第34話 平和故の矛盾

 俺が出入り口付近まで到達すると、辺りはすっかり暗くなっていた。

 その周辺は野営地になっているようで、まばらにテントが張ってある。

 どうやらこの遺跡調査の為に、冒険者達が集っているようだ。


「う、うわぁぁぁ!で、出たぁ!魔王だぁ!」


 たまたま近くを徘徊していた一人が俺の顔をみるなり、凄い勢いで走り去って行った。

 その方向に目を凝らすと、一軒の建物が星の光でシルエットとして映し出されている。

 他の家屋が見当たらないということは、そこが雇い主の拠点に違いない。


 男の叫び声と共に多くの者達がテントから出てきたが、皆彼に追従するように逃げて行くのだ。

 そこに残されたのは俺一人となる。


「やれやれ、俺も有名になったものだ」


 彼等がこの遺跡内部に侵入した形跡はなかったが、それも時間の問題だったのだろう。

 一日でもこの遠征が遅れていれば、ボスの言った通り面倒なことになっていたかもしれない。

 ここが我等の拠点と繋がっている事実は、つい先程、俺自身が実証済みなのだから。


「カーシ!居るなら出てこいよ!」


 俺が屋敷の方に足を進めると、建物内にも明りが灯る。

 恐らく奴にも俺の襲撃が知らされたのであろう。

 俺は正面の大きな扉に向かって、大声で邸宅の主を呼んだ。


「返事がないならこのまま突入するぜ!」


 俺は彼が不在でもそうするつもりでいる。

 何故ならこの襲撃の目的は他にもあり、それがボスの命令なのだ。


「こんな夜更けに、何をしに来たのですか?」


 二階の窓を開けた彼は、思った以上に堂々としている。

 先ほど逃げ出したと思われた冒険者達が俺の周りを取り囲んだからだ。

 上からだとさぞかしよく見えるのだろう。


「あえて言うなら、先日のお礼参りってとこだ」


 俺はそう応えながら、周りを見渡す。

 もし弓等の飛び道具が持ち出されていれば厄介なことになる。

 幸い、拠点防衛の設備は全く用意なされていないようだ。


 簡易的な投擲武器となる手ごろな石等も、屋敷の外観を保つ為に撤去されてる。

 見栄えを気にする奴らしい習性を逆手に取ってのことで、ボスの情報通りである。

 例えそうでなくともこの奇襲に動揺し、奴等が機転を利かすまで暫く時間が稼げるだろう。


 これで奴等が俺を返り討ちにするには接近戦しかない。

 以前にも同じ状況があったが、これだけの人数が揃えば俺は倒せても誰かが道連れとなる。

 誰も自分が犠牲になりたくないから、近寄ってはこれない。

 つまり膠着状態であり、平穏な時代である程心理的逆効果となるのだ。


「それを言うならこちらの方です。よくも彼女を亡き者にしてくれましたね。お陰で計画が台無しになりましたよ!」


 彼は俺以上に恨みつらみがあるように言い放った。

 計画なんて大層な言い草だったが、ノーラに何をさせようとしていたのだろうか。


「連れて来たのは、お宅だろう?危険と分かって戦いに行かせるか、普通?」


 何にせよ、少なくとも当時の監督責任は奴にあるのだ。


「黙りなさい!あなたには人としての心がないのですか?あんな娘をその手にかけるなんて、それこそ普通ではありません!」


 奴は俺の首でもとったように非難してみせた。


「はーはっはっはっはっはっはっは!」


 俺の笑いが木霊する。

 それと同時に何らかの反応で周りがざわつく。


「な、何がそんなにおかしい?」


 彼は不当に笑われたのが癇に障ったのか、顔を真っ赤にしている。


「それはあくまでお宅の理屈だろう?」


 俺は再び同じこの台詞を同じ相手に告げるとは思わなかった。


「お宅は今、誰と話しているんだ?」


 俺の問いの意図が掴めず奴は言葉に詰まるが、俺は続ける。


「俺はもう商人ではないんだぜ?今の俺は剣士、いや、魔王だ。魔王相手に人の理屈をあてはめようとするなんて、お宅につく連中が可哀想になるぜ?」


 俺は周りに向かって同情の意を表した。


「なぁ、お宅等も今のうちに見限っておいた方がいいぜ?大人しくこの場から立ち去るのなら、俺もわざわざ追ったりはしないさ」


 そして首だけを後ろを向けるようにして、彼等に忠告だけはしておいた。

 すると再びざわめき声が周囲に広がる。


「何を言いますか、この人殺しが!」


 自分が不利になろうとしている雰囲気を払拭しようと、奴は唐突に俺を人殺し呼ばわりした。

 議論の途中でこういう流れになるということは、大抵相手に反論する術がなくなったということ。

 勿論魔王となった今の俺はもう、そんなことはどうでもいい。

 望むべくんば、この中の何人かでも雇い主に疑問を持ってくれればということだ。


「確かに俺は人殺しだが、下手に関わってこなければ殺すこともなかった。それだけのことさ」


 俺はノーラの死は決して自分だけのせいでないことを仄めかした。

 直接言葉にしないのは、言い訳がましく聞こえると説得力がなくなるからである。

 ましてや魔王となった俺がどんな正論を吐いたとしても、容易く賛同されることはないだろう。

 これ以上言葉だけで凌ぐのは限界に近付いてきている。  


「何を言っているんですか?」


 そう言ってカーシは不敵に微笑むが、見事なまでの悪人面であった。

 魔王の称号を譲渡してやってもいい。


「あなたはこの大人数に包囲されていることを理解していないのですか?」


 この状況で尚も口論で応戦してくる姿勢には脱帽である。

 余程以前俺に言い負かされたことが気に入らないのだろう。

 あの時は言い過ぎたとも思ったが、ここまでムキになってくれるのであれば、間違いではなかった。

 今、事が上手く流れつつあることに関しては。


「それじゃあ、さっさとかかってこいよ?」


 それでもこれ以上の口論は望めそうもない。

 俺は、奴等がそう易々と動けないことを知りながら、挑発してみせた。


「言われるまでもありません!さあ皆の衆、やっておしまいなさい!」


 彼は号令をかけるが、誰も動こうとしない。

 俺は余裕を見せるようにして、大あくびをしてみせる。


「どうしたのですか!なぜ動かないのです!」


 後は誰かが何らかの動きを見せるまで、俺はひたすら待機するのみである。

 カーシは何やら喚き散らしていたが、それだけ無駄な時間が過ぎていくのだ。


「カーシさん、俺達はあんな端金で命までかけられないんだよ!」


 後は俺が想定していた通りの言い分であった。

 交渉も手っ取り早く済まされるかと計算外だが、欲の突っ張った者同士のこと。

 魔王を包囲していることさえ忘れているような勢いで交渉が続く。


 果たしてこれもボスの予期したところなのだろうか。


 今俺が動けば面白いことになるだろうと考えながら、その一方でこの場に最も似つかわしくない言葉を呟く。

 つくづく平和な世の中になったのだと。


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