第19話 オンボロ剣士

「それで何?私のご機嫌をとりに来たとでもいうのかしら?」


 久しぶりの訪問にも関わらず、ボスはちゃんとそこにいた。

 相変わらずな監視ぶりであったが、今回に限っては心強かったかもしれない。


「別に私に気を遣う必要はないのよ?」


 彼女は俺の答えを待つことなく、次から次へと言葉を紡ぐ。


「よかったわね、選り取りみどりじゃないかしら?」


 こういうテンポの発言が心地よく聞こえるが、勿論、言葉をそのまま行動に移すつもりはない。


「でも、どうしてあなたは誰にも靡かないのかしら。小娘ちゃんはこれからとしても、あの赤毛の娘もあなたに気があるように思えるけど?」


 何だかんだ言ってボスも女性なのだ。

 俺の周りに異性が集まっていることで、その後の展開に興味があるのだろう。



「俺が『剣聖』と呼ばれるまでに色んな物事を犠牲にしたって話を覚えているかい?」


 しかし俺はそんな女性の話題にそぐわないことを告げるしかない。


「戦時中色々あって、そういうのも反故にしなければならないこともあったのさ」


 適当に答えておけばよかったのだが、やはり彼女には俺を素直にさせてしまう何かがあるらしい。

 このまま自分が抱える闇の奥底まで白状する勢いに乗せられるところだった。

 それを今話してしまえば、間違いなくこの雰囲気を台無しにしてしまうだろう。


「でも一時期は、身を固めることも考えたんでしょう?」


 そんな話をしたかもしれないが、恐らくそれは当時の世迷いごとだったと思われる。

 それに剣士が必要とされない世の中になりつつも、俺は剣士の性から逃れることは出来ないだろう。


「俺は剣で人を斬るのと同じように言葉でも人を斬る。結局、争いごとを招いてしまう運命なんだよ」


 だから彼女達との関係も、何らかの形で犠牲にしてしまう可能性も否めない。

 それなら深く関わらない方がいい、特に彼女達にとって。


「そうかしら?美女揃いなのにもったいない」


 彼女はどうしてもあの中から俺の嫁さん候補を選びたいのだろうか。

 先程から『性』とか『運命』とか体の良い言葉だけで濁しているのがいけないのか。

 言い換えれば『業』であり、その業火は周りをも焼き尽くす。


「ま、今となっては、願掛けみたいなものかな。この左腕が早く使えるようになりますようにってな」


 今の俺に出来ることは、壊れてしまっている何かを濁し続けること。

 彼女には少々耳の痛いような憎まれ口を吐き出すのが精々だった。


「ま、いいわ。だけどその時が来るまで、せいぜい商人を演じていなさい。商人らしく、ね」


 ひょっとすると、彼女はすべてお見通しなのだろうか。

 俺のなけなしの嫌味を流すかのように、最後に意味深な言葉を残して夜の闇の中へと去っていった。


 そして俺はこれを自分なりに解釈し、自分が商人でなくなった時のことを真剣に考え始めた。




「実は話がある」


 ある日リンデから突然話を持ちかけられた。


 彼女達の店は本日休業で、それに合わせてウチも休みにすることにした。

 というのもノーラがどうしてもサミエ達の休暇と買出しについて行きたいとのこと。

 剣は手にすれど、やはりノーラも女の子、女同士でしかできないこともあるのだろう。


 俺は幾らか大目の小遣いを渡して、二人で好きにしてくるように提案した。

 サミエには普段の昼食の礼代わりだと理由をつけて半ば強引に納得してもらう。

 彼女も『そういうことなら』と快く受け入れ、その代わりこれからも弁当は続ける、そう言っていたその顔は妙に嬉しそうだった。


 てっきりリンデも彼女達に同行したと思って、俺は我が店内で物書きの真似事に耽っていた。

 その作業を中断して書きかけの小冊子を懐に収め、話を聞くことにする。


 彼女の話というのは、とある場所で剣術指南役を募集してるので、共に志願しないかということだった。

 カーシの策略の臭いがするのなら御免蒙るが、ノーラも生徒として参加させることを前提とのこと。

 しかし俺の答えはとうの昔に決まっている。


「興味ないな」



「何故だ? 『剣聖』とまで呼ばれたお主だ。興味ないことはあるまい」


「そうかもな。しかし実際教えるとなると、俺は苦手なんだが」


「それは問題なかろう。ノーラ嬢の剣筋を見るからに教え方も確かだ」


 俺は、先日ノーラが彼女の手ほどきを受けていたことを思い出した。


「あれは単に生徒が凄いんだよ。彼女は一教えれば、それ以上を学ぶ」


「それも師匠の資質かと思うが?」


 俺はありのまま言っているつもりであったが、リンデは俺が謙遜しているとでも思っているのだろうか。

 とにかく俺は以前彼女の挑戦を断った時と同じような流れにするしかない。


「以前にも言った通り俺は利き腕が使えない。小娘に剣術をかじらせるくらいならまだしも、大の大人を相手にはそうもいかないだろう?」


「では、いっそのこともう一方の右腕を使われてはいかがか?お主ほどの剣士ならば、直ぐに使いこなすこともできよう」


 どうやら指南役の話はあくまで方便であり、女剣士はどうしても再び俺に剣を取らせたいのかもしれなかった。


「出来るものならそうしていたさ」


 これまで問われることがなかったので黙っていたが、俺は真実を語る。




 -----俺は元々右利きだったことを-----




「それを何故わざわざ左利きにしたかを考えれば、どういうことか解るだろう?」


 そして絶句した彼女に追い討ちをかけるように続けた。


 俺の右腕は生来障害があり、自分の思った通りの反応が出来ない。

 普通の生活には支障ないが、剣士としては命とり。

 ノーラの剣の相手もそろそろ限界に近付いている。

 それらのことも含めて、俺は彼女の申し出を受け入れられないことを説明する。


「あんまり言いたくないが、俺の両腕はボロボロなんだよ」


 正直、これも濁してしまいたい心情だったが、今の流れでは仕方のないことだろう。



「……知らぬとはいえ、……済まなかった」


 それまで無言で下を向いていた彼女は声を震わせ、両膝と両手を床に着ける。


「それなのに……私は……二度もお主に辛いことを……口にさせてしまった……」


 床に着いたのはそれだけではなく、ひとつ、またひとつと滴が落ちる。


「本当に済まない、……私は何と惨いことを……」


 普通ならこんなに謝ることはないし、俺もそんなことは求めない。

 しかし彼女も剣士であるが故、俺を深く傷付けてしまったと思わざるを得ないのだろう。

 それはそれでそうなのだが、俺には未だ秘密の切り札が残されているだけに何だかチートっぽい。

 よって彼女をこのまま放っておくわけにはいかない。



「剣から離れて分かったこともあるさ」


 彼女には変な慰めにしか聞こえないかもしれないが、これはその場しのぎの思いつきではなく正直な見解だ。


「あどけない弟子がいて、美人のお隣さん、そして不器用なお節介さんとの生活も悪くはないってな」


 涙を拭いながら彼女は笑顔をみせる。


「一人だけお節介さんは酷いな。私はこれでも女だぞ?」


 ま、確かに仲間外れがいるのであるが、まだそこまで付き合いが長いわけでもない。


「それなら、そう思われるように努力することだな」


 俺はつい軽口でそう言ってしまうが、これが後にあのような大騒ぎを招くとは予想だにしなかったのである。


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