第12話 美しき刺客

 その翌日に隣の空き地で工事が始まったと思えば、数日後には建物が出来上がっていた。

 ウチの店よりふたまわりくらい広い敷地の建築物である。

 どんな用途で使われるのか不明であったが、ある日そこの住人となろうかと思われる人物が来店した。


「こんにちは、貴方が『元』剣聖さんね?」


 それはノーラより5、6年上と思われる少女、いや女性であった。

 ブロンドの髪とそばかすが調和していると言ってもよい美人である。

 普段は店頭でノーラが対応するのだが、彼女はたまたま外出していた。


「そうだが、なにか御入用かね?」


 彼女は先日の客人と同じく迷宮への挑戦者ではなさそうであった。

 剣聖と呼ばれた男がどんなのか見物に来たというところだろうが、とりあえず俺は商売人としてその訪問を受け入れた。



「私は、今度隣に越してくることになった『サミエ』よ」


 彼女は、はきはきした口調で自己紹介をしたが、その笑顔に違和感を感じた。

 それに挨拶にしては何かが抜けているような気がしたので、俺はそれを付け加えるように応える。


「ああ、宜しくな」


 しかし俺の期待した『こちらこそ』という返答はそこにはなかった。



「ところで、お宅はこの地に何をしに来たんだい?」


 微妙な流れを無視して俺は別の話題を振るが、それでも暫く静寂が続いているように感じられた。


「言い訳はしない。でも予め言っておくわ、御免なさい」


 そこで突然の謝罪の文句であった。

 そして俺が絶句してしまった隙に彼女はそのまま出て行ってしまう。

 彼女は深々と頭を下げていた為、その表情は分からなかった。



「何だったんだ、一体……」


 俺があっけらかんとしているところ、出て行った彼女の代わりにノーラが帰ってきた。


「ねぇ、今の人誰ですか?」


 サミエと名乗る女性と入れ違いになったが、そのタイミングが良過ぎる。

 さては一部始終窓の外で見ていたな。


「隣の人らしいが……」


 俺は何が何だかさっぱりで言葉に詰まる。


「それだけじゃないでしょう?どういう関係ですか?」


 しかも彼女は俺の曖昧な答えに余計な勘ぐりを入れてきた。


「どういうも何も初対面…」


「嘘ですね」


 彼女は蔑むとは少し違うが、それに似た目をしながら間一髪そう断言した。

 俺は不覚にも彼女のそんな仕草が可愛いらしいと思ってしまうが、それとこれとは話が別である。


「あのなあ、何故そんなことが言えるんだ?」


「だって、物凄く複雑な顔してましたよ。どう見ても初対面だとは思えません」


 どうやら窓の外からではサミエはそんな面持ちだったようだ。

 俺はノーラからそう告げられ、少々考えるように間をおいた。



「別に店長の色恋沙汰にとやかく言うつもりはありませんけど、剣術は疎かにせず、ちゃんと教えて下さいよね!」


 沈黙する俺に反論の余地がないと考えた彼女は、更に追い討ちをかけてきた。

 色恋沙汰って、全くこんな言葉どこで覚えてくるのやら。


「というかノーラ、覗き見はあまり関心しないなぁ」


 そしてよくよく考えるとこの台詞は、俺が開き直ったとしかとれないだろう。


「うるさいのはこの口ですか?」


 ここで彼女の十八番、頬抓りが見事に極まった。



 余談であるが、周りから見るとノーラは俺に全く従順と映るらしい。

 これのどこがそうなのか説明してもらいたいぐらいなのだが、少なくとも人前では俺を立てているのだろう。

 初めて会った当時に比べると、随分自己主張するようになったものだ。

 良い意味でも悪い意味でも。



 そんなことがあって、俺は隣のことが気になりつつも自分から尋ねて行こうとは思わなかった。

 こんな場合は『時が解決してくれる』なんて格好をつけたことを考えていると、その後とんでもないことが発覚する。

 隣は何とウチと同じ道具屋とのことで、その所有者はカーシであった。


 店員も『サミエ』という美人を揃え、物品もウチよりかなりの安価で提供していることから、我が道具屋から客足が遠のいていくのである。

 他の同業者にも多少影響はあったが価格相場の最低限を守っていることから文句がいえたものではない。

 それにこことは違って場所がある程度離れていることから、彼らのお得意様が続けて足を運ぶことはなかったのだろう。


 俺はどれ程あの親子の恨みを買ったのかと考えたが、彼等の目的がノーラだとすると、もともとこの地に店舗を作るつもりでいたのである。

 ウチが破産していまえば彼女も愛想が尽きて移籍する、そんな計画であれば、あの親父はもともと金貨など支払うつもりはなかったのかもしれない。

 そのくせにあの言い草だとすると、とんだタヌキである。



「こいつはまんまと一杯喰わされたな」


 隣がカーシの持ち店という情報はノーラが聞きつけた。


 普通なら黒幕となる人物はなかなか尻尾を見せないものである。

 しかしここでその名前があっさりと出てきたことから、彼が我が看板娘の引き抜きにいかに本気であるかが知れた。

 何故なら隣が彼の支配下と分かれば、ノーラもその気になれば移籍の話を通しやすいのである。

 カーシが彼女に『何時でも』『気軽に』と言っていたのは、こういうことであろう。


「店長、何をそんな呑気なこと言ってるのです?」


「一応切実に述べているが?」


「その態度がそう言っていないってことです」


 どうやら彼女は単に、俺の何気ない普段通りの動作が気に食わないらしい。


「しかしこれはお前にとって、そんなに悪い話じゃないと思うがな」


 彼女は確かに剣の方を選んだのだが、やはり先立つものがなければ話にならない。


「それ以上言うと、また抓りますよ?」


 その一言で俺の頬は殺気を感じたのか、しきりに本体へと救援要請を送り続けていた。



 それから俺はとりあえず後先考えることを一時中断して、彼女の機嫌を直す為にも剣の稽古に集中することにした。

 体を動かしていれば自ずと打開策が閃くだろうし、ここは数日かけて彼女の剣術修行に打ち込むのも悪くない。

 幸い先日の騒ぎで儲けた蓄えがあることから、暫くは生活に困ることもなさそうである。


 ノーラにとっては初めての集中型訓練となり、そういう意味では充実した日々を送ることとなる。

 流石に彼女が疲労の色を隠せなくなった数日後、丸一日の休息を与えることにして、俺はとある場所に向かった。


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