第13話 進撃の商人
「お邪魔するぜ」
俺は何の躊躇いもなく、堂々と建物へ入室した。
そこはウチとは違って壁もレンガで舗装された小奇麗な店である。
ウチの倍以上の敷地であったが、それに商品の数が比例しているわけではない。
一見大したことがないようにも思えるが、場所的に余裕を持たせることで、一度に多くの客を迎えることが出来る仕組みである。
「なるほどね、ウチの参考にでもさせてもらうか」
そんな言葉が出てしまったが、全く心にもない。
ただ褒め言葉ぐらいにとってもらえれば、それでいいのである。
「何だ手前ぇ、やんのか? こら!」
流石に用心棒がいるらしく、俺の顔を確認すると一目散に駆け寄ってきた。
ただ入っただけでこんな出迎えを受ける店など商売が成り立つはずはないのだが、これには訳がある。
そう、俺が訪問したのは隣の商売敵であった。
大方俺のお礼参りとでも思って、それを未然に防ごうとでもしているのだろう。
勿論そんな馬鹿ではないのだが、ただ、今日ばかりは多少俺の人相が悪くなっていたのは否めない。
「そんなに大声だすなよ、客として来たんだ」
臭い息を吐く男をいなすように、俺は店主と思われる女性の方に歩み寄る。
幸い丁度客が途絶える時間帯らしく、彼女にも俺を相手にするだけの暇はありそうだった。
「何かお探しかしら?」
俺の突然の来店に驚いているようだったが、毅然と接客に応じるサミエであった。
「見ての通り怪我をしてな。傷薬を買いに来たんだ」
俺の人相を悪くしていたのは、目の下の傷である。
最近ノーラの剣の腕がメキメキと上がってきた。
手加減の程度を誤ると手痛いしっぺ返しを受けてしまう。
今回も直撃ではないが、彼女の剣筋がかすった傷が腫れてしまっている。
未だ俺の右腕一本で凌げる程度なので実戦では使えたものではないが、師としては段々面白くなってきたところでもある。
「わざわざ買いに来なくとも、自分の店を使えばいいじゃない?」
普通に考えれば、わざわざこの店に来る必要はない。
「生憎、切らしちまってな」
「変な人ね」
彼女は苦笑するが、やはりどんな形であれ、彼女は笑っていたほうが映える。
「ついでに塗って貰えると治りもは早いんだがな、相手が美人だと特に」
彼女は肩をすくめるだけであったが、護衛役の男はそうもいかなかった。
「おい、あんまり調子に乗るなよ!」
そんな勢いの彼をサミエは腕を上げる素振りで静止させ、仕切りのある方へと俺を案内する。
「いいわ、ここでは何だから、どうぞ奥へ。でも一応腰の剣は彼に預けておいて。そうしないと示しがつかないわ」
そして男の最低限の役割を与えることで、手出し無用とさせるのであろう。
「じゃあ、暫く頼むぜ」
俺は言われた通り彼に獲物を渡したが、護衛は面白くなさそうな表情だった。
だからと言ってそうしたわけではないのであるが、俺は懐から短刀を取り出して大物の上に置く。
「こいつも忘れてたよ、ほれ」
この追加が利いたらしく、彼は呆然と俺を見送るだけであった。
奥の手と思われるものを堂々と手放す、時にはそれが相手の思考を鈍らせるのだ。
「ねぇ、薬が切れたなんて嘘なんでしょ?」
サミエは俺の目の下に消毒液を塗りながらそう尋ねた。
仕切りの中という空間で睦言のように囁く彼女は妖艶であるとも感じられたが、護衛に聞かれないための配慮だろう。
「まあな」
その消毒液の気化成分が目に入るのを我慢しながら、俺も内緒話をするように返答した。
彼女の言うとおり、流行っていない店で商品が売り切れるはずもない。
「本当に変な人」
俺が変人というのは特に否定しない。
それで彼女の気が引けたのなら変人様々である。
他に用があることを察した彼女は、あえて俺の話を訊くことにしたのだろう。
しかし護衛の者がいては出来る話もできない。
そこで俺は場所を代えて酒場で改めて会うことを提案した。
「私は貴方の敵なのよ。それを忘れないで」
彼女の言葉はもっともなのだが、俺は話を続ける。
「交渉ってことなら問題ないだろう?」
「交渉?」
「お宅はウチの看板娘の勧誘も命じられている。違うか?」
「え、ええ、それはそうなんだけど……」
「じゃあ、彼女も連れてくるさ。彼女を正々堂々と口説く機会があるのであれば、都合が悪いこともないだろう?」
「ちょっと、声が大きいわ」
一応密談であるので彼女は気にするが、俺が声の音量を上げたのはわざとだ。
「それで文句ないよな、護衛さんよ?」
男がいつの間にか聞き耳をたてていたからである。
その問いかけに驚いた彼は仕切りの外で迂闊な物音をさせた。
それを了承の合図と解釈した俺は、もはやこの場に用はない。
無言の護衛から預けた得物をぶん取って店を後にする。
「というわけで、一緒に酒場まで来てくれ、な?」
我が家に帰ると無言のノーラが待ち構えていた。
丁度よかったと説明をするも、彼女はご機嫌斜め。
「嫌です!今日は一日無理やり休めと言ったのは店長ですよ?私はもっと打ち込みがしたかったのに!そのくせ店長はあの人に会っていたなんて信じられません!」
俺が言うべきことを終えると、彼女は爆発。
「しかも私をダシに使うなんて、最低です!」
彼女が一気に捲し立てたと思ったら、今度は宙に浮く物体が俺に向かって飛んできた。
「痛、商品を投げるな……あたっ、いや投げないで下さい、頼むから」
また頬を抓られる覚悟でいたが、それは甘かった。
二、三個まともにくらってしまい、多少ではあるが更に人相が酷くなる。
「悪かった、それは悪いと思う。しかしそうでもしなきゃ、ちゃんと話が出来ないんだよ」
俺はある意味敵地に赴いたのだが、負傷するとは思っていなかったし、するつもりもなかった。
しかし帰ってきてからこの有様だと、俺が左腕を負傷したのも、結局己の詰めが甘かったのだと実感させられてしまうのである。
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