第32話 一剣士の因果

 その後、いつもの様にボスが会いにくることはなかった。


 俺は過去これに似た出来事を嫌というほど経験していたせいで、心の揺らぎは皆無に等しい。

 それでも何となく彼女の憎まれ口が恋しくなっていたのは、なけなしの良心が働いているからだろうか。


 一方で、それ以来カーシ一味が直接迷宮にちょっかいをかけてくることもなかった。

 惜しげもなく秘策と謳っていたにも関わらず、結果があの有様では大きな顔をしていられないだろう。

 それに奴の立場上、たかが小娘の死とはいえど、暫く喪に服す時間も必要なのだろう。


 しかしながら、迷宮への挑戦者達が途絶える日はなかった。

 事件の顛末を聞いたとしても、身の程を知らなかった少女の過ちとしか考えていないのだろう。


 俺は戦いに明け暮れる毎日を過ごし、これ以上雑魚の相手は無駄だと思われたその時、久しぶりにボスからの訪問があった。

 彼女と顔を合わせたのは、あの事件の少し前以来だ。


「はてさて、俺にはどんなお咎めがまっているんだ?」


 俺は出鼻に憎まれ口を叩いておいた。

 今回ばかりは俺の方が待たされる身だったからである。

 俺から顔を見せる立場の時は、彼女もこんな気持ちだったのだろうか。

 そんな変なことを考えながら。


「まあ、そんなに教育的指導が必要なのかしら?」


 また憎まれ口で返されるのも、悪い気はしない。

 俺が不殺の命令を守れなかったことに対しても、あまり関心がない御様子。


「なんならボス、お宅が俺の相手になってくれるかい?」


 だから少しばかり探りを入れてみたが、これは薮蛇だった。


「あなたは、そんなに女が斬りたいのかしら?」


 彼女は最初から俺にやられるつもりなのだろうか、どっちかと言えば逆なのだが。

 どうやら死者を出したことよりも、女子供に手を掛けたことの方に御立腹のようだ。


「そういうのは異常性癖とでも言うのかしら?つまり変態ね」


 勿論斬る云々は例えであって、俺を叱るには格好の材料になっただけ。

 これが俺への罰則代わりということなのだろうか。

 その程度なら、いつものやり取りと変わらない。


「あははは、変態か。なかなかいい響きだな」


 なのでここは甘んじて彼女に賛同することにした。


「まあ、あきれた。褒め言葉ではないでしょうに」


 そう言って彼女は、大きく溜息をついた。


「前にも言っただろう?俺はまともじゃないんだ。だから変態でも間違いではないさ」


「そう言われれば、そうだけど……」


 珍しく言葉に詰まる彼女、放免はすれど納得はしていないのか。



「やっぱり俺が彼女を斬ったこと、そんなに気に入らなかったのか?」


 だから俺はあえて言葉にして問うてみた。


「私もあのくらいの年頃に、同じ様な目にあったわ…」


 俺は彼女の意外な反応に目を丸くした。

 初めて自分の過去を語ったのである。

 彼女にも小娘と呼ばれた時代があったのかと、妙な感動を覚える。


 一方、それがトラウマだとすると、あまり触れたくなかった話題なのだろう。

 だからといって、そのまま黙っているのも忍びなかったのか。


「そうか、だが俺は相手が女子供だからという理由で、人を斬ったことは一度もない」


 それが彼女の慰めになるかどうか知れなかったが、他に言葉が思い浮かばなかった。

 しかし、女子供というのは結果的でしかないのも事実、めぐり合わせが悪かっただけのこと。


「でも彼女はまだまだ未熟な小娘だったじゃない!」


 今度は自分の耳を疑った。

 彼女が感情的になったことは勿論、彼女とは思えない言動なのだ。


「彼女は確かに俺に剣を向けた。だから、これは剣を手にした者の運命といってもいい」


 言い訳がましいが、俺はちゃんとノーラに忠告はした。

 あの時彼女が衝動的な敵対行動に出たのも、結局、彼女自らが招いたのだ。


「だからってあそこまでする必要はなかったでしょう?」


 例えボスが彼女のことを考慮して俺に指示したとしても、結果は変わらなかった。

 だから俺は別の言い方を考えなければならない。


「ノーラには直接俺が稽古をつけたんだ。人に何かを教えるということは、自分の癖を教えることでもある。だから時にはどんな相手よりも脅威となる」


 要するに我が身がかわいいのだ。


「それは、師匠としては喜ぶべきことではなくて?」



「本当の意味で強くなるなら、それは俺の望むところでもあるさ」


「どういうこと?」


「ボスの言った通り、彼女はまだ小娘でしかなかった。だが、その弱みを餌にして俺を倒せたとしても、彼女自身が強くなったとは言えない」


 それがノーラ自身の策略なら納得もしよう。

 しかし仕掛けたのが第三者となれば死んでも死にきれない。


「つまり、あなたの流儀ではないと?」


「そうだ。そんな剣術とは言えない終り方であれば、弟子とはいえ斬り捨てる」


 そうでなければ、第三者は味を占めてしまう。

 ノーラの誘拐に関しても、人質にとられた時点で彼女諸共斬り伏せる考えもあった。

 しかしその時はまだ、俺自身が『剣士』からかけ離れた存在だったのだ。


「それに前にも言ったが、戦場でも敵はあらゆる人の弱みに付け込む戦法を取ってきた。肉親、同僚、兄弟、恋人、敵が楯にとった者達、俺は彼等をことごとく見殺しにしてきたんだ。そして敵対してくるのであれば、女子供関係なくこの手にかけてきた。次の機会を与えないようにな。それが他人に理解されるとは思っていないが、それが悪だとも全く思っていない」


 そう、つまりこれが俺の抱える闇。

 必要であれば、俺はどんなに親しい者でも躊躇いなく殺めることが出来るのだ。

 商人として穏やかに過ごすには、それはそれは後ろめたいものであった。

 しかし剣士に返り咲いた今となっては、誇りにさえ思える。


「そう…、そこまで徹底しているのなら、もう何も言わないわ」


 俺は感情的になっていた彼女の理解を、思ったよりすんなりと得ることが出来たようだ。

 こんな風に気持ちの切替が早いところは誰かと似ているような気もした。


「俺は剣聖なんて呼ばれていたが、皆が思うほど崇高な存在ではないのさ。その辺の獣と同類さ」


 恐らく俺の所業を知る者が多ければ、俺はそんな大層な称号を得られなかっただろう。

 つまり、つまらないことを考えたその関係者は、結果ことごとくその口を封じられたのだ、その場に居合わせた俺の手によって。


 俺はつい自嘲気味たことを口にしてしまったが、またいつかのように非難じみた叱咤を受けるのだろうか。


「そうでもないかもよ」


 そこで慰めのような台詞が返ってくるとは思わなかった。

 部下を元気付けようとしているのであれば、嬉しくなくもないのだが。


「それが二人の女性も救うことになったのよ。あなたの動向によって、彼女達はもう交渉材料には使われないという意味でね」


 流石は我が上司、別に期待した訳ではなかったが、俺の勝手な持論でそこまで考察してみせた。



「ねえ、そろそろ迷宮に篭るのも飽きてきたんじゃないかしら?」


 それでもって話の流れが急に変わるところも流石である。


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