第17話 言葉と剣と

「おや、皆さんお揃いのようですね」


 それはカーシであった。


「ああ、お陰さまでな」


 よくもまぁ抜け抜けと姿を現したものだと思いながら、俺は少々皮肉をこめて返答した。


「サミエさん、例の件はどうなっていますかな?」


 そんな俺との挨拶には興味なさそうに、彼は雇い人に話を振った。


「よくおいで下さいました、カーシさん」


 彼女は先ずそれらしく挨拶を済ませた。


「ご覧の通り、一応その段取りは進めているつもりですけど、報告は受けていませんか?」


 雇い主は具体的な質問はしなかったが、恐らくノーラの引き抜き工作のことであろう。

 彼はサミエの答えにやや不満そうであったが、今度はノーラに声をかける。


「お嬢さん、御機嫌よう。私共の一員と仲良くして下さって、嬉しい限りですよ」


 ここで彼は初めて笑顔を見せたようだった。

 どうやら他の二人は只の手駒とおまけみたいにしか思っていないようである。


「はぁ…それはどうも」


 ノーラも自分だけ特別扱いされているのに戸惑っているようだった。


 そのまま彼女との話になると思いきや、奴は俺に話があることを告げる。

 俺はそこまでお人好しではないので断りを入れた。


 最早それ以上言葉を交わす必要はないと思われたが、彼は意外な条件を提示する。

 交渉にさえ応じれば合意、決裂に関わらず、ノーラの勧誘は諦めるとのこと。

 その言葉を聞いて一番驚きを隠せなかったのは、サミエであった。

 それだけ強い指示を彼女は受けていたのであろう。


 ノーラのことからあっさり手を引く位の何かがあるのだろうか。

 それに興味を持った俺は、とりあえず話だけは聞くことにする。


 カーシは二人きりでの談合を所望していたので、俺は自分の店を指定した。

 表向きは店じまいするので商売に影響しないという理由だが、罠の類を警戒してのことだ。

 勝手知ったる自分の店、例えは違うが、俺には一番安全な場所でもある。

 心配そうにしているノーラをサミエに任せて、俺はカーシを我が陣営へと連れて交渉に臨むことにした。



「あの出来事を商売にしてしまうとは、正直恐れ入りましたよ」


 商いは成立しなかったが、ある意味そのお客第一号が本当に感心しているようだ。


「ですがこの値段設定は頂けませんね」


 しかしそれは俺の商人としての才を褒めているものではない。


「もっと値が張ったとしても誰も文句を言う人はいませんよ。やはり、あなたは商売には向いてませんね」


 そしてダメだしの駄目押しをする有様で、全く何様のつもりだろうか。


「言いたいことがそれだけなら、お引取り願いたいんだが?」


 俺は言葉ではそう告げるが、これだけでノーラの件が済むのならそれでもいい。


「そこで相談なのですが」


 そんな俺の言葉を無視するかのように彼は続ける。


「単刀直入に言いましょう。この店を私の傘下に加える気はありませんか?」


「は?」



「傘下と言っても、あなたは今の奪還業務に従事して頂ければ結構です。ただ、その取引料金を適正価格にさせてもらいます」


 それは随分と勝手な言い分であった。

 しかしながら、今後の商いの参考にでもなるかと、俺はあえて話だけは聞くことにした。


「つまり報酬とは別として、あなたの仕事がし易い環境を用意するのです。例えば、生活費、必要経費、常識の範囲内でしたら我々が持ちましょう。支出がない分もあなたの利益となるのです」


「なるほどねぇ」


「それとサミエを身の回りの世話係につけるというのはどうです?彼女は容姿も申し分ないですし、あなたはあれを随分と気に入っているようですからね?」


 全くよくしゃべる口であった。

 参考にならなくはないが、奴は全く別次元の話をしている。

 彼はもう『商人』としての俺と話をしているのではないのだ。


「決して悪い話ではないと思いますが、いかがでしょう?」


 旨い話を並べているが、既に現場を経験している者としては、そこまで上手くいくとは思えない。

 彼は適正価格での取引というが、考え方によっては好きに値段設定が出来る。


 つまりその気になれば、わざと無茶な値段設定で商売を台無しにし、俺の社会的信用も落とすことが可能なのだ。

 そうなれば、俺はノーラを保護出来る立場ではなくなるかもしれない。

 あくまで仮定であるが、結局はノーラをもその手に収めようとしている策とも考えられる。


「俺はあんたの言うように商人に向いていない商人だ。だからここはあえて断るとするよ」


 俺も普通に彼の申し出を受けないことを告げれば良かったのであるが、言われっ放しも癪だったので、ついつい揚げ足をとる言い草になってしまった。



「わからない人ですね!」


 案の定彼を逆上させることになったが、その反面、彼の仮面を剥がしてやったことに感慨深い想いをしている自分がいた。


「私は商人としてのあなたではなくて、奪還請負人、いや剣士としてのあなたに話をしているのです。そこを履き違えないでくださいますかね?」


 俺はここで何故かボスの言ったことを思い出していた。

 このようにまくし立てられる場面では、普通なら対処しきれないようなこともあるとかないとか。

 しかし俺は絶えずその対応手段を携えているとのこと。

 今なら彼女がそう例えた意味が分かるような気がした。


「それはあくまでお宅の理屈だろう?」


 そう、俺の経験上、この台詞を相手に当てはめることが出来れば、もう勝負はそこでついている。

 剣で例えれば、相手を見切ったとでもいうのだろう。


「俺は今、誰が何と言おうと商人であって剣士ではない。少なくとも、俺が何であるかはお宅が決めることじゃないだろう?」


 これが決定打。


「物事を履き違えているのはお宅の方じゃないのか?」


 これが追撃。


「やれやれ、屁理屈ですか? ああ言えばこう言うとはこのことですかね?」


 これは返せば単に相手の命乞い。


「人様にいい返事を期待するなら、その俗物根性、治した方がいいぜ?」


 そしてこれが止めの一撃。


「所詮、お宅も商人としては一流ではないんだよ!」



 この一件で俺は自分がとことん剣士であることを思い知らされた。

 たとえ自分で商人だと主張しても、ただその皮を被っているだけに過ぎない。

 好戦的で情け容赦がない、つまり俺の言葉は剣そのもの。


 厄介なことに言葉の場合、相手はいつでも蘇る。

 しかもその報復の手段は言葉とは限らない。


 怒りを顕わにして去っていくカーシの姿を見ながら、俺は大きな溜息をついた。

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