第29話 ワルの戯れ
『ふははは、待っていたぞ。よくぞここまでたどりつけたな……』以下略。
それは目を通している本人が恥かしくなるような文面。
だから俺は悪いと思いながら、いや全く思わなかったので、途中で覚えるのを止めた。
だいたい彼女は未だ巫女の身分で通しているので、ある意味悪者は俺だけなのだ。
それに対して文句はないが、ボスが遊び半分でいるだろうことが気に喰わない。
彼女は本気で俺を茶番劇の主人公、もとい悪役にでも仕立て上げるつもりなのだろうか。
全身を黒ずくめの派手な着衣で統一しただけでも褒めて貰いたい気分である。
俺はこの小劇場とも言える空間で、そんな間抜けなことを思い出していた。
座り心地の悪くない玉座に着き、目の前の人物を見下ろしながら。
「なぁ、剣聖さん、ここは話し合いに応じてくれると助かるのだが?」
それが魔王となって初めての会話、挑戦者からのふざけた提案であった。
4,5人の徒党を組んでいるようだが、地盤の緩んだ迷宮探索となれば妥当な人数だろう。
勇気ある第一人者達には、俺の剣の練習相手という栄誉を与えるつもりであったが、拍子が抜けた。
玉座に深く腰かけている俺は、彼等の戯言を聞くやいなや尊大に足を組んで見せる。
話にはまったく興味を示さないことを強調するように。
俺の後ろには多数の鬼達が揃っている。
俺の合図ひとつで血祭りに挙げられるのだが、ボスとの約束事により、それ以上は近寄るなという威嚇だけで済ませている。
口先だけの者達がここまで辿りついたのは、俺が戦力を分散させずにここで集結させていたからだ。
最初から戦う気がないのなら、少し甘やかしすぎたのかもしれない。
「む、昔のよしみじゃないか、俺の顔を立てると思って、な?」
そう言われると見覚えのある顔であった。
看板娘目当てで、ちょくちょく来店していた輩のことを思い出す。
それくらいで馴れ馴れしくされても、魔王としては非情に迷惑なのだが。
「顔って誰にだ?」
俺はとぼけたふりをして、とりあえず遊んでやることにした。
「ほら、カーシさんだよ。お前さんも世話になったんだろう?」
確かに悪い意味では大層世話になったが、それを知ってのことだろうか。
「で、俺は誰に顔を立てるんだ? お宅等か、それともカーシか?」
それがどうであれ、上げ足をとるような意地悪はさせてもらう。
「それは、なんだ……その……」
「意地汚く、『自分達の顔』って言ってみろよ。どうせ大金を約束されてここまで来たんだろう?」
自尊心が邪魔をしてはっきりしない、そんな彼等に対して俺は容赦がなかった。
傍から見れば魔王という役目を演じきっているようにも見えただろうが、単にカーシのやり方に腹を立てていた故の言葉である。
力押しで駄目なら説得で、そんな理屈は分からなくもないが、相変わらずのタヌキっぷりに嫌気がさしていた。
彼等には可哀想だが八つ当たりの対象になってもらおう。
とは言っても奴の計画に踊らされる方も悪いのであるが。
「酷い言い方はよしてくれ、ノーラちゃんが悲しむぞ!」
彼女の名前を出すことで、俺が思いとどまるとでも考えたのだろうか。
「ああ?」
「だ、だから、彼女だってこんなこと望んでいないだろう?」
俺はつくづく彼等にも呆れる。
自らの利益を一番に望むくせに、本人達に主体性のない言い草に段々腹が立ってきた。
なので俺は無理やり話を戻し、さっさと結論へ向かわせる。
「残念だが、ここにある財宝はカーシがいくら積んでも敵うような代物じゃないさ」
実際俺は、迷宮の財宝について具体的には教わっていない。
しかし、この奥には決して金品で買えない神の領域があるのは確かだ。
目の前の拝金主義者達は、その価値に気付けないかもしれないが。
「そ、そんなに凄いのか?」
俺には奴等が唾を飲み込む音が聞こえそうだが、それくらい彼らは驚愕している様子だった。
「ああ、凄いさ、この奥にある代物はな」
悪党の使いを釣る俺もつくづく悪党である。
そう思うと嫌な笑みが零れてしまう。
「ほ、本当に、あるのか?」
先ほどまで卑屈になっていた彼等の表情がギラギラとしたものになってきた。
「ほほう、中々いい目になってきたな」
恐らく彼等は今まで誰も目にしなかった財宝の存在を一度は諦めた。
だからこそ、カーシの現実的な報酬を求めてその使いとしてやってきたのだろう。
しかし俺が明言したことで、希望が再び蘇ったかのようだ。
「お、お前を倒せば俺たちの、もの、だよなぁ」
「ああ、まだ腕の調子が悪いから、ひょっとすればひょっとするぞ?」
俺はわざとらしく誘いの言葉を投げかけた。
それにつられて彼等は剣を抜いたのだが、欲望に支配された精神状態では、せいぜい自らを奮い立たせるところまでが限界である。
余計な力が入ると、先ず肺が圧迫され空気を吸い込む量が少なくなる。
思った通りの呼吸が出来なくなってしまい、簡単に息が上がってしまう。
そうなると体力的にもきつくなるのは勿論だが、相手に己の呼吸を覚られることとなる。
そして大体の動きは先読みされる結末となるのだ。
実際俺はその攻撃を避け続けるだけで、刀を抜くこともなく彼等は勝手に自滅していった。
彼等の始末は、ボスとの約束があるので、その剣を置いていくことを条件に放免する。
無傷とはいえ相当力を消耗しているようだったが、彼等の目はまだ死んでいなかった。
きっとまた挑戦しにくるのだろうが、今度は無傷で返すつもりはない。
その後、俺はボスからお褒めの言葉を授かった。
彼女が用意した台詞を無駄にしたことには不満が隠せないようだが、俺の口ぶりがいかにもということで御満悦の様子でもあった。
ひょっとすれば俺は、生まれながらの魔王となる存在だったのかもしれない。
カーシの目論見がどういうものかは知らないが、それ以来迷宮には絶えず挑戦者が行き来するようになった。
お陰で俺は自分の剣の腕を、かつての水準に戻す作業に事欠かなくなる。
しかしながら誰の相手もするわけにもいかず、それなりの腕を持つものだけが魔王の元へと赴ける仕組みを練り直した。
同時に俺の鬼達を操る技術も向上してきている。
段々と本物の魔王じみてきたことに、変な快感が体中を廻るのだ。
挑戦者から奪った剣の数がもうすぐ百に届きそうな頃。
俺がいつも通り挑戦者を退散させたところ、彼等は捨て台詞として気になることを言っていた。
カーシには何やら秘策があるとのこと。
それを告げてしまえば秘策にはならないのだが、彼が口止めしなかったのは余程自信があるのだろうか。
しかし最近同じ作業に飽きていた俺にとっては、退屈しのぎとなる余興かもしれなかった。
ここで『余興』なんて言葉を使ってしまうところ、どうやら俺はすっかり身も心も魔王となりつつあるようだ。
その話を耳にしてから、俺は再び鬼達を全員玉座の後ろに整列させておく。
その秘策とやらがここまで辿りつくまでには、無傷にしておきたかったからだ。
俺にしては甘い考えであったが、それだけ興味を示している表れでもあった。
いつかいつかと待ちわびながら、俺は挑戦者達をことごとくあしらっていく。
鬼達の目を通じて迷宮内を監視してもよかったが、あれはあれで結構疲れるのだ。
そしてそんなある日、奴等が現れた。
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