第24話 終焉の日常

 俺は今日も挑戦者達の奪われた得物を回収しに迷宮の奥へと向かっていた。

 どうせなら鬼達に近くまで運んでもらいたかったが、ボスはそこまで甘くはない。

 せめて自分の足で稼ぐようにとのことである。


 それに誰かに後を付けられでもすれば、厄介なことになるのも確かだ。

 俺と鬼達との共存関係が知れてしまえば、たちまち俺は人類の敵となってしまうのである。

 迷宮の奥に合流地点を設定しておけば、たとえ俺の後をつける者がいたとしても、鬼達が邪魔に入る余地があるだろう。


 一見順風満帆のように思えるが、俺の商売を気に入らないと感じている輩も少なくはない。

 直接俺の目の前には現れないが、カーシもその一人といえよう。

 何せ彼は俺が道具屋を続ける限り、ノーラには手が出せないからだ。


「それじゃあ、貰っていくぜ」


 俺はいつものように鬼達が集めた数本の剣を脇に抱えた。

 傍に居る二、三匹にそう言葉をかけるが、それに反応する様子はない。

 物言わぬ相手だけに間抜けな感じがするが、それでも俺は何となく声にしてしまう。

 あくまで集めたのは彼等であって、俺はただ持って行くだけ。

 たとえそれが一方通行であっても、一言くらいかけたくなる気分。

 そう思いながら家路へとつくのが当たり前となっていた今日この頃。


「店長、お帰りなさい」


 本日の戦利品を手にして店に戻ると、ノーラが出迎えた。


「おう、それから二人ともいつも悪いな」


 帰りは夜遅くなるので、サミエかリンデのどちらかに『勧誘』という仕事の名目でウチに来てもらっている。

 今夜に限っては二人とも居てくれることから、皆で話が弾んでいたのだろう。

 二人がこうして敵地に赴いているのを黙認しているところ、カーシはまだノーラに未練があってのことだろうか。


「水臭いことを言わないで、私達は姉妹なのよ、ねー」


「ねー」


「私もいることを忘れてないだろうな」


「勿論」


 彼女達はこんな会話を見せ付けてくれる。


「サミエ、これは今日の分だ」


 俺は持って帰って来た剣を置いて、棚の引き出しから銀貨を数枚取り出し、彼女に渡した。


「ええ、確かに頂いたわ。今日もご苦労様」


 最近は俺が夜遅くなる為、サミエは俺たちの夕食まで用意してくれるようになっていた。

 流石にタダでは申し訳ないので、せめて食材にかかる費用は受け取ってもらっている。


「前々から思ってはいるんだが」


 急にリンデが神妙な顔をする。


「お主のその腕で迷宮に出入りしても問題はないのか?」


 今更感があったが、確かにそう思われても不思議ではない。

 勿論本当のことは言えないので、俺はそれらしく答える。


「俺が何年この地に滞在していると思っているんだ? 迷宮や鬼のことは多分誰よりもその癖を知っているさ。剣術だけが力じゃないんだよ」


「そうか、ならいいんだが…」


 リンデはこの四人の効率的な半共同生活を提案した当人でもある。

 最近俺の腕が限界に思えるほどノーラの腕前が上がっているようだ。

 よって彼女の指南役はサミエに頼むところが多くなっている。


 そんな環境の下、ノーラは更に成長していく。

 こうして俺は一度に奥さん『といってもどちらのことかわからない』、愛人『といってしまえばどちらかに怒られる』、そして子供『というには大きすぎる』を持ってしったようにも錯覚してしまう。

 男、いや商人冥利につきるといったところだろうか。

 何度も言うように俺が剣士を続けていれば、決して相容れない安息の日々であった。

 しかしながら、永遠なんてものはなく、いつか終わる日がやって来るのである。




 ある夜のこと、俺はいつも通り鬼が集めた剣を収集するために迷宮へと踏み込んでいた。

 途中で何匹かの鬼とすれ違うが、彼等が全く俺に関与しないのもいつものこと。

 目的地まであと半分の道程まで来たところ、後ろから二、三人の足音が聞こえてきた。

 明らかに鬼達のそれとは違い、走り迫ってくる気配。


『おいおい、どういうことだ?』


 ここまで俺がすれ違った鬼達が、それをむざむざ見逃したとは思えない。

 その障害を越えてきたのであれば、それ相応の剣士であることは想定できる。

 ここから目的地までの道程はほぼ一本道。

 つまり何処かに隠れて様子を覗うことは不可能。

 俺は手にしていた松明を壁に立てかけて、その一行が現れるまで剣を取って待ち構えることにした。


「ようやく追いついたぜ」


 覆面をした男が三人現れた。


 そのうちの二人は松明を片手に、もう一方に剣を構えていた。

 最後に現れた男は武装はしていなかったが、何かを肩に担いでいる。


 なんということか、それはノーラであった。

 彼女は猿轡を噛まされて、両腕を後ろで縛られていた。

 彼女は足をばたばたさせていたが、空しく宙を蹴っている。

 そして俺の存在に気付くと大人しくなって、目で俺に何かを訴えているようだった。


「さて、この状況が分かるよな」


 剣を持った一人が、それをノーラの目の前でちらつかせる。


「彼女の命が惜しければ、黙って俺たちの言うことを聞くんだ」


 ノーラは必死に首を横に振っているが、それがどういう意図であるかは分からない。


「わっかた、言うとおりにしよう」


 それがどうであれ、今の俺の答えは決まっていた。



「そうそう、物分りが良くて助かるぜ」


 俺に交渉をしかけてきた人物は、そう言いながら含み笑いをしたように思える。


「じゃぁ、先ず後ろ、つまりあんたの目的地の方に向かって、ゆっくりと歩いてもらおう」


 俺は言われたとおりに、元々進んでいた方角へと歩き始めた。


「剣はお情けで取らないでおいてやるよ」


 得物を捨てろとは言わなかったが、俺がそのまま手出しが出来ないのを知ってのこと。

 この先に待ち構えているかもしれない鬼を、俺に斬らせるつもりでもあるのだろう。


「変な気は起こすなよ。こちらに人質がいることを忘れるな」


 そうのたまう覆面の男には想像できないだろうが、俺にその気があればとっくに人質を気にせずに切りかかっている。

 しかし今の俺はそんな覚悟、そして腕は持ち合わせていない、只の道具屋なのだ。

 そう自分に言い聞かせる一方で、俺には彼等に訊いておきたいことがあった。


「お宅等、ここまで鬼には会わなかったか?」


 彼等の目的はさておき、俺はこのことについてだけは腑に落ちなかった。


「会ったぜ」


 勿論彼等が鬼に会ったか会わなかったかが問題ではない。


「で、どうやってここまで来れた?」


 俺の問いの真意に気付いた男は得意げに答える。


「当然ぶった斬ったさ」


 やはり彼等は相当な手練かもしれない。

 ここで今の俺が剣を抜いたとして、勝てるかどうかさえ分からなくなった。


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