第41話 彼女の未来

「そ、その顔は……」


 ボスは姉妹といったが、確かに似ている。

 ノーラの可愛らしさとは違ってボスは妖艶ともとれるが、きっとノーラが成長すればこうなるのだろう。


 姉であれば俺に恨み言の一つも言えよう。

 これで『おあいこ』で済まそうとするのであれば、姉としての落ち度を認めたのだろうか。

 しかし腑に落ちない点がある。


「姉妹にしては歳が離れすぎているだろう?」


 客観的に見れば、歳の離れた姉妹でも十分通用する。

 しかしボスは言っていた、彼女自身は永い年月を過ごしてきたと。

 一方、少ない期間に限定されるが、ノーラはまだ成長過程にしか過ぎない。

 どんなに妥協しても親子関係ぐらいにしか考えられないのだ。


「姉妹と言っても双子に近い関係かしらね」


 ボスは少々訂正を入れるが、それでは尚更話がおかしい。

 俺はまた、からかわれているのだろうか。


「まさか時間を越えてきた、とか言うんじゃないだろうな?」


 そんな発想が出てくるのも、俺も随分ボスの文明水準に染まっている。

 彼女なら冗談ぬきで、そんな荒業も可能なのかもしれない。


「そうね、私は遠い未来からやって来たといえば信じるかしら?」


 それは俺の中の仮定が確定に変わった瞬間だった。

 どうりで俺の言動を予め把握している嫌いがあったと思えば、そういうことなら納得も出来る。

 しかしその結論だけに甘んじてはいられない。


「それじゃあ、ノーラがこうなることも知っていたんだよな?」


 俺はこの時、過去に干渉することによって未来が変わってしまう、そんな発想には全く及ばなかった。

 ただ、ボスならノーラこのような目に遭わす前に救済できたはずだと。


「知っていたわ、でも同じ存在同士がお互いの意識を疎通させることは出来ないの」


 つまりそれは未来の存在は過去の同一人物に認識されてはならないということ。

 ボスがノーラを回収できたのも、ノーラに意識がなかったから。

 余談だが、ボスがこの時代に降臨したのは俺と出会う少し前だという。


 その時の俺には彼女が言っていることが全く理解できなかった。

 それを察した彼女は、驚くべき行動に出る。



 彼女は外套の前を開け、左右に広げてみせた。



 それは以前、少しばかり見えてしまった裸体。

 しかし今回は時間が止まっている。

 実際止まってはいないが、瞬きする時間を惜しむ必要はない。


 もちろん秘密の部分も丸見えであったが、驚くことろはそこではない。

 その双丘の間には大きな模様があった。

 それは良く見なければ分からないくらいだが、見覚えがある。

 俺が先程見せ付けられた少女の傷跡と似ている、いや同じか。


「名前、聞いてもいいか?」


 今なら分かる。

 何故この質問に、これまでボスが答えようとしなかったことを。



 彼女は俺の耳元まで近寄り、俺が思った通りの名を告げる。



 それを聞いても、錯乱しすぎて、素直に認められない男がそこにいる。


「き、傷跡なんてみんな同じようなものだろ?」


 彼女は優しく微笑みながら、何やら黒っぽい物体を取り出した。

 良く見ると刃物で貫いた跡があった。

 彼女はそれを自分の胸元に宛がって、傷痕に位置を合わせ、俺に見せ付ける。


「これがなかったら、私は助からなかったわ」


 それは蘇生すらできなかったという意味だろうか。


 そして俺に手渡すが、その形、重みには覚えがある。

 見てくれは違っていたが、それは俺が弟子に与えた皆伝の証書代わりの冊子。

 その色は血が変色したものであったが、とても先日血に染まったものとは思えない。

 胸の傷跡同様、時の流れを醸し出していた。



「なぜこれを胸に?」


 俺は落ち着きを取り戻していたが、俺はまだ完全に彼女の話を信じていない。

 未来で情報を得ているのなら、しかも彼女の力ならいくらでも取り繕える。


「あら、忘れたのかしら?冊子の最後の方に、身の守り方としてそういう風なことが書いてあったわ」


 今はもう血が染み込んでいて冊子としての役割ははたしていない。

 それでも確かに俺はそのようなことを記述した覚えはある。

 しかし思うに、俺はあの時、彼女と一緒に冊子を貫いたことに気付かなかった。

 我ながらまだまだ未熟といったところか。


「それに、大事な人がくれた物よ。思春期の女の子らしい健気な発想でしょう?」


 彼女は何の恥じらいもない様子で、その格好のまま詰め寄ってきた。

 あざといとも思えるが、俺がまだ彼女を信じきっていないことを見透かしてのことだろうか。

 俺は後ろめたい気持ちで目線を例の冊子に持っていく。


「刺し跡がひとつ多いのだが?」


 俺が指差すところには、もう一つ貫いた跡があった。

 一度目より浅いものであったが、その二つが十字を描いている。


「私がこれに助けられたのは、一度ではないのよ」


 その時は無傷だったのか、血で染まった部分が削れていただけのよう。

 そこには俺の知らない物語まで刻み込まれているようだ。

 ただ俺を騙すだけならば、そんな演出は必要ないだろう。


 それに今思うと、俺がノーラを斬った際、自分のことだったからこそ、ああも感情的になったのだ。

 そして自分のことだったからこそ、ああもあっさりとその結末を受け入れた。



「これで『おあいこ』でいいのか?」


 俺が彼女を殺しかけたことにしてみれば、彼女が今したことはほんの悪戯程度でしかない。

 今その差分を埋め合わせする流れではないのだが、俺はそれ以外の言葉が見つからなかった。


「それについても、お話ししようと思っていました」


 ボスは急に俺を先生と呼んでいたノーラの言葉使いとなった。


 その体で小娘のような口調だと、正直、その変化に心臓が貫かれるような気分になってしまう。

 しかしそれが本当にノーラとしての言葉であるのなら、ボスは決して俺をからかっていなかったことになる。

 それならば、俺は真剣に聞かなくてはならない。


「私はずっと自分の過去を隠してきました。あの時は追い出されるかもしれない不安、そして嫌われるのが辛くて、どうしても言えなかったのです」


 それは、かつてノーラが『いつかお話します』と先延ばしにしてきた告白。

 その『いつか』が今で、何十、何百年と回り道をしてきたのであれば、近いようで遠い未来の話だったのだ。

 もうこの時点で彼女の話が嘘かどうかなんて考えられなくなっていた。


「先生の左腕を傷付けたのは、他でもない私。だから私が先生を恨むことは筋違いで、斬って捨てられも、自らの因果だったのです」


 俺は左腕が使えなくなった経緯を思い出す。

 あの時は終戦直後で俺も気が緩んでいた。

 いい大人が子供を追い回しているのを見かねて手助けしてしまったのであるが、庇い立てした子供に切りつけられることとなった。

 それは俺をも恐れた子供の勘違いであったし、その時は大した傷ではないと思い、そのまま放免したのである。

 その子がノーラであったのは何かの運命だったのだろうか。


「御免なさい。あの時寄るべがなかった私は、本当に追い詰められていたのです」


 罪の意識に苛まれた彼女はその数年後、俺とこの地で再会した。

 数年もすれば女の子は変わる、それに俺が気付けなかっただけで、再会自体に不自然さはない。

 俺に剣を教わる名目で居候しながら、小さなノーラは俺に償う方法を考えていたのだろう。


 そうでなければ『一生お世話します』なんて言葉はそうそう出てくるものでもない。

 それに俺の左腕が再起不能ではなかったことを知った時の、あの寂しそうな、諦めたような顔にも納得がいく。


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