第25話 何れ来た別れ
「奴等ピクリとも動かなかったぞ?」
その言葉で俺の思考は一転した。
にわかに信じ難かったが、鬼達を操る体系に何か不都合があったのだろうか。
もしかしたら、ノーラが俺と同じく鬼達に味方と認識されていたからで、彼女を人質とした男達に反応できなかったのかもしれない。
何故なら彼女が俺の後をつけて迷宮に迷い込む可能性もある。
そんな危険性を未然に防ぐため、ボスがノーラの波長とやらを記憶させていたとも考えられた。
それならば、このような不測の事態も起こりうる。
「おかしいとは思ってたよ。あんたは右腕にも障害があるのに、いとも簡単に奪われた品物を拾ってくるんだからな」
色々な考えが錯綜しているが、俺はその指摘を聞き逃さなかった。
「奴等が動かなかったのは、あんたが裏で糸を引いているからなんだろう?」
質問とも確認とも取れる言葉に、必死に何か言おうとしていたノーラの呻き声が止んだ。
恐らくそれについては何か感じるところがあるのだろう。
「着いたぜ」
俺は目標地点に到達すると奴等に後ろを向けたままそう伝えた。
そこには何時も通り何振りかの剣が無造作に置いてあったが、ここに来るのはこれが最後になるだろう。
「なんだ、しけてるなぁ」
彼等がそう思うのも無理はなかったが、ここにあるのが全てという訳ではない。
彼等がお宝目当てであれば、恐らくまだ迷宮内を歩き回されるだろう。
「じゃぁ、それを貰って、とっとと出るぞ! 勿論運ぶのはお前だ」
しかしながら、お宝探しはこれで終了となった。
俺は今回の収穫物を運びながら、再び彼等の前を歩かされていた。
その間誰もしゃべらず、ノーラもずっと大人しくしている様子。
俺には奴等の正体と目的に大体の予想はついている。
しかしそれはあくまで推論であって、まだ確信できるものではなかった。
「目的が済んだのなら、彼女を放してもらおうか」
迷宮の出入り口から少し放れ、俺は人目が付き難いところに誘導された。
この時間の人通りは無いに等しいが、もし誰かがいたとしても俺たちの存在に気付かないだろう。
「その前に、剣をすべてこっちによこしな」
俺はそれに従って、武器の束を投げ渡した。
「それからお前の得物もだ」
俺は腰に下げていた自身の剣も外して投げる。
ノーラを抱えていた男が彼女を下ろし、それを手に取った。
「ノーラ、今だ、逃げろ!」
すかさず俺は彼女に強く命令する。
足だけ自由になったノーラは一瞬まよえど、言われたとおり急いで駆け出した。
しかし誰も追う様子がない。
「それじゃあ、可哀想だが死んで貰うとするか」
ここまでくれば彼女を楯に取る必要はないと思ったのだろうが、俺にはまだ隠し球があるのだ。
しかし、それとは別に俺にはするべきことがある。
「おい、下手に動くと死ぬぞ?」
それは少し離れた場所にも届くような大声であり、彼等にとっては威嚇ともなったかもしれない。
「い、今更強がっても、に、逃げられないぞ」
奴等の一人が無駄な抵抗を諦めるように口を開くが、明らかに動揺している。
恐らく実際に人を斬ったことがないのであろう、やり方も上手くない。
一人がむやみやたらに剣を振り回し始めたが、得物がなくともかわすことは出来る。
あらゆる運動の基本は足であり、剣術も例外ではない。
足運びだけで敵を翻弄するのも優れた剣士の条件なのだ。
このまま逃げることは出来るだろうが、ノーラを放っていくわけにはいかない。
それにこちらに得物ないことをいいことに、三人が呼吸を合わせようとしている。
そろそろ切り札を出す頃だろう。
「気を付けろ、奴は懐に短剣を持っているぞ!」
俺は内心驚いていた、何故その存在を知っているのだろうか。
ぎりぎりまで隠すつもりでいたが、知られてしまってはその威力も半減される。
「大丈夫だ!こっちは三人いるんだ、一気にいくぞ!」
それでは流石に勝ち目がないかもしれない。
そう感じた俺は、ここでハッタリをかましてみる。
「そうだな、三人もいれば俺を殺すこともがきるだろう。だがその内の一人は道連れになるぜ?」
ここで全員殺すと言ってしまえば、嘘臭く聞こえるかもしれない。
しかし敢えて一人とすることで、相手の心理を突くことが出来るのだ。
誰も自分一人がハズレを引くことを望まない、特に自分達が優勢な場合は。
それに奴等が俺に剣を突きつけることで本能が刺激され、己の中に住まう剣士が目覚めようとしている。
被っている商人の皮に亀裂が入るような錯覚にとらわれる。
そんな男の物言いは凄みがあったのかもしれない、その内の一人が後ずさりを始めた。
死の確率が高くなったと感じた二人は同じ様に一歩下がる。
ここまでくればこっちのもので、最後には三人同時に逃げていくことになった。
しかしこれで俺が鬼達とつるんでいることが知れ渡る、それはもう避けられない事実。
そう考えれば彼等が無理に俺を殺す必要がない、社会的な立場では確実に抹殺される流れなのだから。
ノーラを置いて逃げたとしても結果は変わらなかったのだが、俺には彼女に伝えるべきことが残っている。
「店長…」
戻ってきたノーラの猿轡を外してやると、彼女は一言そう呟いた。
しかしそこから言葉が続かずに黙りこくっている。
「ま、そういうことだ」
縛られてた彼女の後ろ手を開放してやりながら、俺はその代わりに口を開いた。
「お前には言っておくことがある」
黙ったままの彼女をよそに、俺は勝手に話を進める。
「いいか、よく聞け。これから俺とお前はもう師弟の関係ではない」
その台詞が合図となり、彼女は顔を強張らせる。
ある意味彼女が一番聞きたくなかった結論であり、それをうすうす感じていたこそ沈黙していたのだろう。
「そ、そんなの嫌です!」
彼女の表情はみるみるうちに崩れていった。
「わたし、私、先生が何者であっても構いません!」
彼女は俺が鬼と何らかの協力関係があることを知りながらもそう言ってくれる。
嬉しくない訳ではないが、俺はそれに甘んじることは出来ない。
「鬼のように人を襲えと言われれば、そうします!」
何故ならこういう極論さえ生まれてしまうからである。
「そういう問題じゃない!」
俺が一喝すると、彼女の目からポロリと一粒の涙が落ちる。
「お酒だってもう一生飲みません、戸締りだってもう絶対サボりません、前掛けだって絶対裸で着ません……」
その涙が合図となったのか、彼女は必死に訴える。
無茶苦茶に約束事を提示しているが、それだけ感情が高ぶっているのだろう。
「私は綺麗になります、先生好みの女になります、先生が遊んで暮らせるくらいいっぱい稼いでみせます、だから……」
そこまで言い終えるまでに、彼女は俺に抱きついて数え切れない程の涙を零していた。
「だから……わたし、私を、見捨て、ないでぇ!」
彼女が途切れ途切れ、しかし力強い言葉を発した後はただただ泣き叫ぶだけであった。
それはまるで男をダメにしてしまう女の台詞であり、決して褒められたものではない。
しかし外見ばかり大きくなっていると思っていた少女が、こんなことを言えるくらいまで成長していたのである。
あくまで冷徹を装うつもりであったが、商人の皮は損傷しているとはいえ、それはまだ機能しているのだろう。
俺は暫く彼女の頭を撫で続けていた。
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