第33話 単騎?魔王軍

「何を企んでいるんだ?」


 なんだかんだ言っていたが、どうやら本題は別にあるようだ。


「そろそろ、遠征に向かうというのはどうかしら?」



「はい?」


 暫く顔を見せないと思ったら、これはまた物騒なことを計画していたようだ。


「魔王は待つだけの存在じゃなかったのかよ?」


 いつぞやとは全く違ったお言葉に、俺は口を挿まざるを得なかった。

 しかしながら面白い話ではあると内心興味津々であった。


「あら、ここがそんなに好きなら、別にそれでいいけど?」


 見透かしたことを言ってくれるが、確かに迷宮に篭りっきりなのは気が滅入りそうだ。

 ここで一丁、鬱憤晴らしするのもいいだろう。


「話を続けてくれ」


 にやけてしまいそうな俺の顔は、きっと引きつっていたに違いない。


「あのカーシという輩に一泡吹かせてやりたいとは思わないかしら?」


 眉が反応したところで、俺は表情を正した。


「やぶさかではないな」


 それでも目がギラついているのは自分でもわかっている。

 奴には防戦一方だったので、いつか先制攻撃を食らわせたいとは思っていた。

 待つばかりが魔王の仕事でないことが証明された今、大手を振って逆襲できるのである。

 こんな期を逃さずにはいられない。


「素直になったらどうかしら、じゃないと白紙に……」


 彼女は俺の静かな反応にご不満のようだ。

 そのまま呆れた顔で進路変更を告げたところ、俺は俺は間一髪入れずに願い出る。


「是非ともやらせて下さい!」


 しかし俺は真顔のまま。


「もっと喜んでもらえると思ったのに……」


 彼女はめげるようにそう呟くが、彼女の意地悪な揺さぶりを癪に感じた訳ではない。

 それだけ気合が入っていただけなのだ。


「まあ、いいわ。場所は……」



 ボスの話では、カーシは最近になって拠点を変えることになったらしい。

 以前俺が尋ねた場所と比べると、ここからかなり近い位置となっている。

 俺も今教わったばかりなのだが、その近くには別の遺跡があるそうだ。

 地理的には、この迷宮近辺がかつてそうだったように、かなり辺境とのこと。

 これまで俺が加担してきた街の発展を真似るつもりだろうか。

 

 他にも色々思うところがあったが、問題はどうやってそこまで遠出するかであった。

 魔王が街道を練り歩く様なんて、あまり想像出来ない。

 しかしながらボスの情報では、その遺跡はこの迷宮の最深部と繋がっているという。

 何だか話が上手すぎるような気もしたが、これを利用しない手はない。


「で、勿論鬼のお供がつくのだろう?」


 魔王たる者が一人でお礼参りなんていうのも格好がつかない。

 俺は当然のように下僕の同行を要求する。


「遠征に際して良い話と悪い話があるけど、どちらから聞きたい?」


 彼女は俺の質問に対して質問で返した。

 恐らく俺の求める答えが、その二つのどちらかに関連しているのだろう。


「悪い方ってのは、鬼達に問題があるってことかい?」


 彼女が話を誤魔化した風だったことから、良い方の話ではないだろう。


「ええ、申し訳ないけど間に合いそうもないわ」


 間に合わないとは意味が分からなかったが、彼女は続ける。


「残念ながら、あなたが鬼を操ることが出来るのは、この迷宮とその付近に限定されるの」


 この話でいかにボスとはいえ、俺はその限界があることに思い知らされたような気がした。

 驚愕という意味ではなくて、拍子抜けに近いだろう。


「つまり、鬼を遠征用に調整する必要があったのだけど、結局時間が足りなかったの」


 ここのところの彼女はその試行錯誤にずっと掛かりっきりだったそうだ。

 それでは俺に顔を出すどころではなかったのも頷けた。


「ならばもう少し待つか?」


 準備が出来るまで延期という選択肢も考えられる。

 反面、準備不足での行動とは彼女らしくもない。


「駄目よ、今を逃すと少し面倒なことになるわ」


 しかし、事態は思ったより切羽詰っているようだ。


 それならば、先程俺がどういう態度をとっても、これは決定事項だったということである。

 それについて言及しておこうかと思ったが、そんな場合でもない。


「おいおい、勘弁してくれよ、剣聖といえど多勢に無勢なんだぜ?」


 そう、剣聖も所詮は一剣士なのである。

 それを忘れられると非情に困るのだが、彼女の意図は変わらない。

 勿論彼女自身が加わる様子もない。


「そこはあなたの話術で何とかなさい!」


 確かに俺の話術は剣術に通じるところがあるかもしれないが、この場合真っ向勝負とはいかないだろう。

 要するにハッタリをかませということか。


「しょっぱい魔王軍だな、おい」


 まあ、元々は二人で始めたことである。

 規模的にそれほどの希望を持つのも、ある意味酷なのだろう。

 こうして、千にはほど遠く値しないが、一騎の遠征軍が編制された。


 その後、俺は彼女から良い方の話を聞かせれる。

 しかしそれはどう考えても、俺が遠征を断らないために用意された餌であった。

 彼女が無理やり漕ぎ着けたとしか思えない。

 性質の悪いことに、俺が最高の状態でその餌にありつくには、良くない話の方も無関係ではない。

 最初から断るつもりはなかったが、そんな話を聞かされると二つ返事な気分にはなれなかった。


 俺はボスに導かれるまま最深部へと辿りついたが、そこの通路は迷宮とはまったく世界が違った。

 松明がなくとも不思議な灯が確保されており、迷宮特有のかび臭さもなかった。

 天井、壁、そして床は石を積み上げたような粗い造りではなく、金属で構成されていた。

 金属が珍しいわけではないが、ここまで大規模な鉄板等を加工するには、今の技術ではとても考えられない。


 俺がそれらに見とれている内に、いつの間にか目的の遺跡まで辿りついたようだ。

 床が少し中に浮いて動く仕組みとなっており、乗り込むには少々手間取ったが、殆ど歩く必要はなかった。

 ボスの神出鬼没ぶりを考えれば、そんなに驚くようなことではない。


 身の程を弁えない高度文明に対する拍子抜けぶりにも、俺は随分と遠いところに来てしまったと自嘲してしまうのであった。


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