第23話 三人寄れば番外

「では先に失礼する」


 その言葉と同時に、リンデは颯爽と窓から入ってきた。

 流石は女流剣士、身のこなしは見事だった。

 彼女はノーラと同じく外套姿であったが、ずっと外で待機していたのなら無理はない。

 恐らくサミエも同じ姿なのだろうが、女剣士のようにはいかないだろう。

 そう考えた俺はせめて足元を明るくしてやろうと蝋燭を用意する。


「ちょっとそれじゃあ……いえ、有難う」


 文句なのか礼なのか区別がつき難い台詞で、今度はサミエが入室を試みる。

 しかしそれは、そこはかとなくおかしな動きであった。

 跨げばそんなに困難ではない筈であるが、彼女は一旦両足を窓の桟に乗せるようにして、後ろ向きに飛び降りようとしている。


「きゃぁぁぁ!」


 やはり無理な体勢だったようで、外套が窓辺から出ていた釘にでも引っかかったのだろう。

 彼女は転がり落ちるようにして中へと入ってきた。

 外套はそのまま釣るされることで脱げてしまい、例の前掛けをした姿が俺の目の前で尻餅をついた。

 そして膝を立てたまま開脚というあられもない格好となってしまう。

 何故またその衣装なのか分からないが、まさか昨日の今日で同じ過ちはするまい。

 しかし灯を近づけて彼女の様子を覗うと、俺はまたもや、この台詞を繰り返さなくてはならなかった。


「お、俺は何も見ていない、んだったよな?」


 サミエの前掛けは、ほとんどその視覚的機能を果たしていなかった。

 俺の視線がそこに向いていることを認識するやいなや、彼女は悲鳴を上げながら肌蹴た部分を正す。


「いやっ!見ないで!最初からこれが狙いだったんでしょ!もう最っ低!」


 何故か俺のせいになっているが、前掛けの下も昨日のままだった。


「んなわけないだろう!大体何でそんな格好をしているんだ?」


「そ、それは……」


 サミエは言葉につまる。

 外でそのような姿でいては、痴女と思われても何の文句も言えない。


「あの店長、二人は私の為に……」


 ノーラは彼女の行動を説明をしようとするが、何となく予想はできた。


「なるほど、最後の手段ってわけか」


 つまりノーラにとって最悪の場合、皆で色仕掛けと考えていたのだろう。

 昨日の俺の反応では効果薄かもしれないが、少なくともある意味脅迫として使える。


「で、お前もか?」


 今度は疑惑の矛先をリンデに向けるように尋ねた。


「ああ、そうだが?」


 平然としているだけならまだしも、彼女は外套を肌蹴させて前掛けを披露する。

 やはり着ているのはそれだけだったが、こうなればノーラも同様だろう。


「どうしてその格好が平気で、下着となるとああも取り乱すんだ?」


 彼女は今朝のことを思い出して赤面する。

 あれこれ言い訳しているようだが、言葉になっていない。


「待って、彼女は無理に誘っただけだから、それくらいにしてあげて」


 サミエの気風のいい助け舟とともに、ノーラもそれに加わる。


「店長、お願いします、わ、私も見せるから! ほ、ほら」


 ノーラは既に外套を脱いでいて、前掛けの下部分をたくし上げようとしている。

 意味のない行為だが、ある意味三人の物凄い連携であった。

 かつて剣術においても俺はここまで苦戦せられたことはないだろう、精神的にという意味で。


「待て!」


 そこでリンデがノーラを制止する。

 流石にそこまでの分別はあるのかと内心胸を撫で下ろす、しかし甘かった。


「ここは私が代わりに見せ…」


 その言葉を途中で遮るように、俺は躊躇なく手刀をリンデの頭頂に振り下ろしていた。

 しゃがみ込んで頭を抱えるリンデは恨めしそうにこちらを覗う。


「そんなに拒絶されると、流石の私も凹むぞ」


 またもや小動物のような目でリンデは訴えたが、これでは彼女は無実とは言いがたい。


「これじゃあ埒が明かないわ、ここは平等に三人同時でいくわよ」


 今度はサミエが何を思ったのかこの場を仕切りだした。


「平等ってなら、お前はもういいだろう」


 ある意味二人を出し抜いた者の台詞ではないだろう。


「何言ってるの?私だけ見せたのが不公平と言ってるのよ?」


 思いもよらない彼女の道連れ作戦に、俺は言葉を失う。

 戦場でもこういうタイプは一番厄介だった。

 例えば喧嘩では泣いてから強くなるといったところだろうか。


「そのとおりだ」


「うん、私もそう思います」


 明らかに他の二人にとって悪意ともとれるサミエの本音。

 それはともかくこの統率は侮り難し。


「それに美女三人が並んで見せるのよ、これを壮観と言わずになんていうのかしら。それともここまで御膳立てされても、女に恥をかかせるの?」


 ここで女性特有の伝家の宝刀『女に恥云々』が持ち出された。


「今の場合は逆だろ逆!これ以上恥をかかせまいと……おい、聞いているのか、お前等?」


 鼻の穴が開くのを堪えながらも俺は説得にかかるが、聞く様子はない。


「じゃぁ、せーのでいくわよ?」


 サミエは二人に確認をとり、その二人も頷く。


「せー…」


 俺はすかさずサミエが号令を掛け終わる寸前にその頭頂めがけて手刀を下し、これ以上の暴挙を阻止した。

 ノーラにも一発、そして二発目となるリンデには少々可哀想であった叩き込む。

 三人ともしゃがみ込んで、声にならない感覚に喘いでいた。


 その後、俺は最初から破門なんて話はしていないことを説明する。

 それで特にサミエが何か言っているようだったが、俺は自室へと踵を返した。

 そうしないと別の意味で彼女達に手を出してしまいそうだったからである。


 サミエの時は一瞬だったので耐えたが、リンデがしゃがみ込んでいる間はヤバかった。

 その体格相応な丸い物体の片方が前掛けからこぼれ出てていたのだから。

 しかしあの状況で指摘しては事が繰り返されるので、それこそ見なかったことにした。


 俺は寝床に付くが悶々とした気分となり、なかなか眠ることは出来なかった。

 俺が去った店内では三人が談笑に勤しんでいるようだ。

 何について話しているかは不明であるが、大方俺の悪口でも言っているのだろう。


 どうせ彼女達がそこに居る限り、俺は眠ることが出来ない。

 人間眠れない時は努力するほど眠れないものだ。

 だから俺は前々から続けていた小冊子の記入に専念することにした。


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