第16話 修羅場の兆し

「おいおい、こんなことして大丈夫なのかよ?」


 サミエはいつの間にか、隣り合う互いの店がある道沿いにベンチを設けていた。


「勿論、ノーラちゃんと親睦を深めるためだもん、ねー」


 彼女はノーラに向かって確認を取り、年下の少女も相槌を返す。


「ねー」


 まるで姉妹のような関係に俺は疎外感を否めないような、そうでもないような。


「お弁当も作ったんだけど、一緒に食べないかしら?」


 俺達は午前の営業を終えて、店じまいするところだった。

 時間的には丁度昼食時で彼女の店も客足が途絶えているよう。


「ノーラはともかくとして、あくまで俺は商売敵なんだろ?護衛役から大目玉くらうんじゃないか?」


 そう言いながら彼女の店の中に目をやる。

 するとその話題の人物と目が合ってしまい、お互い見なかったことにした。


「あら、将を射んとすれば馬からって言うでしょ?」


 それであの男が納得したかどうかは放っておいて、俺には少々遺憾に感じることがある。


「俺は馬かよ?」


 そこで暫く沈黙が漂う。



「……お馬さん、肉は食べないよね……」


 サミエは籐網の籠の蓋を開けながらそう嘯いたが、何だかいつもの彼女らしくない。


「おーい、答えになってないぞ?」


 話が見えない俺は一応ささやかな抗議もしてみる。


「はい、葉っぱなら大丈夫よね。さぁ召し上がれ」


 ノーラは、知ってか知らでかその流れに乗る。

 そして一枚の野菜を取り出して、俺の目の前でヒラヒラさせた。


「……他で食ってくる」


 付き合いきれなくなって俺は立ち上がろうと腰を浮かせる。


「冗談だってば!」


 そこでサミエの一言と共に彼女達はそれぞれ俺の腕を取り、引っ張るようにして再び席に着かせた。

 この姉妹もどきのコンビネーションは、ある意味最強である。


「大体馬ってんなら、ノーラの方だろう?」


 どうでもいいことなのだが、序列から鑑みると将は俺の筈である。

 妙に息がピッタリな二人に対して、俺は少々ムキになっていたかもしれない。

 さあ、これでどんな展開が来るのかと思いきや、また二人とも黙りこくってしまう。


「お、おい、大丈夫か? 顔が赤いぞ?」


 特にサミエの様子がおかしかった。


「え、ええ、少しお日様に中てられたみたい。少し休むから、それは二人で食べて頂戴」


 そう告げて彼女は自分の店に戻ってしまった。

 確かにお天道様は時間的に真上にあり、日当たりも十分ではあるが、とても涼やかな風がそよいでいるとも思われる。


「なぁ、今日はそんなに暑いか?」


 自分の感覚に自信がなくなった俺は、とりあえず姉妹の片割れに意見を問うてみた。


「別に」


 彼女はいつの間にか一人で食事を始めていて、新たな食料を口元に運ぶ前にそう答える。

 そしてまた一口かぶりついた。


「じゃぁ一体どうしたんだ?」


 そんな俺の台詞を独り言ともとったのだろうか、ノーラはそれに反応することなく黙々と食事を続けている。

 俺は少しばかりその原因となるものを考えていたが、一向に思い浮かばなかった。

 しかしその間、ひとつだけ気付かされた事がある。


「お前、俺の分も食ったろ?」


「はい、食べました」


 彼女は悪びれも無く肯定する。


「鈍い人を見ているとお腹が空くのです」


 それは棒読みの台詞だった。


「鈍い? それはどういうことだ?」


「自分で言っておいて、分からないのですか?」


「えーっと、どの辺のことだ?」



「……誰が馬かという話です」


「結局馬は俺だったんだろう?それになにか不都合でもあったのか?」


「……やれやれです。確かそれに文句をつけませんでしたか?」


「おう、馬はお前だと……」


 そこで俺は自分が何を言ったのか思い出し、そのこととサミエが赤面したことの関連性に閃いた。

 もし彼女がノーラを馬と例えるのであれば、射ようとするのは、……つまりそういうことか。


「やっと、お気づきになりやがりましたか?」


 そんな慇懃無礼な物言いをしながら、彼女は籠の中の最後の一つを攫う。

 こうして育ち盛りの毒舌娘は見事に三人前、ペロリと平らげやがりましたとさ。



 流石に次の日は彼女と顔を合わせ辛いと思っていたが、またもや彼女は昼食を用意してくれていた。

 お互い言葉がないままであったが、ノーラだけはちゃっかりと自分の配分以上の養分を摂取していたのは言うまでもない。


 今の俺としては彼女の出方を待つしかなかった。

 彼女の自分に対する想いも確証があるわけでもない。

 たとえそうでも、彼女にとって残念な答えを返すしか考えられないのである。

 しかしながらそれよりも、こんな穏やかな日々が続くことを願う想いのほうが強かったのかもしれない。

 そんな俺の心情を察してか、彼女もあの時以来お互い心を乱すような言動は控えているようである。


 それでも彼女は毎日のように昼飯時は同じ時間を共に過ごしてくれている。

 そんな毎日を過ごしている内に、自然と二人の固さは解れていく。



「今日のお味はいかがかしら?」


「ああ、いい嫁さんになれるよ」


 だから当時としては際どいこんな会話にも動じることなく、各自の取り分は確保出来るようになっていた。

 弱冠一名はやや不満だったかもしれないが。



 そんなある日、俺達がいつものように外のベンチに腰掛けていると、食欲の無くなりそうな声が響いたのである。


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