第14話 のんだくれ共

「店長、勘違いしないで下さい! 相手はこの店を潰そうとしているのに、どうしてそこまでする必要があるんですか?」


 そういう点で彼女が怒るのも無理はなかった。

 これは彼女にとって剣術を続けることができるかどうかの瀬戸際なのである。


「あ!分かった。なんだかんだ言って、結局私を追い出すつもりなんでしょう?」


 俺が女のせいで稽古付けを面倒になってきた、おおかた彼女はそう思っているのだろう。


「お前が勘違いしていないか?逆だよ逆、お前がここを出て行くつもりがないことさえはっきり告げれば、彼女も納得して必要以上に接近してくることもないだろう?」



「本当…ですか?」


 ここで彼女は一旦冷静さをとりもどした。


「今まで俺が嘘をついたことがあったか?」


「……」


 しかしその冷静さが裏目にでてしまったようだ。

 今となっては『嘘をついたことがあったか?』なんて台詞は嘘吐きの代名詞のようなものである。

 かくいう俺も何だか自信がなくなってきた。


 そこで俺は酒場に行けば酒が飲めなくとも、色々な旨い物や珍味があることを教えた。

 つまり餌を用意したのだが、ここで『子供扱いするな』と先に言わせないのがミソ。

 大人の味を理解できないのでは『所詮お子様』という言葉で操るのである。


 この年頃は難しいようで案外ちょろい。

 こうして俺は何とかノーラを連れ出すことに成功したのだ。




 酒場では多くの客が賑わっていたが、俺たちは運よく三人席を取ることが出来た。

 こじんまりとした円形のテーブルで、俺たちはそれを囲むよう席に着く。

 サミエは先に話した通り護衛を連れてこなかった。

 酒場の外で待ち構えているかもしれなかったが、そこはご苦労さんで済むだけのこと。

 彼女が気兼ねなく話が出来ればそれでいいのである。


 話を聞く限り彼女は、単なる雇われ人に過ぎないらしい。

 彼女は身内の借金により金銭的にかなり追い詰められていたらしく、俺達の恨みを直接買うかもしれない仕事とは知らずに引き受けてしまったそうだ。

 事情を知った後には断ろうにも違約金が発生するため、どうしようもなかったとのこと。


 最初は彼女に否定的であったノーラも話を聞いている内に段々と同情的になってきた。

 後は気の合った女同士の話ということで、俺はすっかりお呼びでなくなってしまったのである。


 これで俺達は彼女を悪者に出来なくなってしまったこともあり、俺は我が道具屋の行く末を真剣に考えざるを得なかった。

 これもカーシの策略だとすれば、奴は本当によく出来たタヌキである。


 そんなこんなで、あれこれ思案していると時間が過ぎるのをすっかり忘れてしまっていた。



「ねぇ、店長? 店長ってば」


 ノーラの呼びかけで俺は我に返った。

 酒が入っているせいか、少々虚ろになっていたようである。

 それとも少し眠っていたのだろうか。


「サミエさんが店長に聞きたいことがあるそうよ」


 それなら本人が呼びかければいいのではと思ったが、恐らく俺が反応しなかったのだろう。


「なんだい?」


 俺がその方を振り向くと、彼女の頬もほんのりと赤みを帯びており、少々据わりかけた目が色っぽく感じられた。


「あなたは、どうして初対面の商売敵と親しくするのかしら?」



 彼女はそう言って俺の返事を待つが、その隣でノーラも目を輝かせるようにして俺の口が開くのを待っているようだった。

 いつのまにか彼女達はそれ位意気投合するまでの仲になったらしい、よって下手なことを言うといっぺんに二人の敵を作ることになる。

 美女と話がしたかった、なんて軽口をうっかり出してしまうと、恐らくノーラは本気にして、そしてサミエも酔いにまかせて暴れる可能性もある。


 残念ながらテーブルには手ごろな投擲物、酒の空いた器もかなりあった。

 サミエはそんなに飲んだのだろうか?

 兎も角、標的が俺だけならまだしも、他の客にも命中してしまう危険性も否めない。


「そうだな……」


 ここは慎重に言葉を選ばなくてはならないだろう。


「あんたが最初に俺達の店を尋ねた時に、何を言ったか覚えているか? 確か『言い訳はしない』だったよな?」


 サミエは無言で肯定する。


「そんな格好良さげな言葉を使っておきながら、大抵の奴はその表情で自分の本心を相手に悟らせようとするものさ。言い訳しない自分格好いい、だが言わずともその事情は都合よく理解してもらいたい、みたいな感じでな。だが、あんたは決してそんな姿を見せることはなかった、少なくとも俺にはな。そこに一貫性を感じた、そんなとこか」



 それまで陽気な雰囲気であった彼女はみるみる内に悲しげな表情となった。

 果たして俺は何か悪いことを言ったのだろうか?


「ど、どうして自分のことをこんなに分かってくれる人が、こんな近くにいるのに遠いのかしら……こんなのって非道いよね?」


 恐らく彼女は己の今の複雑な立場を嘆いているのだろう。


 しかしそれにしては感情的になり過ぎているのではないだろうか。

 さては酒が入ると性格が変わるのでは思った瞬間、泣きながら俺に抱きついてきた。


「御免なさぁい、本当に御免なさい!」


 やはり彼女は泣き上戸である。

 とても『言い訳はしない』と言っていた時とは間逆の行動であったが、それはそれで一本筋が通っていた。

 酒が入っているとはいえ、他人には見せたくなかっただろう姿を晒しながら本心も告げたのだから。


 しかし彼女をこのままにしておくわけにはいかなかった。

 美人に抱きつかれるのは悪くはないが、ヤツの視線は痛いものであるに違いないのだ。


「ノーラ、彼女を何とかしてくれ!」


 自分にそんなつもりは全くないという風に、俺はその場にいるヤツに助けを求めた。

 子供のように泣くサミエを直ぐにでも引っぺがしてくれるだろうと期待していたが、ノーラはただ指を銜えて見ているだけだった。


「おい、早く何とかしろってば!」


 何だか様子が変だと思いながらも、俺は彼女を急かす。


「分かった、じゃあ私も手伝う!」


 これでこの場は納まると俺は安堵のため息をつくが、その考えは甘かった。

 こともあろうにノーラも俺に抱きついてきたのである。


「誰が彼女を手伝えと?!」


 俺はそう訴えるが、ノーラの突進でバランスを崩してしまい、二人を抱え込んだまま後ろへと倒れてしまった。

 その拍子で後頭部をしこたまぶつけてしまい、その痛みに悶える。



「お客さん、モテモテなのは分かりますが、邪魔なんだよね、こんな場所でやられると」


 そこへ追い討ちとばかり、酒場の親方なる男から苦情が入る。

 そんなに俺は普段の行いが悪いのかと思いつつ、俺には確認しなければならないことがあった。


「ノーラ、お前さては飲んだだろ?」


「てへ、だって店長、何頼んでもいいって言ったじゃない」


 悪びれも無くそう言いのける彼女の顔色は全く変わっていなかったが、上機嫌で確かに酒に交わっている模様。


「酒はまだ早いと言ったろう!一体どれぐらい飲んだ?」


「いちいち覚えてないですよ、そんなこと……それよりオジサン、追加お願いしま……」


 とんでもない飲兵衛の口を塞ぐと、聞いてもいないのにサミエが答える。


「私は五杯ぐらいよ、うふふ」


 転倒のショックで気分が入れ替わったのか、彼女もノーラと同じように上機嫌になっていた。


 俺は念のため、店の親方にこの席から何杯くらいの注文があったかを訊ねた。

 彼はノーラの両脇下を抱えて起こそうとしながら、およそ二十の数を告げる。

 俺が三杯、サミエが五杯、ということは……その後は数えたくもない。


「オジサン、変なところ触っちゃ駄目ですよ、えへへ」


 店主によって引き起こされたノーラに、俺はつい本題を忘れて提案してみる。


「お前、剣豪目指すより酒豪の方が素質あるぞ?」

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