第22話 宴の後始末
「これのどこを見ればモテモテなんだよ!」
殴られて痛々しい頬を指差しながら、俺は無駄と分かっていても反論はしておく。
「それが分かっていない貴方でもないでしょうに」
確かに彼女の言うとおりだが、あっさりと認めるのは何だか癪だった。
「それはそうだが、このままボスの思惑通りにはならないぜ?」
俺にも意地というものがある、たとえそれがどんなにくだらなくとも。
「それだけで自分を抑えているというのなら、大したものね?」
ここまではお互い挨拶の延長みたいな流れであったが、そのうち掘り下げた話となる。
結局、俺が若くして悟りを開いたという推論に至ったのだが、剣を極めた者の副産物というのなら聞こえはいい。
自慢ではないが、俺はこれまで何度も何度も死を覚悟したことがある。
特に『剣聖』と呼ばれてからは、この首を取って名を上げようとする輩が絶えなかった。
そして、その修羅場を潜り抜けた後の安堵感は快感に近いものがある。
その快楽を何度も繰り返していると本能的欲求が麻痺しているのではないかという。
よって異性に興味がなくなったというわけではないが、その分抑制が利くのだろう。
俺自身も気付かぬことがあった為、普通の人ならここまで結論付けられなかっただろう。
ここは流石は我がボスというしかあるまい。
俺の取り留めもない経験談の数々から、その本人もが理解できるまでの分析をしてのけたのだから。
「それでも年相応の部分もあるんだけどね」
確かに俺は人に惚れもすれば、人を負かしてやろうとも思う。
しかしそれほど熱くはならない冷めた自分がいるのも事実である。
今はそのバランスが良くも悪くもとれているということだろう。
「だけどもっと隙を見せないと、可愛くないわよ、実際」
その実際、俺が彼女を目の前にすると、自分でも取り付く島がまだまだあるように思える。
しかしながら、結局それは俺自身が判断することではない。
「へいへい、気には留めておくよ」
どうせ可愛くありませんよと、俺は適当に返事はしておく。
そんな減らず口をよそに、彼女は夜の闇へと消えていった。
ボスとそんなに話し込んだつもりではなかったが、帰る時間が遅くなってしまった。
ノーラももう休んだと思われたが、店内には微かに明かりが灯っている。
中に入るとテーブルに置かれた蝋燭一本、それを目の前にするようにノーラが席に着いていた。
彼女は俺の帰宅を確認すると共に泣きそうな顔で駆け寄ってくる。
夜は冷えるとはいえ、屋内にも関わらずノーラは外套を着用していた。
体調でもすぐれないのだろうか。
「なんだ? また何かやらかしたのか?」
彼女は俺の前に立つが、完全に顔を伏せてしまっていた。
「もう、戻ってこないのかと思いました。御免なさい、もうお酒は飲みません!」
どうやら彼女は昨夜のことで俺がかなり怒っていると思い込んでいるようだ。
それは頬の殴られた痕が勝手にそう語っているにすぎない。
以前のように目元が少し腫れて、いつものように人相が悪くなっているだけのことである。
それに気が付けない程、顔を合わせられなかったのだろう。
「言うことはちゃんと聞きます。だから、私を見捨てないで。お願い……」
彼女がそんな台詞で俺に懇願してくるのは、住込みでの弟子入りを許可する時以来。
しかし当時から彼女は、自分の過去のことだけは全く話そうとしない。
『今はどうか聞かないで下さい。いつかちゃんとお話しします』
何故か俺はそれに流されてしまったのだが、それも今となっては説明がつく。
「お前は可愛げがあっていいな」
俺を見上げる彼女の目は涙で一杯になっている。
そんな様子を見て、俺は先程のボスの言葉を思い出していた。
きっとこの少女は、俺とは全く違う生き方をするのであろう。
さておき、俺はノーラと初めて会った時のことに触れた。
今ここで俺の言うことに従うというのなら、これはいい機会なのかもしれない。
「あの時からお前が先延ばしにしていた事があったよな?」
俺の続きの言葉で、彼女は更に表情を強張らせる。
「……はい」
観念したのか彼女は応じる姿勢を見せるが、また涙があふれてきてしまった。
そんなに辛い話なのだろうか。
これくらいで勘弁してやるかと考えていたその時、部屋の窓が突然開いた。
それとともに俺に向かって罵声が浴びせられる。
「おい、あれくらいのこと、許してやったらどうだ!」
窓の外から訴えるのはリンデであった。
暗がりで彼女達の顔までは確認できないが、その隣にサミエの姿もある。
「そうよ、それくらいで破門だなんて!あなたらしくないわ!」
破門とはまた話が大きくなってしまったものだ。
ともあれ、確か外の二人も俺に顔を合わせ辛かったはずである。
それにも関わらず待機していたのは、よほどノーラのことが気がかりなのだろう。
しかしながら、彼女達は完全にこの状況を誤解している。
「彼女が破門になった方が、あんた等には都合がいいんじゃないのか?」
少なくとも彼女達の雇い主は、間違いなくそういう展開を望んでいる。
ノーラを己の陣営に招くには絶好の機会だ。
「そ、それはそうだけど、私たちはもう姉妹も同然なの!妹をお金のために手放すなんて、私はそこまで落ちぶれてはいないわ」
多大な借金を抱えている彼女がそう言うのだから、それはとても重みのある言葉だった。
その反面、俺は話を最後まで聞かないというか、盗み聞きしていた彼女達にも多少痛い目に遭ってもらおうと企む。
「俺がノーラを叱る理由の一つに、戸締りが杜撰なところだ。一度ぐらいの発覚でどうこうしようとは考えないが、二度目となると、なあ?」
自分でも何だか面白くなってきたが、どうやら俺には嗜虐性が少々備わっているようだ。
「い、いや、これは予め私達が開けておいてだな」
「そ、そうよ今回は別よ。み、見なかったことにして、ね?」
ノーラの行く末が自分達の振る舞いに左右される、そのことを理解した二人は焦りを隠せない。
「お前等が開けたというのなら、責任もって閉めて貰わないとノーラのせいになるぜ?俺は何も見てなかったことにするけど?」
その言葉で二人は顔を見合わせているようだった。
そして急いで店の入り口から入ろうと扉の方に回り込もうとしたところ、俺は続ける。
「ああ、これも言っておくが、扉の鍵は俺がちゃんと掛けたからな」
「そんな意地悪言わないで、鍵ぐらい外してよ!」
普段なら言われなくともそうするが、今の俺は意地悪なのだ。
「何も見ていない筈の俺が、何故わざわざそんなことをする必要がある?」
「じゃぁ、何処から入ればいいのよ?」
半ば逆切れ気味の彼女達。
「鍵が掛かっていないところがあるだろう?」
そう、つまり彼女達が開けた窓のことである。
そこから進入してから鍵を掛けてしまえば、ある意味ノーラは役目を果たしたことになる。
それで手打ちにしようと思っていたが、この後もそれだけでは終わらなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます