第30話 早過ぎた再会
「随分とお待ち頂いたようで、店主、いや今は魔王と呼ぶべきですかな?」
そう言って玉座の間に入ってきたのはカーシ本人であった。
正直言ってこれには少々驚かされた。
自ら危険を冒してやってくるとは露ほども思わなかったからである。
その秘策により俺が無様に跪く姿を見物しにきた、そう考えるのであれば理解できなくもない。
魔王をも恐れぬ自信を見せ付けてくれるとは、俺も俄然熱くなって来た。
この昂りを何とか抑ようとする自制ですら心地よいものとなっている。
「暫くだな、剣聖殿」
彼の左隣にはリンデが控えている。
恐らく雇い主の護衛として付き添ってきたのだろう。
あのまま彼女に別れの言葉をかけてやれなかったことは心残りだった。
しかし敵対勢力として顔を合わせた以上、それは最早余計な禍根でしかない。
俺は彼女に何も応えず、カーシの右手側にいる人物に注意を払った。
これも見たことのある顔であったが、彼には一応言っておきたいことはある。
「よう、その剣、いくらで買い戻したんだ?」
顔というより彼の得物の方に馴染みがあった、といっても過言ではない。
何せ持ち主の自尊心でその扱いが左右された可哀想な剣だからだ。
とにかく、俺の言葉は彼にとって悪意以外の何でもない。
いくらばかりの金で自尊心を取り戻したのかという意味である。
「う、煩いな!い、今にそのウザイ口、黙らせてやる!」
俺の嫌味が利いたということは、たいした金額ではないのだろう。
それにこんなことで取り乱すようでは、まだまだ俺の相手にはならない。
「お前は黙ってなさい!」
流石は父親だと言ったところか、息子が見苦しい発言をしていると判断したようだ。
「で、リンデ、お前が俺の相手をするのか?」
俺はここで初めて女流剣士に声をかけた。
それが彼女への第一声では少々惨い気もするが、何てことはない。
商人だった頃の俺はもういないのだから。
「残念ながら違うな」
カーシの馬鹿息子でないのであれば、後は彼女しかいないと思っていた。
俺は彼女が女だからといってがっかりすることはない。
むしろ剣士としての心構えもあり、正直実力が未知数な分、期待すらしていた。
その静かな表情が俺の求める強さでありながら、答えは否というのは何とも皮肉な話である。
「じゃあ、誰が俺の相手をすると言うんだ」
「あなたも良く知る人物ですよ」
ここで俺の期待は再び跳ね上がる。
かつて俺と肩を並べたワイル、彼であれば望むところだ。
そのような剣士を用意しているのなら、敵ながら褒めてやりたい気分となった。
「さあ、あなたの出番ですよ」
カーシは後ろに向かって呼びかけた。
すると陰になって見え辛かった処から、剣士らしき人物が現る。
その姿を見て、俺は一瞬目を疑った。
「あーはっはっは!こいつはまいったなぁ!」
そして俺は右手を額に当てて、大笑いをしてしまった。
今ならボスが用意した例の台詞を何度唱えてもいい気分である。
彼等の後ろにいたのなら、その人影ぐらいは確認できた筈であるが、その時俺には出来なかった。
それもその筈、かの人物は前の三人より、少なくとも頭一つ分、背丈が低い。
俺の相手を言い付かったその人は、ノーラだった。
「お気に召して頂けて光栄ですよ」
俺のその笑いをヤケになったと解釈したのか、カーシは嫌に余裕があるようだった。
「ああ、いいねぇ、こういうのは定番だよな」
俺はちょちょぎれる涙を拭いながらおどけて見せる。
「だが、定番過ぎて面白くないな!」
一変して笑いをやめて、俺は目を細めながら低い声でそう言い放った。
その言葉通り、俺は過去何度もこのような場面を経験している。
血を血で洗うような展開を。
「な、何を強がっているのですか?」
俺の凄みが利いたのか、カーシは少々言葉を詰まらせた。
「あなたが彼女に手出しできないのは分かっているのですよ」
そう、その通り、俺は以前彼女を人質にとられた時は成す術がなかった。
「さあ、ノーラ、見事彼の愚行をとめて見せなさい。それが約束ですからね」
そして今度はその彼女自身に俺を説得させるつもりなのだ。
カーシの『約束』という言葉には何となく予想はつく。
ノーラが携えているあの剣はかつて俺の物だった。
あの時覆面男に持って行かれたが、そのままカーシの手に渡ったのだ。
ああして彼女が持っているのだとすれば、取引材料にされたのだろう。
奪われた品の入手方法なんて、いくらでもでっち上げることが出来る。
自分では扱えないただの抑止力、その剣は俺にとって飾りでしかなかった。
しかしノーラにとっては、俺と出会ったその日から目にしてきたのだ。
つまり、それだけこの街で過ごした時間が詰まっているのだろう。
それは健気な少女の切なる想い、誰も責めはしないかもしれない。
しかし、およそ似つかわしくない場面でそれを見せ付けられると、反吐が出そうになる。
そんなことを考えているうちに、彼女は俺に歩み寄ろうとしていた。
「それ以上近寄るな!」
俺が強く言い放つと、ノーラは全身を強張らせ、その場で立ち止まった。
「さもないと、容赦なく斬り捨てる」
そして先程とは打って変わって、俺は静かな声でささやいた。
言葉の強弱は、時として説得力を醸し出す。
「そ、そんなのはったりに決まっています!」
カーシはノーラに大声を浴びせた。
そう、普通の者なら俺が彼女を斬ることは出来ないと確信するだろう、俺が普通ならば。
「せ、先生、ご、御免なさい……」
彼女は声を震わせながら、話を始めた。
結局、泣き落としで迫るつもりなのか。
「わ、私、やっぱり、あんなお別れなんて、嫌です!」
今思い出しても、確かにあれは突然過ぎた結末だった。
しかしそう導いたのは、自分の現保護者であることを彼女は知っているのだろうか。
「だ、だからもう、こんなこと、やめて下さい!」
最後は精一杯の勇気を振り絞って言い尽くしたようであった。
彼女が懸命なのは伝わったが、俺はその説得に応じるわけにはいかない。
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