(二)藤代 颯馬

「久しぶりに新宿で買い物して帰るから、仕事終わったらちょっと付き合ってくんない?」


 午前中のインタビューを終えて迎えた昼休み、休憩中の優希に誘われた颯馬は、「別に、いいけど」とそっけない返事で口約束を交わした。


「待ち合わせ場所は東口の側にあるロータリーあたりで。十八時にあがりの予定だから、適当に時間を潰しといてくれ」

「おっけーおっけー。それじゃ、終わったら連絡よろしくー」


 そんな立ち話をしていたことを人づてに聞いたのだろう、十八時になって颯馬が仕事を畳んでいると、氷山が「オフレコでインタビューのチャンスだからなー」と声を掛けてきた。「うす」と返事をするや否や、強引にボイスレコーダーを掴まされる。冗談とも取れる業務命令に「勘弁してください」と言い残し、颯馬はオフィスを出た。

 勿論、ボイスレコーダーは持ってきた。上司命令には逆らえない。


 春の大型連休を終えると同時に工事を終えた新宿駅東口の駐輪場にバイクを乗り付けると、約束通り、優希が待ってくれていた。隣にいる美冬はスケッチブックに風景画を描いているようだ。アルタ前の落ち着かない雑踏景色に真剣な眼差しを向けている。


「ショッピングって言ってたけど、なにを買いに行くんだ?」


 颯馬が尋ねると、優希は「本」とだけ呟いた。


「本?」


 颯馬が鸚鵡おうむ返しに繰り返すと、優希がこくりと頷く。


「そろそろ情報をインプットするために本を買わないといけないなって思ってさ。今日は時間もできたし、ありがたいことに印税も入ったから。ついでだったから颯馬に最近のオススメを教えてもらおうかなぁって、そういう魂胆なわけ。あそこで働いてるんだから色々と知ってるでしょ?」

「期待に添えるかは分からないが、それなりには……」


 印税と聞いて、そういえば優希にはどれくらいの額が振り込まれているのだろうと、颯馬の脳裏にふとそんな考えが過ぎる。それと同時、そんなことを考えた自分の現金さに呆れてしまった。


 彼女がいくら稼いでいようが、なんの関係もないというのに。


 気を取り直して颯馬は続ける。


「先生のご期待に添えるよう努力します」

「ちょっと待って。それ駄目だ。外で先生っての禁止で。呼ばれ慣れてないから恥ずかしいし」


 これまで通り呼び捨てでよろしく、と照れくさそうに微笑む彼女の頬が夕焼け色に染まる。「普通に考えて、先生なんて呼ばれる歳じゃないから。分かった?」とさらに念を押してくる。


「それと……。ほら、いつまでもスケッチしてるんじゃないの。早く行くよ?」


 照れ隠しか、颯馬の返事も待たずに優希は美冬に寄りかかった。


「まだ全部終わってない。もうちょっと時間くれない? あと五分で仕上げるから」


「しょうがないなぁ。ちなみにそれは作品に使うやつ?」


「いや、ネタ集めかな。いずれ使うかもしれない風景かもだから。思い立ったら描き留めておかないとね」


 美冬のスケッチが終わるのを待ち、新宿駅東口から歩いて数分の距離にある紀伊國屋書店に入る。颯馬がどの階に行くのか尋ねると、優希はさも当然のように「とりあえず一階から最上階までを舐めるように」と言った。


「もうちょっと絞らないか?」

「いんや、絞れない」

「俺が合流するまでにも時間あったじゃねぇか」

「たった数時間で絞れたらあたしも困んないんだけどね」


 美冬が「ユーキは優柔不断だからねぇ」と微笑んだ。


 優希は少しだけ口を曲げる。


「本を読んだり書いたりするので迷うの、好きなんだもん。ドリーム・リアライザーはどこから話をもってこようか、毎回迷うんだよ。読んでいれば分かるでしょ? プロット作るのが遅いのもこういう迷いからだけど、これって性分だから仕方ないの」


 昼間に話を聞いたときには、現在、第六巻の構想を練っているとのことだった。デビューから一年半ということを考えると、新刊発行のスピードはそこそこ、という部類になるだろうか。彼女は自分で遅いと言うが、もっと遅い作家は山のようにいる。


「もうちょっと新しい視点が欲しいかなって思ってさ。宗教とか、ミステリーとか。でも、風呂敷広げるのも良い加減にしろって、氷山さんにそろそろ本気で怒られそうだしな……」


 そんなことを呟きながらマルクス経済学やドラッガー組織論の本を取り、目次を見ては小首を傾げて書棚へ戻す。ものの十分程度で売り場を後にし、次の階へ。


「結局何も買わないんだな」

「経済って気分じゃなかった。最近はミステリも嵌ってるけど、やっぱり文学かファンタジーだよね。颯馬のオススメ、教えてよ」

「やっぱりドリーム・リアライザーが面白いかな」

「えっ、いや、あの、そういうのいらないから」

「最近また読み返してるんだけど、本当に面白い。物語に滲み出る作家自身の貪欲さとか、そういうのもひしひしと感じるしな」

「お、おう。そう言ってもらうの、なんだか恥ずかしいな……って、そういうべた褒めはいいから、ほんとに。間に合ってるし。お腹いっぱい胸いっぱいで許容量超えてるし」


 またも照れ隠しなのか、そっぽを向いて頭をぽりぽり掻きながら、優希は文学コーナーへと消えていった。


 けれどすぐに引き返してくる。どうやら興味を惹かれる本はなかったようだ。


 次に訪れたのは漫画、青少年向けの雑誌、ライトノベルの積まれた売り場スペース。


 到着するや否や、今度は美冬が唐突に「じゃあね」と告げて、イラストレーターの画集が陳列されている一角へと足早に向かっていった。


「あいつもあいつで変わってるよな」


「変わってるからこそクリエイターなんだよ。羨望せんぼうを集めるのはいつだって、一般大衆が持ち合わせていない感性を持った変人なんだ。あたしらはちょっと浮き世離れしてるくらいが丁度いいのよ」


 実際、そうなのだろう。クリエイターという人種は往々にして感覚がずれている、と颯馬は思う。思い返すと、一年ちょっとバイトをしてきた中で出会ってきた作家は軒並み変人ばかりだった。


 美冬の背中が見えなくなってから、優希と二人でライトノベルコーナーへと足を運ぶ。


「大々的に宣伝されてて、恥ずかしい」


 新刊として平積みされているその数は、ざっと数えただけでも五十冊以上。アニメや漫画の専門店でもないのにこの数が陳列されているのは、それだけ売れるということの証。


 今日は鳳凰文庫の発売日。目の間には、稼ぎ頭である『ドリーム・リアライザー』の第五巻が積み上がっている。売り場の前面に平積みされた新刊の帯には『累計発行部数百万部突破!』の文字が躍っていた。


 平積みされた台の周囲をうろうろしながら観察する。やがてやってきたのは、高校生のグループ。制服を着た男子数人がわいのわいのと談笑し目を輝かせながら『ドリーム・リアライザー』の新刊を次々と手に取っていく。最新刊の発売を楽しみにしていたのだろうことが手に取るように伝わってきた。


「ありがたいよね。こうやって、あたしが好き勝手に執筆してる作品をさ、こんな風に楽しみに待ってくれている人がいるのって」


 優希は平積みされた新刊の一冊を手に取ると、その表紙を慈しむように撫でる。まるで、我が子をあやす母親のように。


「ボイスレコーダー、氷山さんから受け取ってるでしょ。」

「あるけど……急に、どうした?」


 颯馬が尋ねると、優希は少し照れくさそうに呟く。


「今だったら、本音で独白できる気分だからさ、気がそれる前に録音しよう。きっと雑誌で使えるでしょ」

「お……、おお。そういうことか。わかった」


 ボイスレコーダーが本当にこんな所で役に立つとは思わなかった。スイッチを入れて、優希に手渡す。彼女はそのまま口元に機械を近づけて、ゆっっくりと語り出した。




「デビューが決まった時さ、たまらなく嬉しかったんだよ。自分の妄想を書き落とした文字の羅列を面白いと評価してくれる人がいてくれた。それで世界に認められた気がしたんだよ。


 元々さ、作家になりたいというよりも、なにかで誰かに認められたかったんだよね。小さい頃から両親がいなかったし、親戚の家をたらい回しにされたから、本当にあたしって必要とされているのかって気持ちがずっとあった。あたしはここにいるぞ、誰か認めてくれよ、って必死に叫びたかった。その手段が、あたしの場合は小説だったってだけでさ。あ、そうそう、あたしの生い立ちとかはオフレコで。


 そういうわけだから、あたしがほしかったのはお金とか名誉じゃなくて、存在価値そのものだった。


 だから受賞したときも、あたしには作家の才能があったんだ、なんて微塵も思わなかった。お金ががっぽり手に入ることなんておまけだった。この世界で作家として生きていていいんだ、あたしにはその価値があるんだって、そういう実感だけが宝物になった。価値を求めて我武者羅にやってきたものが報われた気がしたんだよね。


 その結果、書いたものが出版されて、売り物になってる。しかも今では次期稼ぎ頭とまで言われてね。


 それが誇らしくもある一方で、当然だけどプレッシャーなんだよね。一冊数百円で、読むのに二時間とか三時間くらい? 青春時代の貴重な時間だよ。しかも相手は中高生だから、なけなしのお小遣いをはたいて、あたしの本を手に取って読むわけさ。だから、相応の価値を、面白さを、楽しさを、満足感を提供しなきゃいけないんだ、って責任感ばかり大きくなっていく。皆が買ってくれることがありがたい反面、それがどんどん大きな重圧になるわけ。


 自分の作品に絶対的な自信なんてないから、不安になるよ、そりゃ。一巻であんな台詞を主人公に言わせておきながら作家がこんな肝っ玉小さいとか笑える話だけど、読者の期待は、あたしにとってはあたし自身の存在価値とイコールなわけだし。


 読者の期待を超える作品を書いていけるのか。落胆させていないか。読者が面白いと感動じてくれる物語なのか。一行を起こすたび、その不安に駆られる。お金を頂いて執筆している以上、読者の期待や評価を気にせず物語を続けるなんてあたしにはできない。


 書きたいものを書くだけなら同人でやればいい話だし。


 あたしが書きたい物語と読者が書いてほしい物語とがずれてないか気になるというか、ジレンマ、というか二律背反? いや、まぁ、そんなどうしようもない感覚に苛まれたりしてね。やるべきこととやりたいことと求められていることがかっちり噛み合っているのか、常に不安で仕方がないんだよね。


 きっと美冬もそうかも。挿絵だってちゃんと構図を考えたり、きちっと描かないと読者がついてこないってことを美冬はきちんと理解してる。なまじ同人での人気がある分、あの子のほうが余計にしんどいかもね。


 まあ、そんなわけだから、氷山さんには二人して感謝してる。


 デビューが決まって、初めて氷山さんに挨拶したとき、あたし、彼女からこう言われたんだ。いまでも、一言一句正確に言える。


『あなたの作品は、しっかりと育てる。絶対に売れる作品だから。読んで面白いと感じる作品だから。売りたいと思える作品だから。私に信じて、ついてきて。あなたの作品が人気作になるための、そのすべての筋書きを描いて、作り上げて形にする。それが私の仕事』


 この言葉を聞いたとき、なんて格好良い人なんだ、って思った。もう、震えるし、惚れるよね。そんなこと言われたら、雛鳥みたいな新人はコロッとやられちゃう。イチコロだよ。


 尊敬するしかないわけよね、編集という仕事に。


 しかもさ、言葉通り、氷山さんはあたしをここまで連れてきてくれた。あの人、ほんと凄いね。有言実行だもの。中々できることじゃない。美冬を無駄遣いしてる作家だなんて読者に言わせない場所に立てたのは、氷山さんのおかげ。


 ここまでこれたのは、あたしだけの力じゃない。氷山さんと美冬は勿論、あたしの作品を好きでいてくれて、応援してくれて、愛してくれた人がいたからだよね。そして、これからもそう。


 もう累計百万部? そんなに大勢の人が読んでくれてるんだよ。


 ファンレターもたくさんもらって、ありがたく読ませてもらってる。だからこそ、そうやって支えてもらった分の恩を返すには、やっぱり書き続けるしかないって思い直せる。


 もう、『ドリーム・リアライザー』はあたしだけの物語じゃない。きちんと読者が納得できるように落とし前つけないといけないんだ。それが、あの物語の創造主であるあたしの使命。


 発売日になるとさ、毎度、それを思い直すんだよね」


 長い独白を終えると、一息ついた彼女は、ボイスレコーダーのスイッチを切った。押しつけるようにして颯馬に返すと、売り場に戻り、自分の作品を一つ手に取ってそのままレジへと持っていく。


 そんな彼女の背中を見ながら、颯馬は、氷山の「オフレコでインタビューのチャンスだからな」という言葉を思い出した。


(流石、氷山さんだな。抜かりない……)


 彼女の一言一句を焼き付けたボイスレコーダーを、バッグの底に仕舞い込んだ。


 弱冠十八歳で大人気作品を創造する神の本音。それが、ここに収まっている。


 面白い作品を当たり前のように数ヶ月おきに創り出し、読者からの感想にときとして歓喜し、あるいは怯えながら過ごす日々。


 人気であればあるほど、その小さな背中にのしかかるプレッシャーは計り知れないものになる。


 それは、創造主たる原作者だけが抱えることの許された孤独な世界だ。


 彼女は、ファンの声と作品を彩り届ける人に支えられながら、ここにいられることに感謝して、その恩を返そうと努力している。


 この歳で、それだけのことができる人間がどれだけいるだろうか。


 この歳で、その想いを実現できる力を持つ人間がどれだけいるだろうか。


 才能だって存在価値だってある。運も強い。そうじゃなかったら、敏腕編集者がここまで惚れ込まない。作品はここまで売れない。なにより、反響を呼んでアニメ化など、絶対に実現しない。氷山という編集担当としての助力は大きいだろうが、無から有を生み出すのは友野ユーキ以外には存在しないのだ。


 こういう人間に巡り会えるから、編集業ってのは、面白い。


 颯馬はその感情をいつもより強く、強く噛みしめる。


 自分が書いた新刊を一冊。会計を済ませて戻ってきた優希は、どうみても一介の女子大生にしか見えない。どこにでもいるような大学生の風貌をしながら、この国で数少ない高額納税者。そのギャップが上手く頭の中で結びつかない。


「ベストセラーなんかで颯馬のオススメってないの? 流石に自分の作品だけ買ったんじゃ来た味気ないし、なにか買わないと」


 戻ってくるなりけろっとした顔で聞いてくる優希に、颯馬は首を捻って答える。


「最近だと、村野先生の『残鬼ざんき執念ねん』かな。ホラー系の新作。目で追いかけるだけで竦みっぱなしになる描写とか言葉選びってのは流石だよ。怖くて読みたくないのに先を追いかけたくなる。頁を捲らせる、読ませる力ってのは、ああいうことを言うんだろうな」


「実はもう読んじゃったんだよね、それ。先生の作品は全部集めてるからさ。三回くらい読み返しちゃってるし」


「だったら、他か。あとは辻堂秋葉先生の『夢の欠片』か。こっちは十代の青春小説って所かな。十代らしい青春活劇に、心の脆さとか感情の発露とかが物語に上手く噛み合わさってる」


「それは知らないや。新作コーナーにあるかな?」

「今月頭に発売だったから、まだあ――」


 優希は颯馬の言葉を聞き終えることもなく、「ちょっと買ってくる」とハードカバーが陳列されている新作コーナーへと飛んでいった。


 優希が二度目の会計を済ませると同時、美冬も自分の世界から戻ってきた。


「あんましめぼしい資料がなかったわ。駄目ね。今日は巡り会いが悪いのかも……」


 肩を落として悩ましい顔を浮かべる彼女は、それにしては落ち込みすぎているようにも見えた。


「美冬、どうかした?」


 伏し目がちな美冬に優希が声を掛けると、美冬は、「ちょっと、二人に付き合って欲しいんだけどさ……」と呟きながら、申し訳なさそうにして軽く頭を下げる。


「俺は時間あるし、いいけど。それで、どうした?」

「友達への誕生日プレゼントって、どれくらいの金額のものがいいのかな、って。真剣に考えてるんだけど、なかなか良い案がなくって」


 ぼそぼそと消え入るような声で疑問を口にした美冬は、真っ白なタイルを見つめたまま、誰とも目を合わせようとしない。目元を隠すように黒髪がゆらゆらと揺れている。


「急にどうしたの? いままで、そんなことで美冬が悩んだことなんてあったっけ」


 優希の問いかけに、美冬は首を横に振った。


「いや、ないよ。なんていうか、色々と難しい間柄なんだよね」

「難しい間柄、ね」


 颯馬はその言葉だけ復唱した。

 近からず遠からず、ということだろうか。曖昧で掴みようのない距離感。そんな相手に誕生日プレゼントというのは、なるほど確かに難しいように思える。だから慎重になっているのだろう。


「実はその子の好みとかもあんまし知らなくってさ。それに、聞き出しにくいっていうか」


「そんな相手なのに、なんで誕生日プレゼントなんか渡すことになったの」と優希が少しだけ声を弾ませる。美冬の反応を面白がっているようにも見える。美冬もそんな優希の態度に気付いたのか、余計に下を向いてしまい、顔が髪に隠れてしまう。


「それは、その。色々とあって……。クラスでそういう企画が流行ってるのよ」


「色々、か。なるほど。最近は大学生もそういうことやるんだ」


「最近の大学生はあんたも同じでしょ!」


「いやぁ、あたしんとこはそんなん全然だし、すっごいローカルなんじゃないの? どこの誰が流行らせたわけ?」


「だ~か~ら~っ! そういうこと聞かないのっ! ったく、作家なんだからこの程度の裏なり機微を読みなさいよ……」


 美冬の呆れた声は、優希にこそ届かなかったものの、隣にいた颯馬はばっちり聞こえてしまった。


 なるほど、そういうことらしい。


 とはいえ、関係性を有耶無耶に誤魔化したということは、そこに颯馬は介在しなくても問題ないということだ。裏返せば、変に勘付かれると支障を来す状況でもあるというわけだ。


 気にはなるが、こうはぐらかされてしまっては踏み込みようもない。


「無難な線に走るんだったら、文房具とかだろうな。重すぎないっては大事だろ。それか、強引に自分の趣味に引き込んでしまうのもありだな」

「例えば?」

「映画とか。恋愛チックなやつかよりは、重苦しくない流行(はやり)のもんだな。あとは食事。でも、どっちもそれなりに仲良くないとハードルが高いかもな。うーん……合コンとか?」


 颯馬が腕を組んで唸っていると、「颯馬くん」と美冬が呼びかけてきた。


「そこまで真剣に付き合ってくれなくていいよ。なるほど文房具ね。結構無難な線かも……。参考になったわ。ありがとう」

「そ、そうか。こんなんで役に立ったならいいけど……」


 メモ帳を取り出した美冬は、胸ポケットに入れていたサインペンで熱心にメモしていく。プレゼントのアイデアを書き留めているようだ。


 その様子を眺めていると、黙りこくっていた優希が、肘で颯馬の脇腹を軽くどついてきた。


「やるじゃん。さすが、二十歳の大人はいいこと言うね」

「何が?」


 颯馬の問いに、けれど優希はにへら、とにやけるだけだ。


「大したことを言ったつもりはないんだけどな。っつか、そっちこそ道化のつもりか?」


「いやいや、あたしは作家だよ。下手な真似はしないと決めてるだけ」


「そうか。まぁ、道化を演じてることに文句があるわけじゃねぇからいいけどよ。にしてもな……そうか」


 美冬が懇意にしている相手はどんな人なのだろう、と積極的に詮索する気もないけど、心の片隅に引っ掛かる。


 まあ、もしそれが恋とか思慕ということだとするなら、いずれ上手くいったときにでも教えてもらえるだろうか。


「さてさて、あたしの買い物も済んで、美冬の悩みも解消したし、帰ろっか――っと」


 優希がそう切り出して、自然と三人して書店の出口へ向かおうとした矢先、優希のスマートフォンが鳴った。彼女は少し訝しむような目を画面に投げてから応答する。二、三やりとりして電話を切ると、優希は「どうしよう」と、戸惑いの表情で呟いた。


 美冬が優希の顔をのぞき込み、「誰からだったの?」と尋ねると、優希は「文香からだった」とだけ返してきた。


「それは珍しいな。で、どうしたんだ?」


 今度は颯馬が聞くと、優希は「これ、あたしが二人に言ったってこと、絶対に本人に秘密ね」と前置きして、ここにいる二人だけが聞き取れる小さな声で言う。



「文香からさ……小説を読んで欲しいって、言われた」



 ここにいる三人を取り巻く空気の流れが止まった。


 美冬は一拍遅れて、「そう、なんだ」とだけ溢す。


「やっぱり友達だし、読んだほうがいいのかな」


 優希の戸惑う声に、美冬も颯馬も返す言葉が浮かばなかった

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