし、しかし茜のID手に入れるには安いもんだし――。

 あーもう、考えてもしょうがない。暇な時に読もうと思った陸上雑誌をパラパラと眺める。

 部屋がノックされた。こんな殺風景な部屋にノックとは誰だっ。直ぐに開けると困った顔の押切先輩が立っている。


「げっ部長」

「げっ。って何よっ」

「いや、何でもないっす。所でどうしたんですか」

「変な子ね……。そうそう二宮君、買い物に付き合ってくれるかしら。バーベキューのお肉や飲み物なんだけど買い忘れて居て、野菜は今他の女子に行って貰っているから。後は飲み物なの、近藤先輩も草薙君も居なくて……」

「俺で良ければいいですよ。じゃっ行きましょうか」

「本当? 助かるわ」


 軽い気持ちで返事をすると地獄を見るというのを体感した。五月というのに気温が既に二十度を越える中ペットボトルの箱を二つ持つ俺は帰り道ふらふらしていた。それでも、それでも女性との買い物だ泣き言は言わないっ。


「あ、そうそう。はいこれ」


 まるで渡し忘れていた書類を渡すように俺に小さな紙を渡す押切先輩。指の間で挟むと俺の頭にクエスチョンマークが並ぶ。


「あのねー二宮君が知りたがってたんじゃない須美さんのSNS、私としては部活内恋愛は禁止。だから、回りにばれないようにっ。そもそも本人に聞きなさいよ、まったく須美さん困っていたわよ」


 やったっ――。


「なんだ噂みたいな部長じゃないじゃん」


 思わず心の声が出てしまった。押切部長の顔が笑顔のまま凍りつく。


「どんな噂からしら?」

「イエナンデモナイデス。ブチョウハヤサシイナー」

「なんで片言なのよっ。ったく、良いわよどうせ何となく解かるから。別に記録に関係無いなら良いわよ。去年なんか態々女子の服を盗むのが一緒になってね、隠密に辞めて貰ったわ。そういえば二宮君の夢って何かしら?」


 夢か……考えても居なかった。最初に入部したきっかけも校舎から見た彼女、須美茜の姿だったからだ、茜が押切部長に憧れているように、俺は茜に憧れる。


「部長の夢って……やっぱりインターハイですか?」

「私? 私はそうねえ、それも一つだけど無理ね。長くやればやるほど自分の限界ってのがわかって来るのよ。押切さんのジャンプを見た時に確信したわ、私は恐らく後数年で終り。でも彼女には先が見えるのよっ、だから私の夢は彼女を育てる事かな、その為には何だってやるつもり。本人は内緒よ? 彼女私をちょっと崇めている付しあるから」

「はい」

 

 先輩の顔はちょっと寂しそうな顔をしていた、恥かしいのか怒った顔をしてくる。


「ちょっと、変な話しちゃったかな、忘れて、先に帰るわね」


 俺が返事をする前に声が小さくなっていった、箱の隙間から顔を出す頃には押切部長は軽い足取りではるか先へと走っていった。

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