第21話 三人寄れば後編
「それは酷い言い草だな、聞き捨てならん!」
リンデの思わぬ抗議により、もう収集がつかなくなってきた。
「いや、だからその格好で近寄るなって!」
普段胸当てをしているので目立たないが、彼女の体格に見合った代物が俺に迫ってきた。
「ねぇ、店長?」
そこへノーラが割り込んでくる。
「実は店長の分も買ってあるんです」
それはもうお約束といっても過言ではないくらいの展開だったが、俺は己の尊厳を掛けて抵抗を試みる。
「アホか、何が悲しくて男がそんなもん着るんだ!」
「私たちにこんな恥ずかしい格好させておいて、一人だけしないなんてずるいわ!」
さっきまで泣いていたカラスがもう復活した。
気分を一新したサミエが獲物を狙うような目つきとなっている。
「俺は一言たりとも脱げとは言ってないぜ?」
「問答無用、リンデ、彼を取り押さえて」
先程までなされるがままであった彼女は一転して、その群れをまとめ始めた。
「がってん!」
「冗談じゃない!」
俺は慌てて店の外へと飛び出した。
これで一安心かと思いきや、こともあろうか三頭の猛獣は追跡してくる。
俺はそのまま自分の店へと駆け込み篭城を決め込むことにしたが、迂闊なことにノーラが窓から侵入してきたのである。
『あのガキゃ、戸締りサボってやがるな』
店じまいをする際、窓の戸締りはノーラの役目。
鍵がかかっていないのを知ってのことだとすると、そういうことである。
彼女は扉の閂をも外すと同時に他の二人もなだれ込み、俺は取り囲まれてしまった。
万事休す、もうダメかと思われたその時、外から数人の声が聞こえてきた。
恐らくこの騒ぎを聞きつけて来たのであろう。
流石の彼女たちも他人の目に晒されることは望まなかったようで、すぐさま隣へと撤退していく。
その後、俺はその場に集まった連中への説明責任を負わされたが、最悪の事態に比べれば逆に感謝したいぐらいであった。
「おはよう、剣聖殿」
あくる朝、そんなリンデの挨拶と共に店の扉が開かれた。
あれから結局、ノーラも隣で一夜を過ごすこととなった。
彼女がまだ帰ってこないとなると、やはり昨夜の挙動は酔い任せであり、いざ冷静になると顔を会わせ辛くなったのだろう。
俺でさえまだあのお尻が脳裏にちらついているのである。
増してや思春期真っ盛りの小娘にとっては、穴があったら入りたい心境だろう。
「まさか昨夜の続きをしにきたんじゃないよな?」
俺は自分でそう言っておきながら、下手をするとまずいことになるかと考えた。
なんせリンデは唯一酒が入っていなかったにも関わらず、あの騒ぎに参加していたのである。
つまり彼女は良くも悪くも、その思考は普段通りだったのだ。
今もそうだとすると、俺は身の危険を感じなくもない。
「あはは、ああいうのは皆で盛り上がるから楽しいのであって、結果が目的ではない」
何とも男前なご意見であった。
それは良い意味での男前なのだが、俺は悪い意味の方を問いただす。
「お前は女らしくするんじゃなかったのか?」
俺の記憶が正しければ、彼女は俺に女扱いして欲しいようなことを言っていたはず。
「何を言う、ちゃんと彼女達に付き合ったではないか」
どうやらそれが彼女の言っていた『努力しよう』のことだったらしいが、やはり少しずれている。
しかしながら、よく考えてみるとそれは彼女の個性であり、これはこれでそんなに悪くはないのかもしれない。
昨夜のことは抜きとして。
だから俺はそれに関しては、もう何も言わないことにした。
「わかったよ、それで後の二人はどうしている?」
「やはり飲み過ぎたらしくてな、元気がない」
「それなら、彼女たちから何か託けがあるんだろう?」
「いや、特には」
俺はてっきり二人、いや少なくともノーラの代わりにやって来たと思ったが、リンデは否定する。
用も無いのに顔を出すほど、彼女は女の子していない筈であるが。
「じゃあ一体なにしに来たんだ?」
もし彼女が面白がって俺の様子を見に来たのであればとんだ曲者であるが、そんな様子ではない。
「それは、その……」
それはいつもの男前の彼女ではなく、視線を逸らしてもじもじしている姿があった。
ここで愛の告白でもしてくれば、逆に褒めてやってもいい。
「探し物をしていてな……」
やはり、俺の思い過ごしのようだ。
「何を探しているんだ?」
さておき、彼女をここまでさせてしまう探し物とやらに俺も興味はあった。
「いや、大したものではないのだが……」
そうは言われても、彼女らしくない歯切れの悪い台詞は益々俺の好奇心を煽る。
「はっきりしない以上は協力出来な……」
そこまで言いかけて、俺は店の片隅に何かが落ちていることに気が付いた。
それは三角形の布を二枚重ねてある感じの代物である。
「何だこれは?」
俺はそれをおもむろに摘み上げて、自分の目線のところまでぶら下げた。
何となくその匂いを嗅いでしまうような衝動に駆られていると、その布切れの向こう側に涙目になっているリンデの顔があった。
『これってまさか……』
彼女の探し物がこれであるとすれば、俺には心当たりがあった。
昨夜、前掛けお披露目の際、彼女が手にしていたアレである。
俺を追ってそのまま持ち出したところ、気付かず落としてしまったのだろう。
『それが今俺の鼻先にあるとすれば……』
その続きは思ったとおり、彼女は俺に一撃くれていた。
そして黙ってそれを奪い取り、逃げるようにして行ってしまう。
避けられない攻撃ではなかったが、下手をすると店内が荒れされてしまうような気がして動けなかった。
「何だよ、ちゃんとらしいところがあるじゃないか」
俺は殴られた頬を撫でながら独り言のように呟いた。
いきなりの制裁だっだが、もしかしたら俺は彼女に惚れていたかもしれない。
それが鉄拳でなければの話ではあるが。
「それで私に、モテモテぶりを自慢しに来たのかしら?」
それは久しぶりの辛辣なお言葉かもしれない。
あれからノーラも帰ってきたのではあるが、何となく気まずい雰囲気となっていた。
それを避けるかのように、俺はいつの間にかボスの下へと足を運んでいたのである。
余談であるが、祭壇の部屋にある奥に続く扉、それには相変わらず施錠されている。
いつもは彼女が既に待ち構えていたので、そんなことを気に掛ける余裕はない。
しかし今回に限っては珍しく、それを再確認出来る位の時間を待たされたのだ。
それに何の意味があったのかは知れないが、ふと誰かさんには見習わせたいと思うところはあった。
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