第40話 戯れの神々

「ボスは何故こんなことを考えたんだ?」


 これが最後になるのなら、俺は彼女に訊いておこうと思った。

 俺の目的を果たすまでは黙っていたが、今なら機嫌を損ねても、そこで刀を返せとは言わないだろう。


「そうね、先ずは実験をしてみたかったというところかしら」


 彼女は古代の文献から得た『仮想空間』なるものの説明を始めた。

 その世界では空想の物語が設定され、人が擬似的な存在として身代わりを演じることで物語に介入する。

 そんな先進文明の娯楽があったそうだ。

 世間でおとぎ話として伝えられている、鬼や魔王の概念はその名残りだという。


 今の現状での物語りとは、魔王の凄む迷宮の奥には財宝が隠されているといったところか。

 擬似的な存在とか身代わりの概念は、俺が波長によって鬼を操った経験から何となく理解はできた。

 その仮想空間とやらでは、退治する側も何らかの媒体を介して操作する仕組みなのだろう。

 要するに、それは大規模な人形遊びのようなもの。


 そんな遊びが発達するということは、それはそれは平和な世界だったのだろう。

 しかし文献によると、その平和は大地をも消滅させるような兵器の賜物。

 そんな強大な抑止力同士の均衡で成り立っていたという。


 古代の文明はその均衡が保て切れずに破壊兵器の餌食となったそうだ。

 戦争が起こらなくなったことで生まれる人口問題、例えば高年齢化社会の蔓延等。

 人々は仮想世界に熱中するがあまり、それらの問題に少なからず加担していたようだ。

 結局そのはけ口は人同士の確執を生む、または強めることとなるが、長い間先延ばしにされた。

 最後は限界まで膨らんだ風船のように、一気に暴発し跡形も無くなったという。


 それなら仮想世界を現実化してみよう、というのがボスの考えだった。

 れっきとした人類の敵を創ることで共通意識を芽生えさせ、人同士の争いを制御。

 そして危険な存在を人の実生活に組み込むことで、人口すら調節するという。


 勿論そんな話は俺にとって、それこそおとぎ話と言ってもいい。

 それでも理屈は理解したが、理解したが故思うところはある。


「人はいつか死ぬように、文明もいずれ滅ぶものだろう?それが自然の摂理じゃないのか?」

 

 俺は人生の大半を戦いの中で生きてきたのだ。

 生死の狭間を見てきた者の達観した、ある意味、偏った意見かもしれないが。


「そうかもしれないわ。でも、永く生きていると色々試したくなるのよ」


 最近彼女の存在を身近に感じていたのだが、そう言われるとまた離された気分になる。

 彼女は雰囲気からして「お姉さん」と呼ばれる域を出ないが、はたしてどれくらい生きてきたのだろうか。

 とにかく彼女のしていることは、いわば神のきまぐれにしか過ぎないのだ。



「ボスは一体何者なんだ?」


 今更恐れをなしたわけではないが、絶えず疑問に思っていたことである。

 これも最後なら、彼女の機嫌を損ねてでも訊いておきたいことだ。


「一応これでも人という存在よ。そうね、あえて言うなら、あの小娘ちゃんと同じ人種かしら」


 ノーラと同じというのなら、また手の届く存在だと思えてくる。

 フードから覗かせる髪の色も、言われてみれば同じかもしれない。


「彼女と私の主な違いは、過去の文明に通じているかどうかかということ」


 俺の質問を察したように、彼女は続ける。


「だから彼女も時が来れば、いずれ私と同じになるわ」


 ボスはまるでノーラが生きているように言うが、それは違う。



 -----彼女はもう…いない…-----



 俺は確かに彼女を殺めたのだから。

 もし生きているのなら、リンデが死を覚悟してまで罪悪感に苛まれることもなかった。


「本当にそう思うのかしら?」


 俺はボスが何を言っているのか分からなかった。

 それでも彼女は続ける。


「私が同胞をそのまま死なせると思って?」


 彼女がノーラと同じ人種ということで失念していたが、彼女にそんな力があってもおかしくはない。


「生きて…いるのか?」


 ボスが言うには、ノーラが息を引取ったとされたところで強制的に保護したそうだ。

 今は迷宮最深部の治療室で胸の傷を癒しているとのこと。

 ノーラが蘇生できる場所は、現代の医療から考えるとそこしかないのだろう。

 そして蘇生後もカーシの目から遠ざけておく意味もあったのだ。


「今は絶対安静だけど、会いにいってみる?あなたに話したいことがあるそうよ」


 彼女の立場上、誰にも知れないように移送したに違いない。

 リンデと別れる時、彼女が言いかけたのはこのことだろうか。

 消えたノーラの遺骸について知っていることはないかと。


「いや、俺には合わせる顔がない」


 彼女が生きていて嬉しくないわけではない。

 今がどうであれ、俺が彼女を殺めたという事実は消えない。


「それでもあなたは会うべきだわ」


 ボスは俺に後姿を見せながら、そう訴えた。

 彼女はその足で向かうのだろう。

 その後ろ姿は俺について来いというのだ。


 許してもらおうとは思わないが、ノーラが会いたいというのなら会いもしよう。

 しかしそれ以後は二度と顔を合わすつもりはない。

 それが人を殺めるということなのだ。


 そんな風に考えていると、俺はいつの間にかノーラが横たわる部屋に着いていた。


 彼女は全身裸にされて、ガラスでできている棺桶のような箱、その中で眠っている。

 体中の穴という穴に細い管のような物が刺さっていた。

 これがかつて栄華を誇った文明の医療らしいといえばらしいのだろう。

 しかし何かの人体実験にも見えなくはない。

 死者に対する冒涜かとも思えたが、ノーラの胸は呼吸で上下していた。


 俺はそのガラスの寝台に近付いて、彼女の胸の傷が塞がっていることを確認する。

 しかし傷跡は痛々しく残っていた。

 一生消えないのだろう、俺の罪のように、いやこれこそが俺の罪そのものなのだ。


「さ、行くわよ。女の子のこんな姿、いつまで見ているつもり?」


 確かに傍から見れば、俺は変態そのもの。


「行くって、話はこれからだろう!」


 しかしボスが俺を連れてきたわけで、しかもノーラは俺との会話を望んでいるはず。


「彼女はまだ蘇生中で意識がないわ」


 ということはノーラはまだ生きているとは言えない状態で、このまま目を覚まさない可能性もある。

 つまりボスは、虚言で俺のしたことを見せびらかして、からかっていたのだ。


「もう、沢山だ!」


 彼女が俺を弄るのはいつものこと。

 それはいいとして、ここまでされては最悪としかいいようがない。


「彼女を斬った俺が言えた義理ではないが、ボスがそれを茶化す資格はないだろう!」


 同胞というのなら俺が引取る前からでも保護すればよかっただけの話。

 あえて言うが、それをしなかったボスにも責任はある。


「資格というのなら私にはあるわよ」


 彼女は俺の荒ぶりようをものともしない。

 それなりの理由があるのだろうか。


「そうね、姉妹みたいな関係なら文句ないでしょう?」


 ボスはおもむろにその黒いフードを取って素顔を晒した。


「これで、おあいこね」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る