第20話 三人寄れば前編

 その日の夕方、サミエとノーラが買出しから帰ってきた。

 何でも向こうで昼食に食べたものが気に入ったらしく、今夜それをヒントにして夕食にしてみるという。

 俺も御相伴に与ることが出来るそうで、その支度が整うまで俺は自分の店で待てとのこと。

 リンデもいつの間にかそれに加わり、皆して隣店の台所で料理に参加しているようだ。


 何もすることがなかった俺は余った時間で、まだまだ途中の書き物に専念することにした。

 そうしている内にあっという間に時間は過ぎ去り、彼女たちの作業も終了し、俺も晴れて入室を許可されたのである。


 小さな会場には料理の他に酒類も用意されていたので、俺はノーラがそれらに手をつけないよう見張る必要があるだろう。

 しかし彼女もこの間のことで懲りているだろうと高をくくり、躍起になって目を光らせてはいなかった。

 リンデは元々酒を飲む習慣がないらしく、俺も今回は嗜む程度にしていたので、サミエが飲む分量が相対的に多く感じられる。

 しかし彼女はずっとご機嫌で、泣き上戸が発生しない程度には抑えているご様子。


 そうして晩餐会が終盤に向かった頃、ノーラがサミエに何やら進言する。


「ねぇサミエさん、今日街で買ったあれ、試してみませんか?」


 そう言いながら提案者は目をキラキラと輝かせていた。


「そうね、ちょっとだけお披露目してみましょうか」


 サミエも乗り気になったようで、席を立ち上がる。


「一体何を購入してきたのだ?」


 俺も同じ事を考えていたが、先に口を開いたのはリンデ。


「そうそう、リンデの分もあるの。一緒にいかがかしら?」


 そう問いながらも返事を待たずに、サミエはその手を引いた。

 ノーラも彼女の背中を押すようにして付いて行く。


「おいおい、そんなに急かさないでくれ」


 三人で奥の間へと向かうようだったので、一応俺はお伺いを立てておく。


「俺はこのまま座っていてもいいのか?」


「ええ、あなたはそのまま待ってて頂戴、というか来てはダメよ」


 サミエは念を押すように俺にそういいつけた。

 俺は聞き耳を立てるつもりではなかったが、中からこのような会話が聞こえてくる。


「ほう、これはなかなか可愛らしい代物だな。しかし私には向かないと思うが」

「そんなことないですよ。きっとリンデさんにも似合いますって、ほら」

「そう言うのなら一応、試してみるとしよう」

「そうそう、せっかく女の子に生まれたんだから」

「それで、これをとればいいのか?」

「何言っているんですか? 全部とるんですよ?」

「ちょ、ちょっとノーラちゃん? それは違うんじゃ……」

「だってそうするのが醍醐味なんですよ?」

「そうなのか?」

「いや、だからこういうことは……」

「きっと店長も喜びますよ?」

「そうなのか?それなら私も今日努力しろと言われたからな」

「努力って、何の努力ですか!」

「サミエさんも、つべこべ言ってないで早くしましょうよ」

「だから、私はそんなつもりじゃ……」

「リンデさん、サミエさんを押さえておいてもらえますか?」

「承知した」

「ちょっと、いい加減にしないと大声だすわよ!」

「そんなことすれば、店長が飛んできますよ、この状況で。いいんですか?」

「よくはないけど、結局は同じじゃ……」

「サミエ殿も覚悟を決められよ。だいたい私をけしかけたのはお主だぞ?」

「だから、これは違うって、あん、嫌、お願いだから止めてって!」

「リンデさん、そっちも押さえていてください」

「了解」

「あーーれーー」


「おい、嫌がっているのなら止めてやれよ。何だかよくわからんが」


 何だか妙な空気に寄せられて、俺は布で仕切っている暗がりの手前まで足を運び、声をかけた。


「あ、嫌、来ないでお願い!」


 しかしその本人にそう言われてしまっては、俺はどうすることも出来ない。


「さぁ、これでいいですよ、行きましょう」

「行くって何処に……」

「決まっているじゃないですか、店長にお披露目ですよ、お披露目」

「や、やっぱりというか絶対にこれはおかしいって……」

「リンデさん、引っ張るの手伝って下さい」

「それっ!」

「あ、止めて! そんなに強くしては……もうダメってば!」


 その叫び声と共にサミエは仕切りを通り越して飛び出してしまい、俺はもろに体当たりを食らってしまった。

 彼女を受け止めた際、反射的に手が彼女の後ろに回る。

 そのお尻に触れてしまうことになったのだが、そこには布地の感触はなく、吸い付くような手触りであった。


「あっ、やだ!」


 サミエは俺を押し退けるようにして後ろへ下がる。

 するとその彼女を真ん中にするように後の二人が両端に位置取る。


「じゃじゃーん!」


 ノーラはお披露目開始というように掛け声をかけた。

 横に並ぶ三人は、恐らく街で購入してきたであろう売り子用の前掛けを纏っている。

 一見ピンク色の女性らしい装束だと思っていたのだが、俺は反射的に左腕を上げて彼女たちを指差した。

 その腕が震えていたのは、怪我の後遺症だけではなかっただろう。


「ひょっとして、それだけしか着ていないのか?」


 前の大事な部分はしっかりと隠れているが、先程の手の感触からするとそういうことである。


「これが前掛けの正しい着こなし方だと聞きましたけど?」


 ノーラにこんなうれ、いやけしからんことを教えたのは恐らく酒場の連中なのだろう。

 一時的とはいえ、彼女をそこへ遣してしまったことをここで後悔させられるとは。

 しかしそれだけの要因で、彼女がここまでするとは思えない。


「さてはお前、また飲んだな?」


「どう? 似合っているでしょう?」


 都合の悪いことは聞いていないのか、聞こえていないのか。

 しかしその的外れな返答は肯定ととっても何の遜色もない。


 顔色を変えずに酔っているノーラに対して、サミエはもはや酒だけでは説明のつかない赤に染まったそれを両手で覆うように隠している。

 そこでその対照的な二人とはまた違う次元にいる一人が口を開く。


「これでは、後ろが丸見えなのだが?」


 彼女はノーラの様にはしゃいでいるわけでもないが、サミエの様に恥ずかしがっている感じでもない。

 その手には彼女の言う『後ろ』の大事な部分も隠していたであろう代物を手にしていた。

 まだ着替え途中だったのだろうか。


「それ以前に気付くことがあるだろうが!」


 明らかに酒とは交わっていないリンデは、そんな格好にも関わらず冷静にしているというか、根本的な着眼点がずれている。

 男勝りゆえの無頓着なのだろうか。


「お尻ぐらいいいじゃないですか」


 俺の突っ込みさえ流してしまうノーラは、その場で身体を一回点してみせる。

 腰元で結ばれたリボンの真下には可愛らしい二つの膨らみが露となる。


「おい、嫁入り前の娘が何てことするんだ!」


 もう本当に今更な台詞であったが、言わないよりはましだろう。

 しかしそれが更なる波乱を生む、『嫁入り前』という単語にサミエが過剰に反応する。


「うわぁーーん、私ぃ、もうお嫁にいけないぃーーーー!」


 こともあろうに彼女の泣き上戸も発動してしまった。

 そのまま彼女はしゃがみこんでしまい、泣き叫んでしまう。

 そのむき出しの背中が色香、いや哀愁を漂わせる。


「せ、責任、とってよねぇーーーー!」


 ちゃっかりとそんな台詞を忘れない彼女は、ひょっとしたら演技しているとさえ思えてしまう。

 そんな彼女の隣でリンデが目を輝かせていたが、俺は無性に嫌な予感がする。


「何?こんなことで責任とってもらえるのか?」


「お前はもう黙ってろ!」


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